第34話:解明
※ ※ ※ 図書館 ※ ※ ※
先人たちが人生を費やして得た知恵が詰まった書物。
その宝庫である本棚に囲まれ、少年と少女はひたすら読書に没頭していた。
「ロレイン、少し休憩した方がいいんじゃないのか?朝からずっとだろ。」
「平気よ。あなたは全然疲れてるようには見えないわ。だから私も大丈夫。」
ギャングの捕物、中州への潜入、悪霊達との戦いをぶっ続けでこなした便利屋とは違う。
ロレインの顔からは余裕が無くなっている。
「俺は鍛えてるし、ちゃんと食事も休みもとってる。君はそうじゃな…。」
便利屋の説得は教会の鐘によって遮られた。
時報の鐘が祈りの時間を告げている。
「もうこんな時間?お祈りに行ってくるね。後、この資料に目を通しておいて。バルべリスに関連のありそうなものをまとめておいたわ。」
食事も休憩も怠っている彼女が欠かさない行動、それがお祈りだ。
図書館から出ようとしたと思いきや、ロレインは布がかかった途轍もない大きさの何かが載せられたカートを便利屋の元へと押してきた。
「間食を手配しておいたわ。全部、食べていいからね。こぼさないようにして。」
被さった大きな布を取れば、出て来たのはケーキにタルトにクッキー。
とんでもない量のお菓子の山。甘い物に飢えた子供が10人いても手こずりそうな量だ。
「こんなにたくさん無理だって!」
重要事項を伝えるとロレインはすぐさま、お祈りへと向かった。
「なるほど…。あの子が信者席でぐっすり寝ていた理由がわかりました。」
お祈りが終わり、代わりに図書館に来たのはマデリーンだ。
真面目なロレインがお祈りの後に熟睡してしまった理由を知りに来たのだ。
「すっかり追い詰められていますね。」
「無理もありません。父親の凶行を聞き、フィリップの衰弱を目の当たりにしたのです。なんとかしたいと思っても、出来ることと言ったら情報を集めるぐらいですからね。」
ネズミを届けに来たフィリップは杖をつかねばならないほどに弱っており、マデリーンの処置と半日間の休息がなければ屋敷に戻れなかった。
さらに父親に成り代わった怪物が行った惨劇を聞かされたのだ。
それらがロレインにどれだけのショックを与えたかは推し量るまでもない。
それでも彼女は絶望せずに抗っているのだ。
「自分の体調を見誤って、倒れなければいいんですけど。」
「少なくとも便利屋殿の食欲は見誤っていないようですね。」
マデリーンのその言葉の意味を便利屋は横を見て気づいた。
「えっ?」
ロレインが用意してくれたお菓子の山が消滅している。
ちょくちょくつまんでいたが、いつの間にか食い尽くしていたようだ。
これほどのお菓子が自分の体のどこに消えているのか、彼自身もびっくりだ。
「便利屋殿、ネズミの様子を見に行ってみましょうか。」
※ ※ ※ 実験用の部屋 ※ ※ ※
その部屋では伯爵が儀式の際に使っていた魔法陣が忠実に再現されていた。違いといえば2つ。真ん中にいるのは伯爵ではなくバルマンなこと。棺桶ではなく壺だということだ。
「今度こそ…!」
バルマンは呪文を唱え始めた。
便利屋が盗み聞きした伯爵の呪文を、一言一句間違えることなく。
「おぉ…!」
魔法陣に置かれた蝋燭の灯りが激しく光り出して、部屋は闇に包まれた。そして光は魔法陣の模様を血液のように流れ出して魔法陣の中心の壺へと吸い込まれていく。
「はぁ!」
バルマンは最後の締めとばかりに手に持った杖を高く掲げて声をあげた。壺に全ての光が吸い込まれ、そして一時の無音の闇が訪れた。
直後、壺は部屋を埋め尽くさんばかりの凄まじい光を吐き出した。
「成功…かの?」
儀式は終わったようだ。壺は光を出し終わり、闇が晴れて部屋はようやく正常な空間に戻った。
「さすが教授。もうここまで出来るなんて。」
