37.作者VS読者③
「ビンゴだわ!」
アイスローズは指をパチンと鳴らした。出していた新聞広告に、ついに反応があったのだ。それは、ある修道院からだった。クリスティーナ・ロイドは今、戒律が厳しい男子禁制の修道院にいるとのこと。アイスローズがクリスティーナのことを思い出してから居場所を発見するまで、ニ週間を要していた。
(なるほど、修道院は盲点だった……)
聞く限り、外見の条件全てが当てはまるから、漫画に出て来たクリスティーナ本人の可能性が濃厚だ。そして、有難いことにまだクリスティーナの被害は報道されていない。アイスローズは速やかに出かける準備をする。
(エドガーのいる世界で、これ以上事件を起こさせない。私は【悪役令嬢殺人事件】から、クリスティーナと……私を守ってみせる!)
――その修道院は、赤煉瓦づくりの建物に緑の蔦や白い彫刻が映え、青い空とのコントラストでとても美しかった。
アイスローズはパトラと共に訪れていた。建物は坂の上にあり、階段状になっているすっきりとした庭を抜けていく。どこからか美しい讃美歌が聴こえてきて、神聖な空気を感じる。
敷地内の一部は見物客に開放されており、入り口付近には見学施設や売店があった。修道女手作りの焼き菓子などが販売されているらしい。
たどり着いた建物の応接室にいたのは。
「クリスティーナ!!」
(あ、しまった!)
思いっきり呼びつけてしまった。失礼すぎるので、慌てて詫びる。
素朴な木製の椅子の側に立っていた彼女こそ、クリスティーナ・ロイドだった。彼女の独特な雰囲気のある瞳が、アイスローズを捉える。肩の部分がふわりとした白いブラウスに黒い細身のジャンパースカートと、修道女見習いの服装をしている。襟元には、古びた青いカメオのブローチをしていた。クリスティーナは不思議そうに首を傾けた。
(なんて綺麗な子……天使と言われても信じてしまいそう)
アイスローズが見惚れていると、クリスティーナの隣にいる50代くらいの女性が口を開いた。彼女はこの修道院の院長であり、襟だけ白い黒のワンピースを着て頭には白い布を被っている。
「アイスローズ・ヴァレンタイン様、ようこそいらっしゃいました。貴方が出した新聞広告を見た女性から、我が修道院に連絡がありました。クリスティーナに有利なことがあるとのことでしたので、私からお返事いたしました」
「いえ、こちらこそ本日はお忙しいところお時間いただき、ありがとうございます」
一通り挨拶をした後、アイスローズはあらかじめ考えてきた口実を言う。
「クリスティーナさんがいる、こちらの修道院へ寄付をしたくやってきました」
「具体的には、神学校への進学援助の一部です。この修道院では毎年、修道女見習いから一人進学させる者を選び、支援会から奨学金を出していると聞いています」
「何故、クリスティーナを名指しに?」
「それは、ある事情によりお答え出来ません。ですが、決して皆さまに恥ずような、ご迷惑をおかけするような理由ではありません」
ヴァレンタイン公爵家の、特にアンナマリアは元々社会貢献活動に力を入れていたから、家人に知られても問題はない。アイスローズにだって慈善の心はあるし、幾分かの私財もある。
教会や修道院へ支援を申し出る貴族は多い。その理由は、純粋な善意か、信仰心からか、あるいは人に言えない罪への贖罪からかもしれない。名だたる貴族であればあるほど、理由を詳しく聞かれないことを、アイスローズは知っていた。
クリスティーナは息を飲んだが、次に困ったように修道院院長と顔を見合わせている。院長はクリスティーナを促した。
「ヴァレンタイン公爵令嬢様、ご厚意、大変ありがたいことです。しかし、私個人の奨学金は、既に支援を申し出てくれている人がいるのです」
「え、」
(! 何という偶然)
「ですが、アイスローズ様がよろしければ、貴方様のお申し出通り、他の者への奨学金の一部や、社会の役に立つことへ使いたいと思います」
クリスティーナはそれは綺麗な声で言った。
