地震
僕は同僚の浩二から相談を受けていた。
「あいつ束縛が強すぎるんだよ」
浩二のいう『あいつ』とは、浩二の恋人のことで、田沢は僕の以前の職場の同僚だった。ちなみに二人を引き合わせたのも僕だった。
「もう耐えられないんだよ。四六時中どこにいるかとか、何してるかとか聞いてくるしさ」
と、浩二は愚痴をこぼしていた。
そこで彼から相談、というか頼まれたのは、別れ話を僕の口から伝えてくれないかということだった。二人を引き合わせた僕にも責任はあるのかもしれないと、仕方なくそれを受けることにした僕だったのだが、しかし直接会っていう勇気はなく、僕は彼女に電話で伝えることにした。
「もしもし田沢? 立浪なんだけど」
『あ、立浪君、ちょうどよかった。浩二君今どこにいるか知らない? 私が電話しても全然出てくれないのよ。もうほんとどうしちゃったんだろ。あ、もしかして事故にあったのかも。どうしようどうしよう。もしそうだったら――』
電話に出た彼女は、のべつ幕なしに浩二の話をしだした。彼の言うように束縛が強すぎるのは確からしい。多少なりはそう言う一面を知っていた僕だが、これは酷い。浩二が彼女の電話に出ないのも頷ける。
「実はな、浩二が――」
と、僕が話を切り出したその時、ガタガタと周囲のものが揺れだした。
「地震だ」
さらにガタガタと揺れだす。
僕は周囲に注意を払った。電話越しに彼女の声が聞こえるが、それどころではなかった。
数秒後、少し収まったところで僕は聞き返した。
「ごめん。なんか言ったか?」
『…………ほん、う……な』
電波が届いていないのかわからないが、彼女の声は消え入りそうだった。かろうじて聞き取れたのは、『本当なの?』という一言だった。
と、そこまで聞いてまた揺れだした。今度はより激しさが増していた。
「じ、しんだよ。なんだ、そっ、ちは——ッ!」
大丈夫か? と聞こうとして、言葉が詰まった。他人の心配をしているどころではない。
ぐらぐらと揺れる。
棚から色々と物が落ちてきて危険だ。
「あ、とで、掛けな、おす」
僕はすぐさま机の下に潜り、降り注ぐ本や書類から身を守った。程なくして揺れは収まったが、あたりはめちゃくちゃに散らかってしまっていた。
それはかなりの規模の地震だった。
揺れが収まった後は、周囲の後片付けに追われ、彼女のことは二の次となってしまった。
別れ話はまた今度にしよう。
しかし、それは実現しなかった。
なぜならその直ぐあと、彼女は自殺してしまったからだ。
【解説】
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彼女は語り手の「実はな、浩二が――地震だ」という台詞を「浩二が死んだ」と認識してしまった。
電話が繋がらなかったことと、それを関連づけた彼女は、自殺してしまったのだ。




