第7章:断崖の血の共鳴
#R15 #サイコスリラー #ヤンデレ #執着 #共依存 #マウンテン・スリラー #因果応報
大キレットの稜線を包む霧が薄れ始めたが、空気は以前よりもさらに息苦しく感じられた。僕は今や壊れた人形と化した朱里を背負っている。彼女はもう抵抗せず、泣きもしない。彼女の魂は、先ほど影山と共に奈落の底へと落ちてしまったかのようだった。
「もうすぐだよ、朱里ちゃん。あの頂上で、犬神家の最も神聖な儀式を執り行おう」僕は最後の岩場を登りながら囁いた。「血の婚礼だ。そうすれば、下界のいかなる人間の法律も、二度と僕たちに触れることはできない」
しかし、僕が山頂の平坦な場所に足を踏み入れようとしたその時、ある音が僕を制止させた。風の音でも、鴉の鳴き声でもない。
チャリン……チャリン……。
岩に当たるカラビナの金属音だ。静かで、重く、しかし確かなリズムを刻んでいる。
僕は影山を突き落とした崖の縁を振り返った。渦巻く霧の向こうから、爪が剥がれ、血に染まった無惨な手が、断崖の縁を掴んでいた。
「嘘……」朱里が喘いだ。死んでいたはずの彼女の瞳が突如として見開かれる。
一つの影が這い上がってきた。影山海斗だ。彼のオレンジ色のジャケットは無残に切り裂かれ、脱臼した肩の骨が露呈している。顔面は凍りついた血の層で覆われていたが、その瞳は……その瞳だけは、凄まじい執念で燃え上がっていた。
「血が……影山が……」海斗は咳き込み、薄っすらと積もった雪の上に鮮血を吐き出した。「僕たちの血は……死ぬために流れるんじゃない……。帰り道を記すために流れるんだ」
彼は底まで落ちてはいなかった。どうやら、予備のアイスアックスを崖の割れ目に叩き込み、人間の論理を超えた意志で生き延びたらしい。彼は動く片腕だけで、残された一つの魂を救うために、自らの肉体を引きずり戻したのだ。
「江戸さん……見て……彼が戻ってきたわ……」朱里が呟く。その蒼白な顔に、狂気じみた微笑が浮かび始めた。死んだと思っていた希望が、再び激しい炎となって燃え上がったのだ。
僕は笑った。腹の底から笑いが込み上げてきた。「面白い。実に面白い! これが英雄と呼ばれる種族か。地獄から這い上がり、僕の手でもう一度死ぬためだけに戻ってくるとはね」
僕は朱里を地面に降ろし、彼女の呻き声を無視した。腰のバッグから長い短刀を取り出す。崖の縁で辛うじて均衡を保とうとしている海斗に向かって、一歩ずつ歩み寄った。
「下に留まっていればよかったものを、影山くん。今度は、君の体のどこも二度と這い上がれないように、確実に処理してあげるよ」
しかし、僕が短刀を振り上げたその瞬間、朱里が僕の制御を超えた行動に出た。折れた足と縛られた両手のまま、彼女は僕の足元に向かって体を転がし、全体重をかけて僕の足首をロックしたのだ。
「逃げて、影山くん! 今すぐ!」朱里が叫んだ。北アルプスの静寂を切り裂くような、凄まじい絶叫だった。
海斗は逃げなかった。残された最後の力を振り絞り、彼はベルトにぶら下がっていた衛星無線機を掴んだ。粉々に砕けてはいたが、緊急インジケーターの赤い光が点滅していた。
「信号……発信……完了……」海斗は薄く微笑み、そのまま岩場に崩れ落ちて意識を失った。
遠く、谷の向こうから、空気を切り裂く救助ヘリのプロペラ音が微かに響いてきた。
僕は足元の朱里を見下ろした。彼女の顔は、純粋な充足感に満ちていた。「あなたの負けよ、江戸さん。下界の者たちが……あなたを迎えに来たわ」




