36.作者VS読者②
アイスローズは、漫画シリーズでエドガーがいつかしたことを参考に、「新聞広告」をパトラに依頼して出してみた。「クリスティーナ・ロイドという亜麻色の髪、青磁色の瞳の15歳前後の女性を探している。彼女にとって有利なことがある」という内容だ。
そしてそのまま、騎士団訓練場に出向きクリスティーナに関する情報を集めようとしたが、オリバーやエレーナはじめ誰も心当たりがなかった。
(あれだけの容姿をしながら、騎士団の噂話にもならないなんて。クリスティーナは王都にいない? あるいは外出できない状況にいるということ?)
アイスローズは疑問を持ちつつも、次の一手に移る。ジョシュを通じてエドガーに手紙を渡してもらう。エドガーに「お願い」をするためだ。
(……気持ちを自覚してから会うのは、今世で初めてだけど、大丈夫!)
アイスローズは天下のご令嬢、心の内を隠すのは大得意だ。エドガーには絶対に幸せになれる相手、ヒロイン・エレーナがいる。
(私の気持ちなど知られても、優しいエドガーを困らせるだけ。何のために、厳しい令嬢教育を受けてきたのか、よく思い出すのよ!!)
アイスローズは誰も見ていないところで、両頬を手で叩き、気合いを入れた。
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あくる日、アイスローズは船見パークに来ていた。エドガーとジョシュ、ジイや護衛らも一緒だ。ちょうどエドガーが外出のタイミングで時間が空くとのことで、最短日程で話をしたかったため、現地集合させてもらった。
この公園は港側の高台にある。湾を見渡すことができ、また一部が墓地にもなっていた。墓地とはいえ、豊かな緑に白い墓石や彫刻が映え、手入れが行き届いていることから、観光名所にもなっていた。
「久しぶりだな、アイスローズ。変わりはないか」
エドガーはきっちりとした濃紺のジャケットを着ていた。最後にエドガーと別れた時は、本格的な衣替え前だ。なんだか新鮮で、胸が高鳴った。対するアイスローズはロイヤルブルーのドレスだ。顔に何一つ出さず、いつもと変わりない態度で返事する。
「はい、おかげさまで。エドガー様も」
「今日はここまで来てもらうことになり、申し訳ありません。毎年この時期は、ロザライン様のお墓参りに来ているんです」
ジョシュも挨拶してくれる。何度か話に出てきているが、ロザラインとはエドガーの母親だ。漫画の描写から、ロザライン妃がどれだけ愛される人物だったかは知っていた。
エドガーは一度目を閉じ、スッキリした顔をアイスローズに向けた。
「モルガナイト王国でのことなど、報告したかった」
エドガーの報告事は、エドモンドについてだろうか。そして、未来のオーガストとの関係について、明るい話だといいなと思う。アイスローズも恐れながら、ロザラインの墓前に手を合わさせてもらった。
エドガーとジョシュが船見パークの管理事務所へ挨拶に行っている間、アイスローズは外で待っていた。ここは本当に美しい場所だと見渡していると、ジイが明後日の方向を見ていることに気づく。
「?」
彼の視線の先を辿ると。
(あれは、墓石……?)
