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38.作者VS読者④

 アイスローズは額の汗を拭いながら、鍋の中を見下ろした。


「完成したわ……!」


 炊き出し用のテントの下で出来上がったのは、まさかの「豚汁」だった。

「こんな料理があるなんて……」

 先程シスター・ロレンスと呼ばれていた修道女が呟く。

 この国に「味噌」は存在しないから、言うまでもなく豚汁もない。アイスローズの先導のままに料理していた修道女たちは、最初は半信半疑だった。しかし、豚汁を試食すると次々に「とても美味しい!」と目を丸くする。

 最後まで難色を示していた院長も、仕上がりのレベルを確認し、この修道院から豚汁を振る舞うことを認めてくれた。


 材料となった味噌は、半年前の【瀕死の王太子事件】前にパトラが研究し、二人で仕込んでいたものだ。炊き出しといえば、イコール豚汁というイメージがあった。かつ、アイスローズの前世の知識で、豚汁は海外でも意外と好評と聞いていたことも、背中を押した。


(良かった……! 転生系の物語では、前世の知識を生かすのが定石だから、ようやく「らしく」なって来たわね)


 両腰に手を当てたアイスローズは、息を吐きながら胸を張った。


 イベントは嬉しいことに、大盛況だった。

 アイスローズやパトラも、クリスティーナや修道女たちの横で豚汁を器によそう手伝いをした。訪れた人々は皆一様に、食べたことがないであろう不思議なスープを喜んでくれ、おかわりする者もいた。いつもの半分の時間で、豚汁の配布は終了したという。


 無理を言って片付けまで参加させてもらっていると、院長とクリスティーナがやって来た。

「何とお礼を言ったらよいか、アイスローズ様。ヴァレンタイン家秘伝の調味料を、惜しみなく分け与えていただいて、その上お手伝いまでいただき。何と慈悲深い方なんでしょう」

 院長は頭を下げた。

「いえ、とんでもありません。急に押しかけて、口まで挟んだのはこちらの方です。考えを聞き入れていただき、ありがとうございます」


 クリスティーナが続ける。

「アイスローズ様、パトラ様、本当にありがとうございます。こんなに楽しかったイベントは初めてです。でも、貴重な…『味噌』と言いましたか、私たちのためにほとんど使い切ってしまったのではないですか?」

「味噌については、ヴァレンタイン家というより、パトラ個人のおかげです」

「私は、アイスローズお嬢様のアイデアを活かしただけですよ」

 パトラが口を挟む。

 アイスローズはクリスティーナの心配そうな顔を見て、安心させるように言う。

「あれは時期がくれば、また仕込めますから。来年よろしければ、皆さんも一緒にやりませんか? 作業は楽しいですし、また沢山、豚汁を作りましょう。お嫁に行っているであろうパトラ次第だけど」

「もちろんです、そのために帰ってきますよ。アイスローズお嬢様と二人では、豆を潰すので筋肉痛になりましたから、人手が多いのは喜ばしいですね」


「良いのですか!?」


 院長とクリスティーナをはじめ、話を聞いていた修道女たちは興味しんしんに目を輝かせる。パトラは「ビッグビジネスの予感……!」とか呟いているし、麹菌でも商品化するつもりなのだろうか。

 夕方、アイスローズは丁寧に見送ってくれるクリスティーナたちに別れを告げ、彼女が修道院の敷地内にいることを見届けてから、帰宅した。今後しばらく、クリスティーナが北の村へ外出する予定がないことも確認済みだ。


(やりきったわ、これでクリスティーナの未来を変えられたはず!)


 ヴァレンタイン家への帰りの馬車で、今だけなら許されるだろうと、アイスローズはゆっくりと眠りについた……。



✳︎✳︎✳︎



 しかし、その数日後、クリスティーナ・ロイドの被害が新聞で報じられる。アイスローズの思惑も虚しく、「踊る亡霊」の文字と共に。

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