話を聞くと、クリスティーナは孤児だが、ある時から「脚長おじさん」のような存在がいて、修道院での様々な活動を支援してくれているという。アイスローズは、院長に「脚長おじさん」の詳細をそれとなく聞こうとするが、もちろん答えてくれなかった。
クリスティーナは修道院が性に合っていて、これからも勉強できることを大変喜んでいた。
「そうだったのですね」
アイスローズは、クリスティーナの将来が、彼女自身の意に沿うように願う、と答えた。
ここからアイスローズは本題に入る。
「あ、あとこれは余談なのですが」
「はい?」
最近、王都では不審な事件が連続して起きているから、女性たち――特にクリスティーナには、馬に乗るような外出に気をつけるように伝える。
クリスティーナは表情を曇らせた。
「それは、怖いことですね。ご忠告いただき、感謝いたします。しかし、私たちは基本的に修道院から出ることはありませんから大丈夫かと。アイスローズ様も、どうぞお気をつけてくださいませ」
しかし、すぐ何かを思い出したように付け足す。
「あ、でも今日、修道女たちが外へ出るバザーイベントがあるんです。外といっても、修道院から目と鼻の先の広場にですが」
「今日!?」
アイスローズは素っ頓狂な声を出す。
院長が補足してくれた。
「この修道院では、自作や寄付された材料でシチューやスープを作り、不定期開催で地域の方たちへ振る舞っています。祈りが本旨の修道院ですから、どうしても地域との関わりが薄くなります。それを補うためと、日頃の感謝を込めて奉仕しております」
「それが今日の昼……」
唖然としたアイスローズが固まっていると、突然、一人の修道女が応接室に飛び込んできた。
「院長さま、大変です!」
「なんですか、シスター・ロレンス。バタバタとノックもなしに。来客中ですよ」
その修道女は、アイスローズとパトラの存在に気づくと一礼をしたが、青い顔のまま言った。
「今日振る舞うシチューに必要な、バターとミルクがまだ届かないんです。確認したところ、配達いただける日程を伝達ミスをしていた記録があります」
院長は息を飲んだ。
「なんてこと! 今日は豚肉の寄付があったから、ポークシチューの予定だったのに。いらっしゃる皆さん、楽しみにしているわ」
地元の野菜に、キノコやらは揃っていると。院長らが額に手を当て考え込むと、クリスティーナが手を上げ、提案した。
「あの、北へ行った村に、修道院がツテのある酪農家があります。街に調達へ行くよりは早いのでは。まとまった量があるか、わからないけど」
「いいアイデアだわ、クリスティーナ! すぐに馬の支度を」
「はい、急いで向かいます。アイスローズ様、大変申し訳ありませんが、これにて失礼――」
「ま、待って!!」
アイスローズは無礼を承知で、会話を遮った。
(まずい、まずすぎるわ! クリスティーナを、「馬で北の村へ」行かせるわけにはいかない!!)
みんなの注目がアイスローズに集まる。
「えっと、お待ちください。おそらく、その村よりもヴァレンタイン家に行く方が近いと思います……」
アイスローズは語尾になればなるほど、小さくなる声で言った。
「確かに、皆さんお腹を減らして来ますから、その方がお待たせしないですね。でも、さすがのヴァレンタイン家とはいえ、タイミングよく大量の材料があるかどうか」
「……そうよね、パトラ」
(えーと、えーと、考えろ、考えるんだわ、アイスローズ!)
アイスローズは必死に頭を巡らせる。ヴァレンタイン家にはバターはともかくそんなに沢山のミルクのストックはないはずだ。公爵家ゆえ、いつも新鮮なミルクが毎日配達されていたから。
アイスローズは料理ができる。しかし、材料の入手ルートは持っていない。ああ、この半年間、一体何をしていたんだろう。
(やっぱり、私がクリスティーナに代わっていくしか……って、半年前って確か――!!)
アイスローズは、パトラの両手を握りながら立ち上がった。
「パトラ、ヴァレンタイン家から『あれ』を取ってくればいいじゃない!」