公園の敷地内か、あるいは外になるかの片隅に……不釣り合いなほど寂れたお墓があった。墓石は土や草に半分以上埋もれており、落ちている石のようで、よく注意して見ていないと踏んでしまいそうだった。
アイスローズの視線に気づいたジイは、指でモノクルを押さえながら、何やら腑に落ちた顔をした。
「失礼いたしました、アイスローズ嬢。脇見をしてしまい。タイベリアス家の墓がここにあったことを初めて知ったもので」
「タイベリアス家? 確か、10年以上前に取り潰しになったと聞いていますが。そのタイベリアス伯爵家でしょうか」
そういえば、アイスローズが直接ジイと会話するのは、初めてかもしれない。
「さすがアイスローズ嬢。お詳しいですね。かつて投資に失敗し、没落した家と聞いています」
(没落……か。悪役令嬢であるアイスローズも、事件ではなく没落エンドだったら良かったのかしら。でも、そんなことになったらお父様、特にお母様が黙っていないわね)
硬い表情になるアイスローズ。
「いきなり楽しくもない話をして、申し訳ありませんでした。さあ、エドガー殿下たちのところへ行きましょう」
アイスローズの顔が曇ったのを見てだろう、ジイに促され、二人はその場を離れた。
船見パークはちょうどよい規模だった。散歩によい気候だったので、誘われた通り、エドガーと横並びで歩く。ジョシュたちは気を利かせてか、少し離れたところにいた。
潮の香りがする、開けたところに着いたところで、アイスローズは口を開いた。
「エドガー様、手紙でお知らせした通り、お願いがあります。今度こそ、最後になるかと」
エドガーはゆっくり立ち止まる。
「次の……満月になる日、勉強合宿をしたいのです。エドガー様とヴィダル様とエレーナさんで。出来たら王城で」
エドガーは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「王城で? 今回の狙いはなんだ」
「狙いなんてないですよ。夜も眠らずお菓子なんか食べながら、ひたすら勉強するんです。何だか、楽しそうじゃありませんか? エドガー様もご存じのように、エレーナさんもヴィダル様も、王城学園志望ですし、良い機会かと」
「なるほどね」
エドガーは水平線を見下ろす場所の手すりを背にする。日差しは柔らかく、風が気持ち良い。彼の目が緩やかに細められた。
「学校生活、楽しみだな」
「一年前は、そんな気持ちになるなんて考えもしなかった。私は将来が昔から決まっていたし、王城学園は通過点に過ぎないからな」
「あ、」
アイスローズは言葉に詰まった。確かに、王太子であるエドガーは未来の国王だ。学園で様々な分野を学ぶことは、もちろん彼の役に立つだろうが、かと言って興味を持った分野の職に就けるわけではない。
「アイスローズと同じクラスになったら面白いな。宿題を見せてもらおう」
「間違えていたら、恥をかくのはエドガー様ですよ。確か一学年7クラスくらいでしたか、同じクラスになりますかね?」
「可能性は高いと思う。一年時は入試の成績で一般教養のクラス分けがされる。知っての通り三年時から専門分野の選択だから、二年までは同じかな」
アイスローズは片眉を上げた。
「随分、買い被りですね。エドガー様はともかく、私は不合格になるかもしれませんよ」
「君の覚えの良さは王都でも噂になっている。アイスローズの成績で落ちたら、誰が合格するんだ」
「試験当日お腹を有り得ないほど下すとか、可能性ありますし――それに、」
令嬢としてギリギリの下ネタにエドガーは笑い、アイスローズも気が緩んだのか、つい口に出しかけてしまう。
「アイスローズ?」
「いえ、なんでもありません」
こんなの「構ってちゃん」みたいだと、慌ててアイスローズは言葉を止めたが、エドガーに促される。仕方なく、小声で絞り出した。
「私がどこか、遠くに行ってしまうとか」
「そんな予定があるのか?」
一転、エドガーはひどく真剣な顔をした。表情の切り替えが早い。逆にびっくりしたアイスローズは「冗談ですよ」と両手を振って否定した。
「社交界デビュー前の公爵令嬢かつ一人娘が、一人でどこに行くっていうんですか」
不服そうな表情をしていたエドガーだが、やがて「確かに」と納得したようだ。そして、続ける。
「どこにも行くな」
(え、)
アイスローズは目を見開いた。どこかで聞いたセリフ。意志の強そうな青緑色の瞳が、優しくアイスローズを映している。
気がつけば、胸がいっぱいになった。
それだけでもう、充分だった。
夢でエドガーがエレーナに語りかけていたセリフだ。
(冗談に冗談で返してくれただけの、言葉でもいい。エドガーがエレーナへと同じように、アイスローズに言ってくれただけで、大丈夫)
(私は、頑張れる)
その時、地面に落ちていたプラタナスの枯れ葉が風に吹かれ、渦を巻いて高く舞い上がった。海や空のブルーを背景に、赤や黄色がそれは美しく映えた。
「うわあ! 綺麗ですね!」
「そうだな。何度も来ているが、初めて見た」
アイスローズは手を伸ばし、落ちてくる葉を掴もうとしてみる。その間、エドガーは隣りで見守ってくれた。
いつまでもこの瞬間が終わらないほしい。そう願ってしまうほど、穏やかな時間が過ぎていった。




