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第1話 イケメン貴公子との出会い

「おお、見ろよ! アリシア隊長だ!」

 

「先の魔獣討伐でも一番槍を挙げられたんだろ? 我らが『白銀の聖乙女』は今日も本当に凛々しい……!」

 

ハイランド王国の王都の目抜き通り。

純白と白銀の甲冑に身を包んだ私は、聖騎士隊を率いて毅然と歩を進めていた。

 

落ちぶれ気味のウィンザー男爵家の令嬢でありながら、数々の武勲を立てて最年少で聖騎士隊隊長に上り詰めた私を、人々は畏敬を込めてそう呼ぶ――いや、半分はからかいも入っているのだろう。

 

他のお嬢様方が舞踏会やお茶会に興じているとき、私は剣を振るうことだけを生きがいにしてきた。

飾らずに街の酒場に現れる気さくさもあり、ありがたいことに市民からの人気は高かった。

 

「おかえり、アリシア。今回の遠征任務も随分と活躍したそうだね。このあと、僕の家に来ないかい?」

 

爽やかな笑顔で迎えてくれたのは、バークリー子爵家の次男、マークだ。

そこそこ見栄えのする容姿に、優しい物腰。社交界でも人気のある貴族子弟である。

 

我が家には、一人娘の私しかいない。

対するバークリー家は、優秀な長男が家を継ぐため、次男のマークは世継ぎになれなかった。

 

(子爵家としてのプライドを保ちつつ、自分が当主になれる格下の家……)

おそらく自分より格上の家族の中に婿にいくのが耐えられないのであろう。

そんな彼の打算と、家を守りたい我が家の利害が一致した政略結婚。いわゆる許嫁というやつだ。

 

けれど、私はこの婚約を特に嫌だとは思っていなかった。

マークはいつも気遣ってくれるし、婚礼後にはバークリー家から我が家の事業へ融資も決まっている。

家を守る義務を果たす相手としては、これ以上ないほど感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

「お迎えありがとうございます、マーク様。ただ、これから軍務大臣に報告しなければなりませんので」

 

はは、相変わらずお堅いね。でも、そんな君の真面目なところを僕は誰よりも尊敬しているよ」

 

(お堅い。真面目……)

 

街の酒場で市民と意気投合などしているとは想像もしていないマークは、優しく微笑み、手を振った。

だが、現実の婚約関係はこれで十分だ。何も不満はない。

 

――ただ、一つだけ。

彼が時折見せる、異常なほど高い「貴族の特権意識」だけが、ほんの少し胸に引っかかっていた。

 

以前、マークの邸宅でお茶をしていたときのことだ。

侍女の不手際で彼の服にお茶がかかってしまった瞬間、彼はものすごい形相で怒り狂った。

 

「私の服をいくらだと思っている!お前のような平民が何年働いても追いつかない金額だぞ!」

 

何度も口から突いて出た、平民を見下す言葉。

あの時の冷酷な目は、どうにも気にかかる。

 

直後、私に向けられた笑みはいつも通り優しかったけれど……。

ただ、貴族という生き物はこれが普通なのかもしれない。

自分の方が、少し特殊なのだろう――私はそう自分を納得させるのだった。




とある日。

私は軍務大臣から、直々に要人の護衛任務を依頼された。


大陸最大の軍事力、科学力、文化力を誇る『アレキサンドリア帝国』に8年間も留学していた貴族の子弟が帰国するらしい。

国境の街プランツで帝国側の護衛部隊から彼を引き継ぎ、王都まで護衛してほしいとのことだった。


その要人の名は、レオンハルト・フォン・ミラージュ。

我が国最大の貴族。ミラージュ公爵家の嫡男だ。


どこかの肖像画で見た記憶はあるが、ミラージュ一家の隅っこに描かれていた少年の姿など、まるで覚えていなかった。

ともあれ、要人の護衛任務は初めてではない。

私は入念に準備を整え、聖騎士隊の精鋭数名を率いて国境の街プランツへと向かった。



プランツの街は、帝国との交易で大いに栄えていた。

街の役所の広場で待っていると、アレキサンドリア帝国の護衛に伴われ、一際豪華な馬車が到着する。


「王国の聖騎士隊の方々ですね。我々はアレキサンドリア帝国騎士団です。レオンハルト様をお連れしましたので、どうか王都まで安全に案内していただきたい」


馬車の扉が開き、一人の青年が姿を現した。

帝国騎士団に礼を言う声は、とても気品に満ちている。


なにより――私はその容姿に、言葉を失った。


艶やかな黒髪に、すらりと高い背。

細身に見えるが、それは痩せているのではなく、無駄な肉が一切なく引き締まっているからだ。

絵に描いたような美貌、いや、神話の彫刻がそのまま動き出したかのような、圧倒的な貴公子。


婚約者のマークもそこそこの色男ではあるが、申し訳ないが次元が違いすぎる。

私はその現実離れした美しさに、思わず見とれてしまっていた。


レオンハルト様はこちらへ向き直ると、ふっと優しく微笑んだ。


「君が王都まで護衛してくれる、聖騎士隊の隊長だね。まさかこんなに素敵な人が来てくれるなんて思わなかったよ。どうかよろしく頼む」


私は良くも悪くも愛嬌がある方なので、街の酒場で男たちにこのようなお世辞を言われたことは何度かある。

いつもなら「まーた、何言ってるのよ!」と笑って突っ込んでいた。


しかし、目の前にいるのは酔っ払いの客ではない。遥か上の身分である高貴な貴族だ。

突っ込みなどできるはずもなく、私は任務を遂行する聖騎士隊隊長として、淡々と返事をしようとした。


「は。お任せくだしゃい」


思い切り噛んだ。


自分の口から出た間抜けな言葉に、一瞬、世界が静止した。

背後に控える部下たちの時間が、音を立てて凍りついたのがわかる。


すかさず、副官のミリアがフォローを兼ねて「隊長、ご挨拶を」と小声で促してくれた。

私は必死に気を取り直し、キリッと凛とした表情を作り直す。


「……これは失礼。私はアリシア・ウィンザーと申します」


「アリシアか。良い名前だ、覚えておくよ。ところで……」


レオンハルト様は、すぐに街を出発せずに見学したいと言い出した。

ずっと馬車に座りっぱなしで体が固まりそうだ、と。


すぐにでも王都へお連れしたいのが本音だが、国境付近の道は荒れている。

無理をさせて体調を崩されても困るため、「夕刻まででお願い致します」と条件をつけて私はそれを認めた。


「では護衛は……アリシア、君にお願いするよ」


「は。命に代えましてもお守りいたします」


「よし、ではさっそく市場に行こう。あ、目立ちたくないから、お互い市井の服に着替えて二人だけで行動しようか」


「二人!? それでは、レオンハルト様の安全が担保できません!」


「おや? 聖騎士隊隊長は、一人では私を守る自信がないとおっしゃるのかな?」


綺麗な顔で、楽しそうに挑発してくる。

いくら身分の高いお方とはいえ、騎士としての腕を疑われるのは譲れない。

私は少しむっとして、キッと彼を見据えた。


「……わかりました。お供いたします」


こうして私は、超一級品のイケメン貴公子と二人きりで、プランツの街を見学することになってしまったのだった。

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