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湖面の月  作者: 山田ビリー
月に狼
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月に狼 最終話

秋の空は高い。

色付く景色の中をゆったりと、白馬に乗って紅糸紬村に向かう。

収穫の季節のせいか、ブランは最近肥った気がする。健康のためにも摂生を心掛けさせたい。彼は俺の相棒であると共に、俺の持参金でもあるのだ。


村に近付くにつれ、期待と緊張が高まる。

ルナが碧玉宮を出てから結構な日数が経っている。ディディエ殿下には大見得を切ったものの、振られたらどうしようなどと、うじうじ悩む自分も居るのだ。よくよく考えれば俺は、外堀を埋めることしかしていない。


村の手前で、見知った顔に出会う。マルセルだ。

「おーい、久し振り!」

大袈裟に手を振っている様子を見るに、俺を待っていてくれたようだ。

「来るのが遅いぞ。彼女が帰ってきてからずっと待ってたんだからな。」

正直男に熱烈に待たれても、全く嬉しくない。

「よしじゃあ引き継ぎだ。ルナちゃんの最近の様子を伝えるぞ。彼女、村に帰ってきてから、男共にしょっちゅう告白されてるぞ。今んところ全部断ってるみたいだけどな。」

「はぁ!?」

思わずマルセルの胸ぐらを掴んでしまう。

「ぐぉっ!おいやめろ。俺のせいじゃない。多分心が弱ってる感じが出てるんだ。正直こっちとしても、困ってる。下手な男とくっつかれる訳にはいかないってのが王家のお考えだろ。だからお前を待ってたんだよ。」

早く行ってやれ、と背中をバシンと叩かれる。

俺はブランの背に飛び乗ると、急いで馬を駆けさせた。ルナはあの場所に居る気がする。

初めて会った、紅の森の湧き水の畔に。


紅の森は、一面の赤であった。

俺の髪も赤みがかっているので、景色に溶け込んでいるかもしれない。一方のブランは真っ白なので、森の中でも大変目立つ。

太陽は中天。お昼である。ルナのことだ、またサンドイッチでもかじっているのだろう。


ガサガサと赤楡(あかにれ)の木々を掻き分け、開けた場所に顔を出した途端、目の前に美く靡く黒髪が目に入る。こちらを向いた女性の青い目が、ブランをぽかんと見つめている。

女性が顔を上げる。目が会う。

ルナだ。

「忘れ物を届けに来ました。」

思わず口から出た言葉がこれだ。我ながら少し動揺しているらしい。久し振りに会った第一声としては、情緒が無さすぎる。

「貴女、ディディエ殿下から報酬を受け取っていないでしょう。」

「報酬って何処にあるの?手ぶらに見えるんだけど。」

しまった。花くらい持ってくるんだった。求婚するのに贈り物の一つも無いとは……。

とにかくルナに受け入れてもらわねば。ここは言葉や態度を出し惜しみするところでは無いだろう。

(ひざまず)いて、彼女の手を取り口付ける。

「報酬は俺です。ルナ、俺と結婚してくれませんか。」

そして俺と結婚する利点を言い募る。必死である。

しかしルナは、未だ俺がディアナ様をお慕いしていると思っているようだ。

「ディアナ様の代わりなんて、私は……」

などと言われてしまう。

「貴女は勘違いしている。そもそも私とディアナ様は恋仲でも何でもないし、貴女の隣にいられるなら、騎士なんて辞めたっていいんです。」

だから、どうか。

「ルナ、俺を受け入れてくれませんか。」

ルナの目が潤む。

此方に向かって手を伸ばす彼女。

「私も、ノヴァとずっと一緒にいたいと思ってた!」

俺の胸に飛び込んできたルナを、強く抱き締める。

「そうだと思ってました。」


湖の水面に映る月が欲しければ、湖水ごと掬い上げれば良いのだ。

どうやら飢えた狼は、湖面の月に手が届いたらしい。

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