冷めた関係
午後十一時、俺は何気ないふうを装い帰宅する。
「ただいまぁ。いや〜疲れた〜。参ったよ今日も残業でさぁ」
靴を脱ぎながら、俺はそれっぽい台詞を吐く。
本当は仕事は八時に終わっていた。だがそんなことは言わない。
「お腹減った〜。今日の晩御飯な〜に〜?」
本当は腹も減っていない。外で済ませてきた。しかし、それも言わない。
「⋯⋯」
返事がない。
俺がネクタイを緩めながらリビングの扉を開けると、妻はテレビもつけず、一人静かに座っていた。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい」
そう言うと妻は立ち上がり、すっかり冷めてしまったであろう晩飯を温め始めた。
俺はリビングの椅子に深く腰掛け、疲れている雰囲気を醸し出した。
俺たちは結婚して三年目。この関係も冷え切ってしまったとは言えない。しかし何か物足りなさを感じた俺は、最近職場の後輩と浮気をするようになった。帰宅時間が遅いのもそのせいだった。
「今日の晩御飯、何?」
あらためて同じ質問をすると、妻は「ツナサラダと、おからハンバーグ」と答えた。
そして「今日も遅かったわね」と、抑揚のない声を出す。
「ああ、もう参っちゃうよ、こうも残業が続いちゃうとさ」
俺は何食わぬ顔で嘘をついた。
この質問、まさか浮気に気づいているのだろうか。
「⋯⋯⋯⋯」
電子レンジの音だけが、部屋に響く。
俺は沈黙に耐えられず、話題を振った。
「あ、さっきエレベーターで吉持さんに会って話ししてたんだけどさ」
「吉持さんって下の階の?」
「そう。それでさ、なんかうちのマンションで猫飼ってる人がいるみたいでさ」
「あら、そう」
俺たちの住むマンションはペット禁止になっている。妻は猫アレルギーであることもあってか、ひどく猫を嫌っている。ちなみに俺も嫌い。あのふてぶてしい態度がなんか気にくわない。
「まったく間抜けなやつもいるもんだよな」
「そうね、バレなきゃわからないのにね」
そして妻は、俺の前に温めた料理を差し出した。
「うん、美味しいよ!」
俺は大袈裟にリアクションを取っておいた。正直、味はイマイチだが、それも黙っておいた。腹も減っていなかったが、怪しまれないように全て平らげた。
後日、吉持さんが大家に報告して、抜き打ちで全部屋を調査したらしい。しかし猫はおろか、猫の毛一本も見つからなかったと言う。
【解説】
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吉持さんはどうしてマンションの住人の誰かが猫を飼っていると思ったのか?もし、鳴き声が聞こえたのなら、直接鳴き声が聞こえた部屋を調べればいい。しかしそうせず、大家に全ての部屋を調べさせた。そして猫はどこにもいなかった。つまり猫を飼っている住人などおらず、全ては吉持さんの勘違いだったわけである。では何故勘違いしたのか?
実は語り手の妻は夫の浮気に気づいていた。そして夫の料理に猫の餌を使い、嫌がらせをしていたのだ。(ふやかしたカリカリした餌をハンバーグに混ぜ、サラダに猫缶を使った)そしてその猫缶のゴミを吉持さんがみつけ、誰かが猫を飼っていると勘違いしたのだった。




