24.見えないこころ②
エレーナのお見舞いから数日後、アイスローズは城内散策に出向いた。医師にリハビリがてら、身体を動かし始めたほうが良いと言われたからだ。パトラはまだ歩けないから、ジョシュが付き添ってくれた。
王城には庭だけで何種類もあった。どれも素晴らしかったが、アイスローズが一番気に入ったのは、整えすぎず自然美を讃えるカントリーガーデン風の庭だ。外気が心地良く、ゆっくり散策しているとある花が目に入った。
「あの沢山生えている赤ピンクのまん丸な花、可愛いですね」
「そうですね、あれは千日紅といいます」
ジョシュは「庭園の花は、摘んでもよいですよ」と言ってくれた。エドガーから許可をもらっているからと。お言葉に甘えて花冠を作ってみると、思いの外上手くできた。調子に乗ってジュシュの分もつくり、二人で被ってみる。ジョシュのオレンジの髪に、ピンクがかった紫と白の花にグリーンの葉がよく似合う。アイスローズのプラチナシルバーの髪にもその色は映えるとジョシュが褒めてくれた。
「心が癒されるわ……」
花束もつくりパトラの病室に持っていこうと思う。花につく虫についてウンチク話を聞けるかもしれない。
そのままブラブラと歩き、気がつくと二人は騎士団訓練場に来ていた。ジョシュはそこにいる人物を見て言う。
「あ、ちょうど始まりましたね」
アイスローズがエドガーの姿をみるのは、オールデイカー宅から王城に運ばれた日以来だ。エドガーは演習に参加していた。
アイスローズにエドガーの目の前で泣いていた記憶が蘇る。
(なんとなく、いや凄く、気まずいわ)
ジョシュに促されたが、一歩後ろから見守ることにした。そうこうしているうちに、エドガーは次にエレーナと手合わせをするようだ。今は、剣の「突き技」だけで勝負する競技をしているらしい。でも。
「……なんだか、エドガー様をエレーナさんが押しているような」
「突きの速度に関しては、エレーナちゃんの右に出るものは中々いないですからね。切りの動きが入れば、もちろんエドガー殿下が負けることはないんですが、あ」
エドガーの右脇腹への突きを、エレーナはぎりぎりジャンプで交わし――そのまま、エドガーの剣先に乗った。
「「な?!」」
アイスローズとジョシュの声がかぶる。
エレーナはエドガーが伸ばしたままの剣を踏み切り、上空から身体を捻りながらエドガーを攻めるが、エドガーは柔く払う。受け身を取りながら着地したエレーナに、エドガーの上方からの突きが迫り、地面を転がって回避する。
目にも留まらない二人の攻防に、見ている者たちは息ができない。しまいにこれではキリがないと、休憩を挟むようだ。
「わ、アイスローズ様! ジョシュ様も! いらしていたのですね。お二人とも、花冠が可愛らしいですね」
エレーナがこちらに気づき、剣を鞘に収めながら駆け寄ってきた。まだ、かなり息があがっているが、いつも通りにこやかだ。
「お身体はもうよろしいんですか?」
「ええ、おかげ様でかなり。素晴らしかったわ。さっきの剣上の技は、人間実際にあんなことができるなんて」
「ありがとうございます。でも、私が剣先に乗れるのは、エドガー殿下がお相手の時だけです」
「そうなの?」
「剣先に人が乗って、その剣を落とさずにいられるのは、エドガー殿下しかいませんから」
(い、言われてみれば、確かに……)
「エドガー殿下の腕力は人間じゃないですからね。あんなに細身なのに、王城七不思議です」
ジョシュが口を挟んだ。そしてエドガーの動きに気づいて言う。
「あ、殿下。どこかに行かれるんですか?」
「今日はここまでにしよう」
エドガーは頭の武具を取りながら、エレーナとアイスローズの脇をすり抜けていった。アイスローズには一瞥もせず、エレーナも不思議そうな顔をしている。
「あ……」
呼び止めようとしたアイスローズだが、彼の早足に間に合わなかった。伸ばした手が所在なく宙をさまよい、虚しい。ジョシュは「お揃いの花冠がダメだったかな」と、見当違いなことを呟いていたが、改めてフォローしてくれた。
「来週末から、エドガー殿下は諸国外遊を控えているんです。年明けは王城学園の入試がありますし、学園に入学すればまとまった時間は取れないので、この時期になりました。何かとご多忙なのでしょう。まあ、殿下なら主席合格間違いなしです」
エレーナが思い出したように言う。
「そういえば、騎士団でエドガー殿下を外遊に送り出す、プレゼントをしようと思っているんです。数ヶ月不在にされると聞いていますから。エドガー殿下のお好きな食べ物の、プラリネチョコレートがよいでしょうかね?」
それはよいですね、と賛同するジョシュ。早速、候補の製菓店のリストを用意します、と前のめりだ。しかし、アイスローズには何かが、引っかかった。
(ん?? 「王太子探偵という戯れ」公式ファンブックのエドガーの好きな食べ物って、プラリネチョコレートじゃないわよね? ……てか、エドガーが「縞柄の紙に包まれたキャンディ」を好きになったのはいつだっけ?)
「アイスローズ嬢?」
はっ、顔を上げると、二人が心配そうに見ている。慌てて「元気、大丈夫よ」と取りなすも、額に汗が滲んだ。何かを思い出しかけている。
「食べ物のほかには、エドガー殿下を激励する色紙を書こうと思っているんです。アイスローズ様にも一言いただけないかって、みんなで話していたんですよ」
エレーナに示されて見ると、周りの騎士見習いたちが遠巻きにアイスローズたちを見ていた。
「いや、私など却って迷惑では……」
言いかけて、アイスローズは、いつかのヴィダルの言葉を思い出す。
『騎士たちと一度話をしてみてはいかがでしょうか。人は理由がわからず避けられたら、悲しいものですから』
(……そうよね、ヴィダル!)
アイスローズは勇気を出して、言い直した。
「私でよければ、いくらでも書きますわ」
「ほっ、本当ですか??」
騎士見習いたちがわあっと声を上げ、真っ白な色紙を渡してくる。確か、カルヴァンとハリー・ジュニアと呼ばれていたっけ。年齢も大体アイスローズと同じだ。
(って、私が一番目に書くんかーい。そういえば、色紙といえばアレよね。これが、みんなと話をするきっかけになればいいのだけど)
「あの、もしよかったら、ついでにアイデアがあるのですが」
意を決し声にしたアイスローズに、騎士見習いたちは大きく頷いた。