「おお、来とったのか。便利屋、マデリーン。」
儀式の様子を見守っていた便利屋はやっと口を開いた。
部屋に入れば儀式の真っ最中。その光景に言葉を失っていた。
「もうそろそろ成功してほしいわい。これで8回目じゃぞ。」
バルマンは現在、大きな課題に直面している。
1人の魔術師として、そしてAAの師匠として。
「少しは休憩してはどうですか、バルマン?あなたまで倒れられては困ります。」
「休むことなど出来んわい。なにがなんでもこの儀式の目的を明らかにして見せる。ティモシーやロレイン、フィリップの為にもな。」
空元気を見せてる間は大丈夫。
マデリーンは長い付き合いだからわかる。
「しかし、出来るものなのでしょうか?一度見ただけの魔法陣、一度聞いただけの呪文。そしてネズミで。」
今、行っているのは伯爵がやっていた儀式の再現だ。
必要なのは魔法陣、呪文、そして執行者と生贄。
執行者のネズミと生贄のネズミを同じ壺に入れて魔法陣に置き、バルマンがネズミの代わりに呪文を唱えることで儀式のネズミ版をやろうとしているのだ。
「いけるはずじゃ。アリアンナ邸のネズミはやたらに賢く、強く、生命力が高い。それにただのネズミだと死んだがこいつは平気じゃ。間違いなくダルザスの研究はこの儀式の為にあった。儀式を再現出来れば、バルベリスの目論見を見抜けるはず。」
普通のネズミを使ったところ、儀式の最中に断末魔を挙げて破裂するという無惨な結果に終わった。
しかしアリアンナ邸に住み着くネズミは、ダルザスの研究に使われたネズミの子孫だ。
ダルザスの研究と儀式にはきっと関係がある。
このネズミはバルべリスの目的を解明する鍵なのだ。
「教授、儀式は中断してバルべリスについての情報を聞きませんか?ロレインがまとめてくれました。」
便利屋は抱えていた資料を指差した。
彼女の努力の賜物を発表するときだ。
「多くの姿と名を持っていますが、代表的な名前は魔王バルベリス。出自は諸説あるが不明。その足跡は化石人類の時代にまで遡ります。古今東西の宗教や伝説で神として名を馳せました。」
「なるほど。そやつならあらゆる地域や時代の多様な文化が入り混じったこの魔法陣を作ったのも納得できるわい。」
バルべリスは悠久の時を超えて、世界各地を渡り、多くの文化に触れてきた。
だからあの魔法陣を作れたのだ。
「そしてついに自らの帝国を築いて何百年にも渡り、圧政を敷きました。そして虹の天使と幾度も戦ったんです。その際にミカエルの愛剣、クラウ・ソラスを奪っています。クラウ・ソラスには火、風、水、土の力が宿っていて、悪用して人々を苦しめました。けど全ての力は引き出せなかったそうです。」
ミカエルの愛剣クラウ・ソラスの最後の持ち主。
天使マニアが知識自慢によく使うのだ。
「そしてバルベリスの最後の戦い。救い主様はバルベリスの王国の民を引き連れて、脱出を図りました。天使様と魔王の戦いに巻き込まれぬように。ですが天使様に追い詰められたバルベリスは最後の手段にでました。」
ここからはマデリーンが語る番だ。
これは聖涙教の分野、救い主ソルゼの活躍があるのだ。
「バルベリスは救い主様と引き連れる民衆を人質にとって言いました。『私が最後に思うのは屈辱でも後悔でもない、貴様ら天使の苦しみだ。』と。その時、救い主様は『魔王よ。幾多の経験を経て、悠久の時を生きたのに最後に想い返すのは目前の敵のことなのか?何もあなたの心に残らなかったのか?』と投げかけたのです。」
聖涙教徒であれば、誰もが知る名場面だ。
「愛した人、共に戦った仲間、武勇。輝かしい記憶ならいくらでもあったはずなのに何も思い出せませんでした。そして栄光と勝利に彩られていたはずの自分の人生がいかに空虚だったかに気づいたのです。」
