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32.星よりもひそかに

アイスローズは、シティセントラルホテルのロイヤルスイートルームにいた。

目の前には豪華な装飾のテーブルを挟み、三人掛けソファーの中央にエドガーが足を組んで座っている。腕も身体の前で組まれており、ご機嫌とは程遠いオーラが溢れている。


 エドガーはようやく口を開いた。

「何故、君がモルガナイト王国にいる」

「舞踏会に出るためです」


 キリッ――とアイスローズが答えるが、エドガーは渋い顔をやめてくれない。エドガーはホテルの室内だからか、ワイシャツに灰色のズボン、黒いベルトに短いブーツと、アイスローズが今まで見た中で一番カジュアルな格好をしている。アイスローズも重い舞踏会用のドレスを脱ぎ、淡いテラコッタオレンジ色の身軽なドレスに着替えている。


 まさか、エドガーご一向と同じホテルだったとは。エドガーとは舞踏会がお開きになったタイミングで王城入口で遭遇し、一緒に帰ってくることになったのだ。

 アイスローズはエドモンドに会えていないし、エドガーもキランと会っていない。しかし、エドガーの様子から【容疑者・王太子少年の再考】が上手くまとまったことを確信した。エドモンドがどこまで真相を話したかは分からないけど、エドガーに悲壮感はなく、アイスローズは満足している。


 エドガーたちはホテルのワンフロアを貸し切っていたため、アイスローズとヴァレンタイン家の使用人たちも同じフロアに泊まるよう計らわれた。

 時間はもう明け方に近い。

 アイスローズは重苦しい空気を振り払うように、わざと大きめな声を出した。


「あるご令嬢が、エドガー様がキラン殿下に劣るなどと言うものですから。エドガー様は立派ですわ」

「アイスローズに褒めてもらえるのは有り難いが、私の質問は『何故あのご令嬢たちといたのか』ではなく『何故この国に、舞踏会に来たのか』、だ」


 ふと、エドガーは独り言を言う。

「やはり、キラン王子を庭に引き留めて……」

「何ですか、それ」

「いや、なんでもない」

 彼は話を変えた。


「噂になっていた。舞踏会で一人ダンスしたというのは、本当か」

「はい」

「なんだってそんなことに」

 ここは正直に言って問題ないと判断し、アイスローズはパートナーが来なかった経緯を説明した。

 エドガーは下を向いて息を吐いたが、やがて顔を上げた。

「アイスローズが次にダンスをする時は、私が相手しよう」

「え」

「公爵家の令嬢が舞踏会のダンスでパートナーがいないなんて聞いたことがない」

「そうはいっても。私たちは15歳ですから、次は順当に行けば、社交界デビューのダンスですよ」

「それの何が問題だ」

「こ、婚約者候補みたいじゃないですか! しかも有力な。それでなくとも、確実に噂になります」

 アイスローズは少し焦って言った。

「だからなんだ。君も知っているように、噂はより強い噂で消し込むのが一番だろう」


 エドガーはソファーの背もたれに寄りかかった。彼はある意味正論を言っているが、エドガーは王太子である。それだけで済むわけでない。アイスローズは慌てて提案する。


「な、なら、今ダンスしましょう!」

「?」

「『次』のダンスのお相手と言いましたわね? 今がその『次』ですわ。そうすれば問題ないでしょう? この部屋には音楽があります」

「アイスローズ?」


 アイスローズは部屋の片隅に飾ってある、大きな机型オルゴールを指差した。エドガーの返事を待たず、彼の手を強引に取り、立ち上がらせる。暖炉の前の広いスペースに誘導しながら、側にいた使用人にオルゴールを流すようお願いした。

 エドガーはアイスローズに無理やりダンス最初のポーズをとらされていたが、音楽が始まると、観念したかのようにステップを踏み出した。


(……無敵の主人公、さすがにうまい!!)


 エドガーはアイスローズのしたいようにさせてくれ、かつ彼女を自然にリードしている。この感覚は、練習相手をしてくれる男性のダンスの先生にも感じだが、それ以上だ。アイスローズはピアノ同様、アンナマリアの指導下でダンスにも相当自信があった。だからこそ、彼のレベルの高さが良くわかった。

 本当の配慮は「相手に配慮していることを気づかせない」と聞いたことがあるが、その通りだと思う。


(というか、距離が近いわ。しかも、よりによって何でこの曲……!?)


 当たり前だが、ダンスのためアイスローズとエドガーは密着している。しかも、この曲の腕の見せどころは、回転する場面以外、どんな動きをしてもお互いに身体の右半身を離さないようにすることである。舞踏会終盤にムードを高めるために使用する曲だ。たまたまそこにあったオルゴールだから、誰の意図でもない。


(うっ……)


 上目でエドガーを盗み見すれば、彼は顔色一つ変えず優雅に踊ってくれている。余裕さえ感じられた。

 アイスローズ一人動揺していると分かり、ますます恥ずかしくなっていると、やがてエドガーが彼女の耳元で囁いた。正確に言えば、エドガーからしたら囁いているわけではないのだろうが、二人の物理的な距離が近いため、結果的にそうなった。


「先刻アイスローズをモルガナイト王城で見かけたとき、自分でも意外だが、嬉しい気持ちがあった」

「え、」

「異国で見知った顔に会うのは、安心するものだな」


 エドガーは優しげにアイスローズを見つめた。アイスローズは反射的に、顔を俯かせる。


「あ、ああそうですわね。国外旅行に行った時に母国の料理を食べると安心するってやつですわね? それとも、新しいグループに入った時顔馴染みがいると安心するやつのことかしら。まあ、そう、それならよくわかりますわ」

「……急に早口になったな、どうした」

 エドガーはアイスローズの頭の上で笑い出した。どういうわけかアイスローズの動悸は止まらない。――深い意味などないとわかっているのに。


(なんだろう、これ以上、エドガーと目を合わせたら負けな気がする)


「ほら」

「きゃ!?」


 突然、エドガーはアイスローズをくるりと回転させた。曲のここの部分は回転するところではない。エドガーが踊りを間違えるはずがないから、絶対にわざとだ。

 文句言いたげに顔を上げると、彼の青緑色の瞳はアイスローズを捉え、満足そうに微笑んだ。

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