「カメラだ カメラ早く撮れ!」「エンタープライズ」の最後
久しぶりの投稿です、航空雷撃戦です。
「エンタープライズ」のスプルーアンス少将とジョージミュレー艦長は小林隊の急降下爆撃の精度とその被害に為すすべなく猛烈な火災煙と熱風が渦巻き焼け焦げた強烈な異臭が立ちこめる艦橋内にいた。あちこちで爆発音やサイレンやベルが鳴り響き乗組員達の怒号や叫び声、応急修理の為何かを打ち付ける音が薄暗い艦橋の中にも響いてくる。
そんな中「左舷敵雷撃機突っ込んでくる」生き残りの見張員の絶叫とわずかに残った機銃が撃ち始める音が被る。
ジョージミュレー艦長からは火災煙と喧騒の為敵機の視認も爆音も確認出来ないまま魚雷がはずれることを祈るしかない。
期せずして左舷の機銃座から歓声が上がる敵機を撃墜した様だ「せめて投雷前であってくれ」と心の中でつぶやくが全部を阻止することは出来ないだろうと別の自分が冷静に状況を分析している。
いつの間にか周囲の喧騒の中に敵機の爆音が徐々に聞こえて来る。
瀕死の「エンタープライズ」にとっては引導を渡されるとどめの雷撃隊の攻撃であった。
葛城大尉は目標の敵空母に近づくにつれ、味方艦爆により手酷い被害を被っているのが良くわかった。
敵空母の周囲海面は泡立ち変色し色々な残骸が漏れ出た重油やオイルにまみれ浮遊している。
その中に敵空母は左前のめりに傾斜停止し艦首から艦尾まで全艦至る所から煙を吹き上げ飛行甲板も大きく波打ち、とくに艦首付近は飛行甲板が大きくめくれ上り日本の工敞では修復不可能ではないかと思う様な惨状である。
空母艦上には乗組員達が動き回っている姿も見えるが舷側からの対空火器による射撃は散発的である。
「敵は停止しているぞ、敵速ゼロ!敵速ゼロ!」転舵しながら高速移動している目標に航空魚雷を命中させることがどれ程困難な事なのかを日々の厳しい訓練や過去の事例から知っている葛城大尉は思わず口元を緩ませながら敵空母の左舷側から最終の雷撃行程に入った。
ここからは魚雷発射まで定軸 定速度 定高度を維持する細心の操縦が絶対であり、何かの拍子に機体がふらつけばそれだけで命中率は大きく低下してしまう。
敵前で真っ直ぐに飛ばなければならない搭乗員達にとっては最後の気力を振り絞る場面である。
目標までの距離を1000 900 800と怒鳴りながら毎秒約八〇メートルの速さで近づきながら、敵空母からの対空射撃の少なさに余裕を見出しもう少しもう少しと機を横滑りさせない様に慎重にさらに肉薄する。
ここまで来ればもう高価な雷撃照準器など必要ない、もし今この瞬間に敵空母が動き始めても絶対当たると確信し「魚雷発射準備」「よーい 撃ってー」と操縦席の魚雷投下レバーを引いた。全長5.42m直径45㎝総重量約1tの九一式改三型航空魚雷が300キロ近い速度で海中に突入し大きな飛沫を上げる。
敵空母までの距離は600メートル高度は8メートルであった。投下後機体がふわりと浮き上がると同時にスロットル全開のまま機体を水平に保ちながら高さ20メートル位の壁の様に立ちはだかる「エンタープライズ」の艦体を飛び越える。
通常敵空母はで航行しておりその未来位置に向けて魚雷を発射し退避行動に入る為、目標艦の前方を飛行することになるが、敵空母はまさかの停止遊弋中であり飛行甲板上を飛び抜ける事になる。
航法士の佐々木一飛はその際に甲板上の煙の切れ間から茫然自失で立ちすくみながらこちらを見つめる敵兵と一瞬目があった様な気がした。
「後席、魚雷はまっすぐ走っているか?」と葛城大尉は伝声菅に叫ぶが「敵空母の艦体に隠れて航跡は見えませんでした」と返ってくる。
「バカ野郎 しっかり確認せんかっ!」期待した言葉と違う返事に思わず怒鳴り返す。
魚雷投下時の機体のローリング、ピッチングは極力抑制したつもりだったが海中への突入後何らかの不具合で安定板やスクリューが破損し沈降したままか、熱走への切り替えに失敗したかと次々と嫌な予感が頭をよぎる。
