一航艦司令部機能喪失(前)
真実はその場に居た者にしかわからない。決して活字の記録が真実ではない。
いっぽう「赤城」を目指したコリンズ隊のB26A四機も零戦隊の激しい攻撃に晒され一機が右主翼およびエンジンに20mm炸裂彈を受け右翼が中程から折れ飛び海中に突っ込んだ。その光景に僚機も忍耐の限界点を越えたのか、ほとんど投棄する様な形で魚雷を投下すると零戦隊に纏わり付かれながら赤城の艦首前方をスピードを上げながら右から左に横切る様に離脱を図ろうとしている。
さらに帰りがけの駄賃とばかりにB26Aは指向可能な機銃で赤城に銃撃を加えてきた、これにより右舷の機銃、高角砲、アンテナや将兵の一部に損害が発生した。
敵機の放った機銃彈が金属音を響かせるなか艦橋では青木艦長が三浦航海長と敵の投下した魚雷の疾走方向から回避の必要性も感じず、興奮した様子で稚拙な敵の攻撃法と航空魚雷の性能について話している。
その直後艦橋上部防空指揮所より「撃て! 撃て!」砲術長仲繁雄少佐の絶叫と右舷の25㎜連装機銃群が猛然と撃ち出す音が艦橋内に飛び込んできた、
南雲長官以下司令部幕僚達が魚雷の疾走海面から艦首前方のB26Aの編隊に一斉に視線を向けるとそのうち一機がうすく煙を曳きながらが「赤城」に向かって一直線に近づいてくるではないか。
これは三番機のハービー・メイズ中尉機で魚雷投下後、操縦席に零戦の20㎜機銃弾が命中炸裂しその破片で正副操縦士とも瀕死の重傷を追い薄れゆく意識の中にあったのだ。
次の瞬間ハービー・メイズ中尉機は「赤城」の回頭に合わせる様に横滑りしながら右舷前方より飛行甲板上を横切り羅針艦橋付近に大音響とともに激突、燃料タンクに残っていたガソリンを辺りに撒き散らし爆発炎上させ真っ黒な煙と破片を辺りに撒き散らしながら左舷側に墜落し盛大な水飛沫を上げた。
直前までまったく予想もしていなかった現実の展開に唖然とするが強烈なガソリン臭と焦げた臭いが鼻をつき燃え上がる炎と煙に我に返ると「南雲長官戦死 青木艦長戦死 鈴木副・・・」と信じられない言葉を生き絶え絶えの枯れいく声で艦橋伝令が報じている。
この時艦橋後部の発着艦指揮所にいた増田正吾中佐は艦橋構造物が盾になり破片と爆炎から逃れることができた。衝撃で転倒したがすぐに起き上がり飛行甲板を見ると艦橋に巻付けてあったマントレットの無惨な残骸と激突した敵機の翼などが散乱しており辺り一面炎上している。
また艦橋後方10m位に弾薬補給で発艦準備中の零式艦上戦闘機三機が発動機の試運転中にこの激突に巻き込まれ一番手前の機体は弾みで操縦席に整備員を乗せたまま飛行甲板を右斜めに滑走し始め右舷煙突の先辺りの舷側ポケットに脚を引っ掛けて寸でのところで擱座し傾いた機体から整備員が飛び降りて難を逃れている。
増田正吾中佐は伝声管で青木艦長を呼ぶが返事はなくすぐさま羅針艦橋へ通ずる左側の外階段を駆け上がる、見上げると艦橋トップの高射装置がこちら側に崩れ落ちそうになっている。
防空指揮所からの階段は衝撃で大きく艦橋から外側に向かって外れその手摺には衝撃に吹き飛ばされたのか見張兵がゴム人形の様なあり得ない手足の角度で絡まっている。
防空指揮所に向けて「仲大丈夫か?誰か返事をしろ!」と叫ぶがまったく返事はない。
同行している兵と艦橋後方の扉を開けようとするが内部からの爆圧により変形していてとても人力では開けられない。扉についている円窓も煤で真っ黒だ、身をよじり艦橋左舷の窓から中を覗こうとするがむせ返る様な熱気とガソリン臭と火災煙が目をつく、艦橋中は暗く煙っていて防空指揮所の床が抜け落ちているのか壁の様な物が邪魔していてよく見えない。「南雲長官!青木艦長!誰か!」の叫びにも返事はなく何かのベルが鳴り響いている。
後編に続きます。