3.
彼女を一目見て驚いた。
「ディアナ様……?」
思わず口から言葉が漏れた。ディディエ殿下も、
「本当に別人かな。自信無くなってきた。」
などと呟いていた。それくらいディアナ様にそっくりだったのだ。湧水に足を浸し、果実を摘まむ女性。彼女の指から口許に運ばれる赤い実が、妙に旨そうに見えた。
「じゃあ行くよ。初対面の印象が人に与える影響は大きいからね。格好良く行こうっと。」
だとすると、俺の印象は最悪な予定なんですが。
ディディエ殿下はすたすたと歩いていき、躊躇いなく彼女に声をかけている。
「ノヴァ、この女を捕らえろ!尋問にかける。」
殿下、ノリノリだな。
俺が彼女に手を伸ばしたところで、森の方から殺気を感じた。馭者役のマルセルも、にわかに緊張して警戒体制に入る。急いで彼女を馬車の中に押し込む。殿下は馬車に乗り込む前に、殺気の飛ばされた方角ににやりと挑発的な笑みを向けた。
「ノヴァ、やれ。」
やっぱりか!終にこの時が来てしまった。仕方がないので彼女の服をナイフで切り裂く。がばっと脱がせるより良いだろうという俺の配慮だったのだが、何故か殿下に呆れた目を向けられる。納得いかない。
「刻印が無い……」
殿下のお言葉に、俺も思わずホッとした、拍子に見てしまった。……ディアナ様より大きいと思われる。確かに別人なようだ。思わずじっくり見てしまったのは仕方がない。が、殿下の蔑んだ視線が痛い。俺、殿下のために頑張ったのに……
馬車の中で、蚕のお姫様と殿下が会話している。俺は先程の殺気の主を警戒しつつ、会話に耳を傾けた。殿下の乗った馬車を襲撃されてはたまらない。
話を聞くに、どうやら彼女は自身の出自を知らないらしい。しかし、調べればすぐにわかることと、黙っていればわからないことの判断が上手い。頭の回転が早いようだ。
名前も判明した。ルナ=エーデル。高貴な、とは彼女の祖母が名乗ったのだろうか。
彼女の家に着くと、既に両親が待ち構えていた。彼女の父親は村長の三男だそうだ。王家の血を引くという母親は、面影が陛下に似ている。表情を見るに、自分の血について理解しているようだ。
「何故、今更……」
小さな呟きが聞こえた。多分聞き取ったのは自分だけだと思う。この親子を引き裂くと思うと胸が痛む。
家の外には大勢の野次馬がいた。若い男達は皆羨望の眼差しでこちらを見ている。蚕のお姫様に憧れを抱いているようだ。不躾な視線に閉口し、周りを睨み付けると、皆さっと目を反らした。
お姫様は律儀にも、馭者役のマルセルにも挨拶している。彼もまた近衛の軍服を着ているのに気が付いたのかもしれない。
「ルナ=エーデルと申します。よろしくお願いしますね。」
「こちらこそ、綺麗なお姉さん。ルナちゃんって言うんだ、可愛い名前だね。」
お姫様、そんなやつとよろしくしなくていいですよ!そいつは憎まれ役を俺に押し付ける、ひどいやつですからね!
宿までの道中、お姫様は何故か蚕の素晴らしさについて力説していた。
「あのモゾモゾした動きがかわいいんですよ。殿下も育ててみればわかります!もうすぐ繭の時期なんです。決まった家以外の蚕は皆茹でてしまうんですが、夏には森に成虫も沢山いますから、是非見に来て下さい!」
殿下の顔はひきつっていた。彼は虫が嫌いなのだ。
「えーっ、嫌いだなんて勿体ない。一日中見てても飽きないですよ。」
「君も一度、庭師が撒いた殺虫剤にゴロゴロ悶え苦しむ芋虫を見れば、私の気持ちがわかるよ。」
ちなみに殿下は俺の紹介もしてくださった。
「隣の無愛想な騎士のことも、ノヴァって名前で読んであげて。」
「ノヴァ様。」
「様はいりません。」
と俺。
「ノヴァ、さん。」
「呼び捨てで結構です。」
「……ノヴァ。」
どうやら怖がられているようだ。