いつもは冷静な大尉も実戦で初めての航空雷撃の興奮から目標に到達する僅か二十秒が永遠にも感じられ、思わず機体を反転させ自分の目で確認したい衝動に駆られるが何とか押しとどめ、輪形陣からの脱出を目指して避退機動を取りつつ帰投集合地点を目指す。
最後席の安田一飛は敵空母の艦上を飛び越える際に艦橋に向け旋回機銃を二連射ほど撃ち込み周辺に火花が散るのを見たが、敵機が上空から銃撃してくるかもしれないと機銃を構え直しながら敵空母を見張るが後続の僚機が煙の中から抜け出して来るのは見えるが、乗機が低空にある上その反対側の海面は火災煙と艦上での消火活動による放水の靄で全く見えない。
敵空母を突っ切てから十五秒後、そろそろかと注視していると約1500メートル離れたあたりで突如敵空母が激しく振動し左舷に真っ白な大きな水柱が立ち上がりその衝撃で右側に大きく傾いた。
「あっ 当たった! 命中 機長命中しましたー 二本 三本命中 命中 やったぞー 命中したぞー!」
初めて見る敵艦への魚雷命中の光景が自分の想像する以上の圧倒的な大きさと衝撃に度肝を抜かれ我を忘れ叫ぶ。
「おい!カメラだ カメラ早く撮れ!」と中央席の航法士の佐々木一飛も顔を紅潮させ絶叫している。
「ケイト魚雷投下!」の報告に「左舷!魚雷の命中に備えろ!」とジョージミュレー艦長が艦内マイクに叫ぶがその艦上を魚雷を投下した九七式艦上攻撃機が轟音を立てながら突切って行く、中には機銃掃射をかけてくる機もありそこここに着弾跳弾し火花を散らすと同時に悲鳴があがり艦橋要員を殺傷していく。
敵機の爆音や電源の喪失、電線の断線などでどれだけの者が艦長の警告を聞いたかさだかではないが、その警告から数十秒後に襲ってきた魚雷命中の衝撃は全てを無にするほど破滅的であり命中付近にいた乗組員の多くは身構える間もなく狭い艦内の上下左右隔壁に叩きつけられ脳震盪や骨折、内臓を破裂させ死傷者が続出した。
まず一本目の命中魚雷が左舷中央で炸裂し艦体が激震しその僅か七秒後に二発目、十秒後に三本目の魚雷が最初の命中箇所よりやや後方10から20メートル付近に連続して命中爆発した。
この三発の命中魚雷は艦底のボイラー室、機械室付近を中心に炸裂し爆発エネルギーを放出した為「エンタープライズ」の心臓部を徹底的に破壊することになった。一本目は左舷側の喫水線下5mに命中しその衝撃により重油燃料槽が爆発し隔壁を隔てた第二・第六ボイラー室を瞬時に焼き尽くし、さらに海水が逆流し水蒸気爆発を繰り返し発生させた。
二本・三本目はその被害をさらに拡大させ喫水線下に全長30メートルにもおよぶ大破孔をもたらした。
この被害により発電室にも大量の海水の浸水を引き起こし全電源が停止し、頼みの応急電源も管制制御盤が魚雷命中の衝撃により故障し稼働せず消火栓や排水ポンプも動かせない状況となった。
いっぽう操縦席の葛城大尉は魚雷命中の報告に思わず振返りその瞬間を見たかったが、見たら帰還出来なくなる様な気がして避退機動に専念していると前方から超低空で反航してくる「エンタープライズ」右舷側からの雷撃体制に入る第四、第五小隊を発見した。通常訓練では敵艦の両舷からの同時雷撃を目指し接敵するお互いの間合いを計りながら左右同時雷撃になる様にするのだが実戦ではそんな悠長な事は全く考えられないなと思いながら「おまえらも頑張れ」とバンクを振りつつ外周の駆逐艦の動向に細心の注意を払いながら左右への横滑りを繰り返し輪形陣突破の最終避退機動に入った。
葛城大尉隊の左舷からの雷撃隊と入れ替わるように右舷からは、山田少尉を分隊士とする第四、第五小隊が突入してきた。
山田少尉は事前の取り決めどうり両舷雷撃を目指し分離した後、葛城大尉達と同様に経験した事がない激しい対空砲火のなか敵空母への雷撃コースに入ろうと輪形陣内周を大きく回り込んでいく。
この時山田少尉は輪形陣内からの機銃弾や炸裂した弾片が命中する衝撃や割れた風防が異様な音をたてる通常の人間なら発狂しかねない喧騒のなか、はたして葛城大尉の一中隊が両舷雷撃の時間調整を行う余裕があるだろうかと考えてた。
