第二話:夢の国の遠い幻影と、母が愛した古い子守唄
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POV:琴葉 江戸(11歳)
木曽の夜は、都会の夜よりもずっと暗くて、静かだ。
五月の夜風が古い木造の家の隙間を通り抜けるたび、柱が低く「みしっ」と鳴る。おばあちゃんの隣で布団に入り、目を閉じると、冷たい闇が僕の意識をゆっくりと包み込んでいった。
――夢を見た。
そこは、あの日たどり着けなかった、きらめく光に満ちた「夢の国」だった。
シンデレラ城の向こうで、色とりどりの大輪の花火が夜空を鮮やかに染め上げている。
「江戸、こっちにおいで。迷子にならないように、手を繋ごう」
聞き間違えるはずのない、大好きな父さんの優しい声。振り返ると、お揃いのミッキーの耳をつけた父さんと母さんが、僕を見て最高の笑顔で手を広げていた。僕は二人の大きな手に挟まれて、その温もりを感じながら、きらきら光るパレードを見つめていた。
温かくて、優しくて、息が詰まるほど幸せな、僕の世界のすべて。
「お父さん、お母さん! 僕、ずっと二人に会いたかったんだよ……!」
僕は叫んだ。だけど、どれだけ叫んでも、二人の顔が、パレードの光が、まるで水面に映った影のように少しずつ歪み、白く遠ざかっていく。
手を伸ばしても、二人の温かい指先はすり抜けて、ただ冷たい夜霧に変わってしまう。
花火の音が、いつの間にか激しいガラスの割れる音へと変わり、大好きな笑顔が真っ白な光の中に消えていく――。
「いやだ……! 行かないで、お父さん! お母さん、僕を一人にしないで……っ!」
喉が引きちぎれそうなほどの叫び。でも、僕の口から出たのは、声にならない嗚咽だけだった。
胸の奥から絞り出されるような、大粒の涙が枕を濡らしていく。11歳の小さな体が、終わりのない喪失感に押しつぶされそうになりながら、布団の中で激しく震えていた。
「……江戸、江戸! 大丈夫だよ、おばあちゃんがここにいるからね」
暗闇の中で、僕の体を包み込む優しくて少し硬い腕があった。
目を開けると、おばあちゃんが涙をいっぱいに溜めた目で、僕を強く、強く抱きしめてくれていた。部屋の明かりが薄暗く灯る中、僕は自分がまだ木曽の古い部屋にいて、二人がもうどこにもいない現実を突きつけられて、おばあちゃんの胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。
「うああん……っ! お父さん、お母さん……っ! 会いたいよぉ、寂しいよお……っ!」
11歳の子どもの、剥き出しの、引き裂かれたような悲鳴が静かな部屋に響き渡る。どれだけ時間が経っても、どれだけ新しい靴を履いても、父さんと母さんの代わりはどこにもいない。その残酷な事実が、僕の胸を何度も何度も抉るんだ。
おばあちゃんは、僕の小さな背中をさすりながら、静かに、でも溢れる涙を止められないまま、僕と一緒に泣いてくれた。
「ごめんね、江戸。寂しい思いをさせて、本当にごめんね……。でもね、あかりも、ヒロさんも、お前の心の中から一歩も離れてなんかいないんだよ」
外では夜の雨が静かにトタン屋根を叩いていた。おばあちゃんは僕を膝の上に抱き寄せ、母さんが子供の頃、寂しいときによく口ずさんでいたという古い長野の子守唄を、震える声で歌い始めてくれた。
「あかりはね、本当に寂しがり屋で、ちょっとでもおばあちゃんが遠くに行くと、すぐに『お家にかえる』って泣き出すような子だったの。でもね、あの街でヒロさんに出会って、お前をそのお腹に授かったとき、あかりは初めて『私はもう寂しくない。守るべき本当の家ができたから』って、誰よりも強い母親の目になったんだよ」
おばあちゃんは、母さんの古い日記帳を僕の手の上にそっと重ねた。
「愛する人を持つということはね、自分の心の中に、帰るべき『温かい家』を建てるということなの。江戸、お父さんとお母さんは、お前という最高の家を残していったの。お前が泣くとき、二人の心もお前の中で一緒に涙を流している。だから、お前は決して一人ぼっちの異邦人なんかじゃないんだよ」
おばあちゃんの胸の温もりと、母さんの子守唄のメロディが、僕の傷だらけの心にじわじわと染み込んでいく。
夢の国の切符は失われてしまったけれど、この木曽の古い家で、おばあちゃんが紡いでくれる言葉の温もりの中に、僕は確かに両親の「愛の続き」を見つけていた。
空が白み始める頃、僕は母さんの日記帳を胸に抱きしめたまま、おばあちゃんの優しい呼吸の音を子守唄代わりに、もう一度静かな眠りへと落ちていった。
第二話をお読みいただき、本当にありがとうございました。
今回の章では、夢の国へと続くハイウェイで心を閉ざしてしまった江戸が、夜の暗闇の中で両親への抑えきれない切ない「涙」を流すシーンを描きました。11歳という幼い胸には、あまりにも大きすぎる喪失の重さ。しかし、その泣きじゃくる少年の手を握りしめ、共に涙を流してくれるおばあちゃんの温もりこそが、彼にとっての新しい世界の錨となります。
「真の愛とは、目に見える場所にあるものではなく、最愛の人が遺していってくれた自分という『肉体(家)』の中で、永遠に脈動し続けるもの」
たとえディズニーランドのきらびやかな花火を見ることはできなくても、木曽の古い家で響くおばあちゃんの子守唄は、江戸の心を優しく包み込んでくれます。私たちは一人で生きているようで、実は誰かが命を懸けて遺してくれた愛の温もりの中で生かされているのかもしれません。
江戸が母の日記帳を開くとき、彼の心にはどんな新しい光が灯るのでしょうか。次回の章もぜひ温かい心でお楽しみください。皆様の温かい応援の足跡、涙のご感想を、なろうの感想欄にて心よりお待ちしております。




