第28話:大笑い
今話から新章に入ります。
ではどうぞ。
※ ※ ※ 夜 アリアンナ邸 ※ ※ ※
「はぁ…。」
バズラは深くため息をついた。あれから素っ裸の賊を捕まえるどころか情報さえもろくに集まらない。
領地中に御触れを出している。それにあの容姿なら記憶に留める人間がいるはずなのに成果なし。情けない結果を報告をするためにバズラはアリアンナ邸へと帰ってきた。
「今からラファエルの最期、の物まねやりまーす!」
「じゃあ、俺、サリエルなー!」
バズラを出迎えてくれたのはでかくて下品な声だった。
アリアンナ邸が誇る庭園の噴水にバズラの仲間たちが酔っぱらって、下手くそな演技に励んでいる。
「ラファエルよ、どうかお止めください!あなたがいなければ誰が皆の傷を癒すのですか!?」
「サリエル、私の持つすべての技術をお前に授けた。私がこの身を捧げねば…、えぇっとルシファーの毒で穢されたこの海は清められない。後を頼む!」
そういってラファエル役の男は噴水に飛び込むのであった。
「お前ら何やってんだ!酔っぱらって飛び込んだら危ねぇだろ!それに海を穢したのはルシファーじゃなくてアスタロスだ!」
「あれー、そうだったけー?」
バズラは酔っ払いたちを無理矢理引きずりながら、屋敷へと戻った。
噴水の掃除など全然していないので、臭くてしょうがない。
「なみだーせよー、なみだーせよー!」
屋敷の中の大広間はもっとひどい状態だ。仲間のチンピラたちは美酒をこぼし、御馳走をまき散らしてはしゃぎ回り、聖歌を歌っていた。せっかく綺麗にした大広間が元の木阿弥だ。
「おう、帰ったか!これ、お前の分な!」
完全に出来上がった飲んだくれ野郎がワインボトルを手にバズラを迎えた。
しかしバズラはボトルを取らずに睨みつける。
「何やってんだ、飲んだくれ野郎。」
バズラが差し出されたボトルを叩き落とすと、ボトルが割れてワインがこぼれた。せっかくのブドウ農家やワイン業者の苦労が水の泡だ。
「賊の捜索に進展はあったのか?情報は得られたのか?」
バズラの行動で楽しかった空気が台無しだ。
チンピラ達が一斉に睨みつける。
「見つかんねぇもんは見つかんねぇし、得られねぇ情報は得られねぇんだよ。それに俺は捜索組じゃねえ。」
「ろくに仕事もせずに酒飲んで、飯喰らって美味ぇのか?わかってんのか、あの賊にボスの顔を潰されてんだぞ。」
バズラと飲んだくれ野郎が睨み合う。
このような状況になると常に男たちを諫めるのがバズラのポジション。しかし、これはバズラが点けた争いの種火。もはや、誰も止める者はいない。
「お、おい、お前ら。よそうぜ、こんなこと…。」
「引っ込んでろ、ニブチンの捨てられ野郎。」
仲裁しようとするブレゴを飲んだくれ野郎が侮辱する。
それはバズラの口から更なる侮辱を引き出した。
「失恋した奴を侮辱して得意気か、飲んだくれ野郎。お前は手足がついた牛のクソ袋だ。畑に寝転がって、肥しになった方が役に立つ。」
「先にお前を肥やしにしてやるよ、バズラ。来いよ。」
一触即発状態のバズラと飲んだくれ野郎。
今こそ彼の出番だ。
「お待ちください、バズラ様。この宴は私のために開いていただいたものなのです。」
チンピラ達とは違う世界に住むフィリップ。彼は声を荒げることもなく、無骨な大男たちの間に入り、剣呑とした空気を鎮めて見せた。
「実は今日、都で非常にめでたいことが起こったのです。そして上機嫌であった私を気遣って皆さまが宴を催してくれたのです。どうか私に免じてどうか今宵はお楽しみください。」
それはとてもめでたいことだ。都を悩ませていた危険地帯が浄化された、祝わずにいられなかったのだ。
「わかったよ。ここまでだ。」
さすがにフィリップが出てきてはバズラも顔を立てないわけにはいかない。わだかまりを強引に押し流し、お祝いモードに切り替える。
「すまなかったな、バズラ。イライラしてて、つい。ほら、乾杯しようぜ。」
「よし、今は祝おう。爺さんのめでたいこととやらにカンパー…。」
とにかく盛り上げるには、乾杯あるのみ。これで後は楽しい夜を過ごせるはず。
しかし、その乾杯は中断させられた。
「剣を用意したぞ。」
