08
「おい、この名前、どうやって見つけたんだ」
今から十五年前の、不審死について書かれた記事。
亡くなったのは、幸嶋江中。
首元を斬られて亡くなっていることから、殺人の線で捜査されているといったものだ。
「少し調べまして、他の方は見つかりませんでしたが……」
「よく見つかったな。で、これがその呪詛返しと何の関係が?」
「呪いをかけた相手の名前か苗字、どっちでも良いので、分かれば呪いを移すのは容易なんです。なりすましの様なものです。とりあえずは、この呪いをどうにかしようかと思いますが」
「俺はただ死を待つなんてごめんだ」
「では、会っていただきたい人が居るのですが」
中洲座は、ペンを取り出しメモに走らせる。
「ここに居る人に頼んで下さい。話はこちらから通しておきますので」
「あんたは来ないのか?」
「私は、他の被害者について調べてみます。もしかしたら手掛かりが見つかるかもしれませんから」
その日は朝を待って解散となった。相変わらず外では足音が鳴っているが、朝になったらその音はパタリと消えた。
書かれていた住所は、東京から新幹線で数時間。京都駅から徒歩とバスを経由した先にある、住宅街の中にひっそりと佇む社だった。
鳥居をくぐり、小さな本殿の横にある社務所のインターホンを鳴らす。
ピンポーン。
不快極まる音から一拍置いて、引戸が開いた。
白装束に身を包んだ六十代の男だ。
神主だろうか、柔らかい目元で、俺をまっすぐ見据えていた。
「あんたが、この呪いを解いてくれるんだな?」
「はい。除霊師であり、この神社の神主をしている榊原です。とりあえず、中へどうぞ」
畳張りの小さな部屋が一つだけ。座布団が二つ敷かれており、俺たちは向かい合って座った。
「で、どうしたらこれは終わるんだ? 滝にでも打たれりゃいいか?」
「いえ、すぐに儀式に取り掛かりましょう」
「儀式ねぇ」
榊原は、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、つらつらと話を続ける。俺は正座をやめ、胡座をかいて続きを聞く。途中、電話が掛かってきて、榊原に出る様勧められたが、俺はその番号を見てそれを断る。
「今回の儀式は、呪いの対象をこちらの人形に移すというものです。そうして呪いを封じ込め、お焚き上げをすれば呪いからは完全に逃れられます」
榊原は押し入れからコケシを取り出した。
木製で、おかっぱ頭の子供の顔が俺に微笑んでいた。
「それでは早速、始めましょう」
榊原は今度は細長い棒を押し入れから取り出した。
先端から何本もの細かな毛が伸びており、俯いた女性の様だ。
「これは、大麻といいまして、これで取り憑いたものを追い出し、人形に封じ込めます」
「そんなんで、出来るのか?」
「任せて下さい。これまで失敗したことはありません。では目を瞑って、良いと言うまでそのままで」
俺が目を瞑ると榊原は、その棒を俺の肩にポンと置き、ぶつぶつと小さく、念仏の様なものを唱える。
厳密に言うと違う、何かしらの呪文なのだろうが、俺には分からなかった。
何度か、肩が叩かれる。声が段々と大きく、肩を叩く力が強く、激しくなる。
俺はただその場で胡座のまま、目を瞑り待つ。肩がヒリヒリと痛む。
呪文はもう、元の原型を留めておらず、ほとんど叫び声のように変わっていた。
カランッと、何かが落ちた音がした。
「あ、あぁ……どうして、こんなの、霊なんてものじゃ——」
シャリン。
という、刃物を研いでいる音のようなものが聞こえると、
「ゔああああああああああ!」
と叫んで、榊原は何処かへと行ってしまった。
目を瞑ったまま、俺はその場から動けずにいる。
あの鋭い音はもう聞こえない。静かな部屋の中で、俺は目を開けられずにいた。
目を開けた瞬間、目の前に何かがいるかもしれない。中洲座の言葉が脳裏を過ぎる。
——目を合わせず、声を掛けぬよう。
俺が目を開けるのをじっと、目の前で待っているような、全身を舐め回され、毛穴から針を刺される様な、そんな不安感に襲われる。
神社の外で走る車の音がやけに遠く聞こえる。
喉はカラカラに乾き、唇がパサつく。
数時間、いや、もう夜になっているのかもしれない。
いつまでもこうはして居られない。
俺は覚悟を決めて、目を開いた。




