28.容疑者・王太子少年の再考②
アイスローズは、舞踏会の三日前にモルガナイト王国に入国していた。ヴァレンタイン家の使用人たち数人も一緒なので心強い。ちなみに、パトラはまだリハビリ中なのでエレミア王国に置いて来ている。
宿泊先は、アンナマリアが手配した、王族も御用達のシティセントラルホテルである。宮殿と見紛うほど重厚な白い石造りのホテルは警備も厳しく、アイスローズは少しの不安もなかった。到着一日と二日目は、ホテルの近場を旧市街を観光したり、舞踏会用髪型やドレスの最終調整をしたりして楽しく過ごしていた、のだが。
舞踏会当日の夕方。
「どういうことかしら?」
さすがのアイスローズも顔を青くした。舞踏会開始まで2時間もないというのに、「舞踏会事務局」通じて依頼したパートナーが、待ち合わせ場所のホテルへ来ないのだ。
ホテルのエントランスには、既に舞踏会が開催される王城への馬車が手配されている。
アイスローズは髪を編み込みでアップにし、ボリュームがあるスカートのドレスも気合いを入れて用意した。アンナマリアの助言により、全てモルガナイト王国の最新流行スタイルを、一番人気の名門店で仕立てている。いわく、社交界はしようもない噂だらけで、ほんの小さな隙で揚げ足を取られるからだという。アンナマリアは一緒に来れない代わりに、アイスローズをできる限り守ろうとしているのだろう。
舞踏会に遅れるわけにはいかない。アイスローズは使用人たちに舞踏会事務局への確認を任せ、先に王城へ向かうことにした。
モルガナイト王国の王城は、金飾りが目を引くつくりだった。屋根や窓縁の飾りは金色で、外壁は極淡いオレンジ色、白い立派な柱が数えきれないほど並び、建物を支えている。屋根は淡い水色かあるいは白色に見え、とても美しかった。幾千もの蝋燭が灯されて、光を添えていた。エレミア王国の王城は白やアイボリーイエロー、青の濃淡・緑を基調とした外観をしているから、アイスローズにとって新鮮だった。
馬車を降りてから間もなく、参加者の人混みから、一際美しい令嬢が声をかけてきた。
「アイスローズ・ヴァレンタイン嬢? お噂通り美しい方ね」
そのご令嬢は、檸檬色に近いブロンドの髪に、アイスブルーの瞳をしていた。水色の胸元が開いたドレスが似合う、女性らしいスタイルをしている。彼女は扇子をかざし裏からアイスローズを上から下へジロリと見た。しかし、アイスローズは彼女と面識はない。
「? はい、そうですが」
「私は、セレスティン・ウィンザーノットと申します。以後お見知り置きを。アイスローズ嬢は、お一人で?」
(ああ、モルガナイト王国のウィンザーノット公爵令嬢ね。確か、彼女も有力貴族令嬢と名高いわ)
教養として、他国の貴族の名前も一通り頭に入っている。アイスローズは令嬢スキルを発揮して、落ち着いて答えた。
「公式パートナーと待ち合わせているのですが、どうやら手違いがあり、まだ落ち合えていないのです」
「まあ、それは大変ね。私のお父様は『舞踏会事務局』の名誉会長をしているの。後で、きちんとクレームを伝えておくわ」
セレスティンは、瞳を心配そうに曇らせながら同情的なセリフを繰り出すも、その口角は何故か上がっていて。
いや、「後で」でなくて「今この瞬間」困っているのですが……と喉まででかかり、気づく。
(この人、まるで)
「パートナーがいないなんて、さすがのアイスローズ様もファーストダンスが出来ないわね。このままでは舞踏会に参加できないわ、お可哀想に。第六王子であるキラン殿下は、まだ婚約者を決めていらっしゃらないから、アイスローズ嬢ほどのご令嬢でしたら一目でお眼鏡にかなったかもしれないのに」
「そうね」「本当ね」と、いつの間にかに集まったセレスティンの周囲の令嬢たちが同意する。まるで「取り巻き」のように。
(ま……間違いない、この人、リアル悪役令嬢だ! 初めて見た! 舞踏会事務局に圧力をかけて、私の相手をこさせないようにしたのは、確実に彼女だ!)