バズラ達の足元に2本の剣が放り投げられた。
声の主はみんなのボス、ティモシーであった。
「今から勝負するんだろ。ならとことんまでやるべきだ。ミカエルとルシファーのように正々堂々と決闘しろ。」
「は、はい…?」
手下の勝負を仕切ってくれるボス。
それは有り難いが、もうその話は終わっている。
「なぜ始めない?その剣では不満だから、このヴィトスが使いたいとでも言うのか?」
腰に帯びたヴィトスを抜いたティモシー。
その姿は手下たちに以前の悪夢を思い起こさせ、恐怖を駆り立てる。
「しないのか、決闘?」
「ボ、ボス。喧嘩は止めることにしたんだ。剣はもう必要ないんだ。飲もうぜ。ほら、ボスの分だ。」
酒を飲めば何もかも解決する。
そう信じる飲んだくれ野郎は、ティモシーに恐る恐る近づいてワインのボトルを差し出した。
「ふむ。」
飲んだくれ野郎のボトルを受け取ると、剣を片手にティモシーは一気にワインを飲み出す。
ラッパ飲みで、凄い勢いだ。度数の強いワインを、真夏の冷水のように一気飲みしている。
「なあ、ボス。少しペースを落と…!」
飲んだくれ野郎が近づいた直後、ティモシーは持った剣を振り上げた。
そして剣は一切の躊躇なく、飲んだくれ野郎を振り落とされた。
「ひぃっ!」
間一髪であった。
ほんの少し、飛び退くのが遅ければ飲んだくれ野郎の体は真っ二つになっていただろう。
「は、は、は…。」
一瞬、判断が遅れていれば自分は死んでいた。
そのことに気づいた飲んだくれ野郎は尻もちをつくと、ズボンと床を濡らしていた。
「ちびったのか、あはは、はははははは!」
漏らした飲んだくれ野郎を見て、ティモシーは狂ったように笑い始める。
「はははははははははは!」
笑い声が止まらない。
一体、何がそこまでおかしいのだろうか。
「酒はいいなあ!頭の声をかき消すには酒が一番だ!」
「頭の声?何をおっしゃっているのですか、旦那様!そもそもあなたは一体…?」
訳の分からない発言、そして行動。
この人は自分が知っている主人ではない。
フィリップはそう確信せざるを得なかった。
「何を言ってる、執事よ!私だ、ティモシー・アリアンナ伯爵だ!あはは、ははははは!」
「はは…、ははは。あはははははは!」
チンピラたちも釣られて笑い出した。
バズラも、ブレゴも、飲んだくれ野郎も。
きっとボスは酒を飲んで幸せなのだろう。きっとそうなんだ。そう思い、ひたすら虚しく笑い続けた。フィリップを除いたみんなが笑っている。
「何を笑っている、能無しのお漏らし野郎!」
何という感情の変化の早さ。
ティモシーの感情は笑いから怒りへと瞬時に切り替わり、笑っているお漏らし野郎の首を掴んで持ち上げた。
「この私から大事なものを奪った賊を、ろくに探し出せない無能なお前らが、なぜ私の前で笑えるんだ!」
「か、か、か…!」
お漏らし野郎の腹に添えられる名剣。
このままでは酒だけではなく、血とはらわたが床にぶちまけられる。
「おやめください!」
「止めろ、ボス!」
チンピラ達が硬直する中、フィリップとバズラがティモシーを抑えにかかった。
しかし彼らの主人の力は羆のように強く、まるで体勢が変わらない。
「どうかお止め…、うっ!?」
一転、フィリップとバズラを大きな重圧が襲った。
ティモシーの体が突然、支えを失って倒れたのだ。
「ね、寝ている…。」
確認するとティモシーは眠りに落ちていた。
激怒からいきなり熟睡。これまたなんという変化の早さ。
「大丈夫か!?」
「はあ、はあ、はあ…。」
お漏らし野郎は無事だった。
奪われた呼吸を取り戻そうとしている。
「神よ…天使よ…救い主よ…。私はどうすれば…。」
もうかつての主には戻れないのだろうか?依頼は遅すぎたのだろうか?もっと自分が早く行動していれば、こうなる前に止められたのでは?
フィリップは後悔の念に苛まれていた。
「はははは、あははははははは!」
戸惑うばかりのフィリップとチンピラ達のいる大広間に、ブレゴのやけくそな笑い声が響く。
彼が状況を飲み込めるまで、もう少し時間がかかりそうだ。
ちょっとチンピラ達がかわいそうになってきた気がしますね。
皆さまはどう思われますか?
では次回!