しかし敵空母の反対側を見ようにも爆煙やオイルが付着した風防は極端に視界が悪く葛城隊の動向を知ることは不可能であり、自隊単独での雷撃を決め横隊に展開し高度をさらに10メートルに下げ「エンタープライズ」に向け雷撃の最終航程に入った。
「あっ!前方に味方艦攻」と伝声缶から偵察席の小島二飛曹が報告してくる。
彼は敵の対空砲火のなか視界の悪い風防を開け放ち周囲を監視していたのだ。
「エンタープライズ」艦上を横切る様に次々と艦攻が煙の中から湧き出すように飛び出してくる。
「前方の味方は一中隊機 先頭は葛城大尉機です」小島二飛曹が弾んだ声で後ろで叫んでいる。
各機バンクしてすれ違っていくこちらもバンクで答えたいが機の安定が第一である。
次の瞬間「エンタープライズ」の反対側に物凄い大きさの白黒が混じった水柱が立ち昇っていく。魚雷命中の水柱は合計三本立ち上がり巨体な艦体がゆっくりローリングした後徐々に左舷側に傾斜していく様に見える。
山田少尉もとどめの魚雷を撃ち込むべく雷撃照準器ををのぞき込みながら
目標までの距離を1000 900 800と怒鳴りながら距離700で「魚雷発射準備」「よーい 撃っー」と操縦席の魚雷投下レバーを引いた。
九一式改三型航空魚雷が160ノット約9度の角度で海中に突入し飛沫を上げる。
投下後機体がふわりと浮き上がるとスロットル全開のまま機体を水平に保ちながら高さ20メートル位の壁の様に立ちはだかる「エンタープライズ」の艦体を飛び越える。
「エンタープライズ」艦橋内
左舷に三本の魚雷が命中した衝撃で転倒し羅針盤の根元にうずくまるスプルーアンス少将を抱きかかえ様とジョージミュレー艦長が肩に手を回した時、かろうじて生きていた艦橋上部の見張り所から「右舷1000 敵雷撃機 急速接近中!」の報告に続いて「敵機 魚雷投下」の怒鳴り声が聞えてきた。
この敵雷撃機に対しては左舷への魚雷命中の衝撃のせいか単装機銃の射撃音が散発的に聞こえる程度で残りの対空砲火はほとんど沈黙していた。
ジョージミュレー艦長が振りむくと九七式艦上攻撃機四、五機が轟音を立てながら先ほどとは逆に右から左に突切って行く、そして同じ様に機銃掃射をかけてくる機がありまたしても艦橋要員や飛行甲板上の将兵を殺傷していく。
そして右舷舷側から「魚雷接近中 当たるぞ!逃げろ! 何かにつかまれ」
と怒号が飛び交う、見下ろすと艦体付近の海面は残骸と流れ出した油でどす黒く変色しているが、少し目を上げると群青のなか五本の白い航跡がこちらに真直ぐ伸びてくるのが見えた。
右舷一本目の命中魚雷が艦橋直下の右舷中央で炸裂し艦体が激震しその後二本、三本目の魚雷が最初の命中箇所より前後20メートル付近に連続して命中爆発した。
この三発の命中魚雷は左舷への命中魚雷とほぼ同じ様に右舷側から艦腹を食い破り先の左舷からの命中魚雷によりあらかた破壊された艦底のボイラー室、機械室付近に一本あたり200㎏の弾頭に仕込まれた炸裂火薬のエネルギーを水中爆発として放出し周辺一帯を吹き飛ばした。
両舷に六本の魚雷を撃ち込まれ電源が落ちた艦橋内では負傷者のうめき声と警報やベルがけたたましく鳴り響き緊急事態を告げている。
艦の傾斜は両舷に均等に被雷したせいか左舷に5度程度で落ち着いているが、艦底の巨大な破孔からの浸水な拡大する一方で喫水を徐々に下げており沈没は時間の問題であった。
それでもジョージミュレー艦長は応急指揮官のマッケンジー少佐を呼び出し被害状況の確認と応急復旧工事と排水の可能かを問うたが、「すべての電源が停止しその復旧のメドも立たない、電動ポンプも動かせない状況では排水、消火用放水ポンプも使用不可能であり、これ以上浸水を食い止めるのは不可能であります。」と悲痛な声で答えた。
また機関長のギャレット中佐からは全ボイラー使用不能で復旧修理中だが浸水がひどく作業は困難との報告も上がってくる。
「万事休す」事ここに至りジョージミュレー艦長は万感の思いを込めてスプルーアンス少将に顔を向け視線を合わせ一礼すると「総員退艦せよ、諸君らの働きは最高だった」と命じた。
当時の航空雷撃は急降下爆撃の爆弾と違って水中を自走する魚雷自体の機器としての調整稼働が相当難しかったようですね。




