14.
話が終わると、デュナン現公爵は深い溜め息を吐いた。
「私の二人の姉のことは、君も知っているんだろう。ルナマリアとルーディアナのことだよ。私は父の代からずっと、姪とその娘を遠目に見てきた。正直王家は嫌いだよ。今もね。また我が一族の者を良いように使って。だがまぁ今回は、収まるべきところに収まったということだな。君には一族の長として感謝せねばなるまい。」
感謝、と言いながら公爵は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「君、お礼の品を言ってみなさい。ものすごく聞きたくないが、仕方あるまい。」
お許しが出たので、遠慮なく言うことにする。
「では、ルナ様の夫の立場を下さい。彼女を一生守るつもりなので。」
公爵は渋面のまま言った。
「ルナを下さい、と言ったら、彼女は物ではないと言ってやろうと思ったのに。どいつもこいつもあの子を物みたいに扱いやがって。まぁあの子もいつかは嫁ぐ身だ。相手が君ならあの子も幸せだろう。」
そうして公爵は、平民の俺に深々と頭を下げた。
「あの子を頼む。」
俺も頭を下げて言った。
「必ず幸せにします。」
「何これ。」
俺の差し出した書類をつまみ上げて、ディディエ殿下は仰った。そんな汚いものを触るように扱わないでほしい。流石に少し傷つく。
書面には、『退職願』の文字と俺の署名。辞表である。
「折角君を見込んで取り立ててきたのに、辞めちゃうの?僕を置いて?このままいけば出世間違いなしなのに。本当にいいの?」
殿下の仰ることはもっともだ。恩ある殿下のもとを去るのは心苦しい。
しかし。
「すみません。でも、決めたので。今までありがとうございました。」
殿下は執務室のデスクに腰掛けたまま、頬杖をついて、俺の辞表をぷらんぷらんと玩んでいる。
「でも君、まだルナに何にも言ってないんでしょ。勝手に決めて、振られたらどうすんの?騎士には戻れないよ。」
「振られません。」
「凄い自信。」
そこで殿下はニヤッと笑って言った。
「まぁ、退職は有休消化の後に受け付けてあげるよ。振られたら、退職前に帰ってきな。退職の取り消ししてあげるから。」
そして辞表を封筒に入れ、引き出しにしまい込む。
「じゃあ退職金は奮発してあげよう。愛馬を連れていきな。白馬の王子様からのプロポーズは世の女性達の憧れらしいから。振られたら馬もちゃんと連れて帰ってきてね。」
訓練された軍用馬は高い。勤務年数の低い俺への退職金としては、破格である。
多分これは、殿下からの祝い金なのであろう。
「そうそう。ディアナからの書簡だと、ルナは報酬に『素敵なお婿さん』が欲しいんだって。僕からルナへのお礼の品は君ってことで、彼女によろしくね。」
ということは、殿下は最初から俺をルナのところにやるつもりだったということだ。相変わらず人が悪い。
因みに、後日ディディエ殿下とフェビアン殿下の間でこんなやり取りがあったことは、俺は知らないままなのだった。
「なぁディディエ。ルナちゃんのとこにやった騎士って、本当に退職させるの?王族護ってんだから騎士のまんまでいいんじゃないの?」
「ええ兄上。彼の身分はそのままに、赴任という形にしてあります。その方が、また何かあった時便利なんで。いずれにせよ今回の一件で、彼女には宮殿から誰か付けないといけませんからね。見張りの意味でも。ただ、公にできない費用が出続けるのも困るので、給与は出ません。なので本人には、騎士の籍があることは伝えない方が良いかと思って、黙ってます。」
「お前、何でそんなにひねくれちゃったんだろうね。」