バルベリスはこの世の全てを味わい尽くした。だが知らなかった。自らの一部のように人を愛することを、そして自らの一部を失う悲しみを、その悲しみを乗り越える強さを。
「バルベリスは発狂し、我を失いました。そしてそこに隙が生まれ、天使様たちの総攻撃を受けたバルベリスはクラウ・ソラス諸共、天高く吹き飛ばされたのです。二度と地上へと戻ってこられないように。」
この一説は聖涙教の教訓として使われている。
どれだけの財産や知識を得たとしても心に残らぬ人生は無意味だ、と。
「やはりその話は腑に落ちんわい。天変地異を起こせる悪魔が人間の言葉で止めを刺されるというのがの。まあ、そんなことはどうでもよい。儀式の成否を…。」
その瞬間、破裂音が響いた。
魔法陣に置いてある壺が砕けて破片を部屋中にまき散らしたのだ。
「何だ!?」
壺があった場所を見ると、そこには猫ぐらいの大きさで角を生やし、剃刀のような歯を伸ばしたネズミのような怪物がいた。
皆が気づいた、儀式の成功を。そしてこの魔物が危険だということを。
「いかん!」
バルマンは18番の浄化の光を魔物に放った。光を浴びた魔物は毒が回ったかのようにひとしきり暴れるとすぐさまバルマンの光から逃げ出した。
バルマンの杖が動き、聖なる光が魔物を追う。しかし、縦横無尽に素早く動き回る魔物を捉えられない。魔物は自分を苦しめる忌まわしい光を放つ魔術師に跳びかかった。
「危ない!」
バルマンの目前まで迫った魔物を、便利屋が蹴り飛ばす。
魔物は吹き飛んで壁に叩きつけられ、床を転がる。
しかし、彼の蹴りを受けてもなお魔物は活動を再開しようとしていた。
「なんて力だ!」
便利屋が床に転がる魔物を抑えつける。
とてもネズミだったとは思えない。この大きさで馬のような力で暴れている。このまま抑えてはいられない。
「便利屋殿、そのままで!」
抑えられたネズミにマデリーンは銀の針を刺して、正確に経絡を抑える。
本来ならこれでピンを刺した虫のように動かなくなるが、手足がもがれた蜘蛛のようにそれでも動き回ろうとジタバタしている。マデリーンの統身道を受けてもなお、動き回ろうとしているのだ。
「一体、どうしてこんな怪物が!?」
いきなり出現した怪物によって混乱に陥る一同。
そして便利屋はいち早く受け入れがたい真実に近づいた。
「教授、司祭様。よく聞いてください。儀式は伯爵が棺桶に剣を刺すことで終わっていました。これは生贄を殺した者を、魔物に変える儀式とは考えられませんか?」
魔法陣を確認すると、壺の破片に混じって小さなネズミの骨が散らばっていた。アリアンナ邸のネズミが、生贄のネズミを喰らう事で儀式は完了したのだ。
「つまりティモシーはこの儀式で魔物になってしまったということなのですか!?そんなことが…!」
手首を捻るだけで剣を折るほどの怪力、数十人ものギャングを単独で皆殺しにするほどの強さ。ティモシーの肉体に変化が起こっているのは確かだ。
そしてこの儀式と、過去の悲劇が繋がった。
「何という事じゃ…。アリアンナ家の奇病はこの儀式に耐えられる人間を作るためのものだったんじゃな…。」
たくさんの子供をこさえても、生存できたのはわずかで、寿命も短かったアリアンナ家の奇病。
ダルザスのスーパーネズミを生み出す研究を人間に応用して、この儀式に耐えられる者を生み出したと考えれば納得がいく。
「一匹のネズミの生贄でこんな怪物になったのです。ティモシーが儀式に使った生贄は100人を優に越えています。ということは今の彼は…。」
フィリップが教えてくれた100人分はあった人骨。それより考えられる現在の伯爵。あまりにも恐ろしい推測がこの部屋にいる者達の心を過った。
では次回!
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