第29話:奇跡を讃えて(挿絵あり)
※ ※ ※ 都 修道院 ※ ※ ※
「賑やかね。」
修道院の廊下を歩いていると聞こえる都の騒がしさを、ロレインは喜んでいた。
窓から町を見ると、前とは明らかに人々の様子が違うことに気づく。
民衆が活気づいているのだ。とても大きな問題が片付き、心の重荷が無くなったからだろう。
「あ、起きてるのね。」
ある部屋の前を通りがかると、音がする。
部屋の中にいる人物に挨拶をしていこう。
まずはドアにノックだ。驚かさないように軽くコンコンと。
「どうぞ、入って。」
「おはよう、便利…。わあ!」
許可を貰って、ドアを開くとロレインは仰天した。
一脚の椅子、その背もたれで人が逆立ちをしている。しかも片手で。
「やあ、ロレイン。おはよう。」
便利屋は逆立ちをしたまま、呑気にロレインに挨拶をした。
危機感はゼロのようだ。
「今朝は片手で出来たんだ。大分、調子が戻ったみたいだ。」
「片手とか、調子とかはいいからいますぐやめて!」
「なんて危ないことしてるの!?」
「体が鈍っちゃってな。」
ヴァーナ島の浄化の直後、便利屋は疲れ果てて寝てしまった。
しかしそのまま3日間、目を覚ますことはなかった。
起きてからの彼はケロっとしていたが、周囲の反応は違った。
「わかってるの!?あなたはとんでもないことになってるのよ。」
そしてマデリーンの見立てによって、あることが分かった。
悪霊の“王”が消滅する直前のあがき。それは自らを倒した便利屋に大きな影響を与える為だったという事を。
「そうは言っても、腹が減るぐらいさ。そもそも中州に飛び込んで暴れて、都に危険を招いたのは俺の責任で…。」
「何言ってるの。あなたは恩人よ。司祭さまと教授を、そして都を助けてくれた。あなたが危険地帯に行くことになったのは私の依頼でしょ。あなたに責任があるなら私にだってある。それに元はといえば危険地帯を生んだのは魔術師狩りを始めた私の曾祖父様よ。」
彼だけではない。魔術師狩りを止めなかった者たち。過ちを知りながら放置した者たち。皆のささやかな罪が積み重なってあの悪霊たちの天国ができた。
「神様の采配や、多くの人たちの行いが集まって今に至ったの。みんな影で言ってるわ。アリアンナ家は血と罪に塗れた一族だって。あの危険地帯はその象徴だった。あなたはそれを終わらしてくれた立役者。思いっきり胸を張ってちょうだい。」
初めて会った時のロレインからは想像もつかないほどの大らかさだ。
両親の想い出を破壊した犯人に、ここまで優しい言葉をかける日が来るとは彼女自身も思っていなかっただろう。
「ありがと…、ん?」
便利屋の胃が収縮して音を鳴らした。その音は体からの栄養補給のメッセージだ。
「ご飯を食べましょうか。」
※ ※ ※ 都の酒場 ※ ※ ※
「相変わらず、すごいわね。50人前ぐらい食べたんじゃないの。」
「美味しかった。この都の美食には大満足だったよ。」
ロレインは驚きを通り越して、呆れていた。
積み上げられた皿が彼の食欲を如実に物語っている。
大中小あらゆる大きさの皿が今にも崩れ出しそうなバランスでさながら芸術品のように安定を保っている。
「いいんですか?こんなに御馳走になって。」
「これは全部、都のみんなの感謝の印さ。あんな奇跡にまみえたんだ。これぐらいお布施しなきゃ割に合わねぇ。」
島の悪霊たちの襲撃が止まったら、都全体が世界の終わりのような熱気に覆われた。それが止まったら今度は天使の歌声が都に響いた。それが済んだかと思えば、危険地帯となっていた島から悪霊たちが消えたときた。
不思議な出来事の連続に都では神を真剣に信じる者がさぞ増えたことだろう。便利屋が食べた大量の料理はあの奇跡に魅せられた人たちによる騎士団への贈り物だ。
「ありがとうございます。酒場も貸し切らせてくれて。」
「都の英雄のため。これぐらいお安い御用よ。」
島を救った英雄はバルマン、マデリーン、そして騎士団。そしてもう1人の立役者である便利屋のことを都の民は知らない。彼の存在が周囲に漏れないように酒場にいるのは便利屋とロレインと店主だけである。
「けど聞いたぜ。その食欲、呪いなんだろ?」
「ええ。なんでも生命力を吸い取られていて、たくさん食わないと骨と皮だけになってしまうそうです。祓う手立ては今のところなくて、一生付き合うことになるかもしれないって。」
とんでもない事をあっけらかんと便利屋は喋ってくれる。
まるで他人事のようだ。
「ごめんなさい。都を救った恩人に一生の重荷を背負わせてしまって。不甲斐ないわ。」
ロレインは己の無力さを悔やんだ。
彼女にはマデリーンやバルマンのような真似は出来ない。
そのマデリーンも全力で呪いを解くことに挑んだ。しかし、強力な呪いは風邪のように完治することはない。悪質なアレルギーのように抱えて生きていかなければならない。
「”王”は数多の人々の怨念が長年に渡って蓄積された怪物だった。それほどの悪霊がただで消え去るはずがない。3人とも生きてた、それ以上の結果なんてないさ。」
今のロレインのように、バルマンとマデリーンは便利屋に深く謝罪した。
自分たちの苦しみの一部を終わらせてくれた恩人の呪いを祓えなかったことを。
しかし、便利屋はその時と同じようにロレインに答えた。
「それに人は皆、過去に呪われている。人を殺めれば悪夢で寝られない、愛する人を失えば想い出を封じる。俺も多少の呪いぐらい抱えてる。それが1つ増えただけのことさ。」
「でも…。」
どんなにあっさりと赦してくれたとしても、簡単に割り切れるものではないだろう。
ロレインの謝罪はまだ終わりそうにない。
「はい!デザートをどうぞ!」
暗くなりそうになった空気を断ち切るために、酒場の店主がデザートをテーブルに叩きつけた。ブランデーが中央のくぼみに注がれたマスクメロンだ。
完熟の瑞々しいマスクメロンの溢れそうな果汁と濃厚なブランデーが混ざり合った極上のカクテルが皿に零れている。便利屋は早速、メロンの果肉をスプーンで掬って、スプーン一杯に乗せたブランデーと一緒に口に運んだ。
「ん~!」
蒸留酒の強いアルコールが脳をガツンと殴り、濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。幸せそのものを口に運んだような気分だ。
ひどい呪いを心配してあげているというのに、彼の呑気さにロレインは呆れてしまった。
気楽に構えてもいいかもしれない。もしかしたら明日の朝に呪いが解けるかもしれないのだから。
「便利屋さん、この都には観光に来たんだろ。だったら楽しみにしててくれ!なあ、お嬢様!」
「ええ。奇跡が起きたから、新しい祭りを興そうと思っているの。今、都の人々が総出で準備中なのよ。」
天使の歌声によって沸き起こった都の人々の熱気。これをただ終息するだけではもったいない。この奇跡を湛える祭りを行い、永遠に語り継ごうということになった。
「それは楽しみだな。お祭りか。美味しい物もいっぱいありそうだ。」
「おうよ!呪われちまった分、いっぱい楽しんでってくれ!」
ひたすら楽しむ、といきたいところだがそうはいかない。
まだ依頼は終わっていないのだから。
それでも祭りへの期待は沸くばかりだ。
次回は読者の皆さんには大きな衝撃が走るかもしれません。
それでは。