セレスティンはアイスローズを舞踏会に参加させないつもりなのだ。
(キラン殿下狙いだと思われている。全く見当違いなのに!)
「エレミア王国にも、社交界デビュー前の未婚約であるエドガー王太子がおりますわね。アイスローズ嬢がわざわざモルガナイト王国に出向いているということは、エドガー殿下は、キラン殿下の足元には及ばないということかしら」
「なっ、エドガー殿下は!」
思わずアイスローズが反論しかけた時、時計塔の鐘がなる。
「時間だわ。それではご機嫌よう、アイスローズ・ヴァレンタイン嬢?」
「あ、お待ちくださいませ、セレスティン嬢!」
アイスローズが追いかける間もなく、セレスティンたちは其々のそれなりに見目麗しいパートナーと腕を組み、王城内へ消えていく。この場所は多くの人が往来していて、無理に縋ると目立ってしまう。まして、彼女がアイスローズの舞踏会参加を妨害した証拠などないのだ。下手に彼女に言いがかりをつければ、警備の騎士たちが集まるだろう。そうすれば、彼らは自国の公爵令嬢の肩を持つだろうから、よりアイスローズの舞踏会参加が絶望的になる。
(まずい、まずいわ、どうしよう!?)
舞踏会の間、エドガーとエドモンドは機密文書「ブループリント」盗難事件の犯人ヘクター・カッシングを追い詰める。アイスローズの記憶通りにストーリーが進むなら、終盤、王城の片隅にある塔で彼らはやり取りするのだが、カッシングは塔の窓から見える……丁度直線上にある向かいの建物のベランダへ出ていたキランへ発砲するとエドガーたちを脅す。
アイスローズのシナリオでは、舞踏会に参加したアイスローズが、キランをベランダに行かせないようにするつもりだった。
よって、アイスローズが舞踏会に参加できなければ――キランの目を引くことができなければ、エドガーたちを助けることができないのだ。
入り口に残されたアイスローズの頭の中では、アンナマリアの言葉がガンガンと響いた。
『舞踏会は戦場よ。ダンスホールは参加者だけのもの、外野は見ているだけで、何もできないわ。生き馬の目を抜く世界よ』
✳︎✳︎✳︎
(まずい、まずすぎるわ……!)
「あら、あのご令嬢一人ぼっちじゃない」
「惨めだな、どうするんだろう」
煌びやかなお城のダンスホール。高く広い天井にはシャンデリアが煌めき、フレスコ画だろうか、青い空と天使たちが描かれている。装飾は金が基調とされていて、白い壁に映え、いつまでも見ていられる。
これから最初のワルツが始まるため、人々は色めき立っていた。
沢山の着飾ったカップルたちの中に、公爵令嬢アイスローズはたった一人で立っていた。明らかにこの場から浮いている。
アイスローズはシャンパンイエローのドレスとガーネットの宝飾品で着飾っており、それら全てが最新流行のデザインで、名門店で作られた一級品だ。ここが異国であっても、社交界の人間なら一目見ただけで彼女がかなりの身分だということがわかるだろう。そのことが、パートナーのいないアイスローズがダンスホールの中心からつまみ出されない理由になっている。
とはいえ、周囲のヒソヒソ声が、彼女のメンタルを着実に削っていく。
(どうする? もう諦めてしょんぼり壁際に立っておく?)
アイスローズは自問自答する。
さすがに背中に一筋、汗が流れた。
(……いいえ。私は今までエドガーに助けられてきた。だから今度はエドガーを、エドガーの「あの人」を守らなければ。それができるのは、前世の記憶がある私しかいないのだから)
アイスローズはお腹の底から息を吸い、顔をホール正面へ向けた。バイオリンから第一音が奏でられる。
アイスローズはかすかに震える手を握り潰して――覚悟を決めた。




