27.容疑者・王太子少年の再考
「お母様、お話があります」
アイスローズは、ヴァレンタイン公爵邸に戻るなり、アンナマリアの部屋に直行した。
「なあに、貴方挨拶もそこそこに。元気になって安心したわ、さすが王城病院ね」
アンナマリアは次回のサロン主催に備え必要な手紙などを整理していたが、一旦手を止め、アイスローズの話を聞いてくれるようだ。
アンナマリアは合図をすると、使用人にお茶の用意をさせた。何かと多忙なアンナマリアとアイスローズがゆっくり話をするのは、何年ぶりだろう。それこそ、5年前に今世のアイスローズがエドガーに恋をし、完璧な令嬢になりたいと泣きついた、あの日以来かもしれない。
アイスローズは運ばれてきた紅茶の香りを嗅ぎ、心を落ち着かせてから、改まって口を開いた。
「お母様、何を引き換えにしても構いません。私、今度のモルガナイト王国第六王子の舞踏会の招待状が欲しいんです」
「何ですって?」
アイスローズの願いは、アンナマリアに意外だった。
「貴方、どういう風の吹き回し? 今までエドガー殿下にあんなに夢中だったじゃない。今度はモルガナイト王国のキラン・ポードレッタイト王子に?」
しかし、さすが情報通のアンナマリア。頭の回転が速い。
「――ああ、エドガー殿下が諸国外遊に出ているから、むしろそちらに関係しているのかしら。まさか、モルガナイト王国で相引きでもするつもりなの?」
「……詳しくはお母様にも言えません。ただ、これはエドガー殿下のためでもあります。だから」
「いいわよ」
(え、あっさり!)
アンナマリアはティーカップをソーサーに戻した。それからアイスローズを正面から見る。
「今まで貴方は、どちらかというと親の七光を嫌っていたわね。公爵令嬢の立場を使って何かをしたこともないし、わたくしやレオナルドの名前を利用することも一度もなかった。まあ、戦略も令嬢スキルの一つだから、もう少しズルくあるべきとは思っていたけど」
「そんなアイスローズがそこまで言うなら、貴方に必要なことなのでしょう。わたくしのツテを使い、舞踏会の招待状を用意するわ。ただし」
アイスローズは身構える。
指を二本立てるアンナマリア。
「二つ、条件があるわ」
「一つは、舞踏会のダンスパートナーは、『舞踏会事務局』へ依頼すること。その日、レオナルドやわたくしは予定があってついていけないの。今の貴方が中途半端にどこかの令息をパートナーに誘うと、社交界中の噂になりかねないわ。だいたい知っての通り、社交界デビューは16歳からよ。実際には、あらかじめ経験を踏ませたいと親戚関係でフライングする子たちもいるから、何とかなるとは思うけど」
舞踏会に参加するには、基本的に親兄弟が同伴するなどしてダンスのパートナーが必要だ。しかし、適当なパートナーがいない場合、モルガナイト王国では『舞踏会事務局』が、ダンススキルおよび人柄に問題がないプロのパートナーを紹介してくれる。つまり、公式なダミーである。このルールは、舞踏会が男女の出会いの場だけでなく、人間関係を円滑にし、ビジネスの側面でも利用されていることに関係している。
「もう一つは?」
「舞踏会は戦場よ。ダンスホールは参加者だけのもの。外野は見ているだけで、何もできないわ。生き馬の目を抜く世界よ。ヴァレンタイン公爵家の、わたくしの娘として、負けることは絶対許さない。これから毎日、わたくしの特別追加ダンスレッスンを受けてもらいます」
アンナマリアは、そういうとウィンクした。
真顔の美魔女のウィンクは、いろんな意味で迫力があり、アイスローズは震えた。そしてそれから、怒涛の筋肉痛の日々を送ることになるのだった……。
✳︎✳︎✳︎
エドガーがエレミア王国を離れてから約三ヶ月が経過した。季節は夏が終わり、初秋である。
ジョシュ・クレイツは焦燥していた。
エドガーの諸国外遊の予定、モルガナイト王国へ向かうため、カヌーで川下りすることになった。モルガナイト王国は、水と金と音楽の都だ。
しかし、あろうことかカヌーに同乗していた警備の騎士が転落してしまい、ジョシュや他のものが動く間もなく、エドガーが助けに飛び込んだ。騎士は無事に引き上げることができたのだが、間一髪のところで――まさかのエドガーが流されてしまったのだ。
下流から急ぎ、転落場所へ付近を探しながら陸地を戻ったが、エドガーの姿はどこにもなかった。
あと少しでエドガーに手が届かなかったジョシュは、いくら悔やんでも足らなかったが、自分の主が只者ではないことは誰よりも理解していた。あの川の流れは速いが、水深は決して深くない。また、ここでエドガー自身に何かがあれば、助けられた騎士は立ち直れず、一生を台無しにするだろう。エドガーがそんなことを許すはずがない。
あらかじめ決めておいたモルガナイト王国の落合場所であるホテルで待機することにした。
そこへ、エドガーを騎士たちと捜索していた公安貴族であるジイから、エドガー発見の連絡が(伝書鳩によって)入ったのだ。
「何だって……?」
エドガーは流されたあと、川岸のとある宿にたどり着いたようだ。しかし、そこから何故かエドモンドという新聞記者と行動を共にしていた。エドガーは、他人を装いそれとなく近づいたジイに「大丈夫」とハンドサインを送り、すれ違い様に「数日中には戻る。ジョシュにはカフェでも巡っとけと伝えろ」と言ったらしい。
「カフェ巡れと言われましても」
「お待たせいたしました〜」
ウエイターがジョシュの前にスイーツを並べる。
そんなわけで、現在彼はホテル横にあるカフェにいたのだ。
「うまっ。てか、なんだこれ、これも凄い!」
この外遊中、エドガーは何度かジョシュのためにカフェへ寄ってくれた。しかし、エドガーは時折、銀髪に近いブロンドの女性を見ると、何かを考え込んでいた。
――寂しいのだろうか。見かねたジョシュが、モルガナイト王国名物のアプリコットフランをエドガーへ差し出す。
「一くちあげますから元気出してください」
「いい」
「じゃあ二くち」
「……いい」
「わかりましたよ、そんなに言うなら全部あげますよ!!」
「何故キレる。違う、そうじゃない」
なんてことがあったっけ。
「あのプラチナシルバーの髪はヴァレンタイン家特有と知っているくせに。モルガナイト王国にいるわけないのに、意外にわかりやすいんだから」
呟きながら、クリームたっぷりの異国のスイーツを口に入れる。極上の味は、束の間だけジョシュを癒したが、やはり気分は晴れなかった。
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