22.クレオとパトラ事件④
話は少し遡る。
王城展覧会が開催される日の夕方、エドガーは王城の庭にある東屋でジョシュとチェスをしていた。
「エドガー殿下が王城展覧会に関心を持たれるなんて珍しいですね」
「展覧会は父上の趣味だが、王城で行われるものには目を通しておかないといけない。私ももういい歳だからな」
「在りし日のロザライン王妃が、絵画がお好きでしたからね。そういえば、アイスローズ嬢と同じですね」
エドガーの母について言及したジョシュに、エドガーは反応しない。展覧会参加者の一覧リストを見ながら、器用に反対の手でチェス駒を動かしている。このチェスセット一式はエレミアンガラス製だ。黒い駒は艶のある漆黒、白い駒は半透明のガラス、チェス盤はクリアガラスで半透明の線が引かれている。
ちなみに、エドガーが幼少期に発見した父の不倫行為の証拠となる手紙について、エドガーは誰にも話していなかったから、ジョシュも知らない。
エドガーはリストの一点に目を止めた。
――ヘラスカス・オールデイカー。中年の紳士。結婚歴はない。調べによれば、ヴァレンタイン公爵家と繋がりはやはりなく、例えばアイスローズの肖像画を依頼したという記録もなかった。
強いて言えば、アイスローズの家庭教師パトラの生家であるカヴァネス男爵領に、かつてオールデイカーが住んでいたことくらいだ。王都でも仕事をするようになったオールデイカーは、今は王都に一人住んでいる。
アイスローズの依頼は「展覧会中、王城からオールデイカーを帰宅させないで」だ。
今日、王城展覧会に彼女が来るのか? オールデイカーと話をするため? しかし何故、王城展覧会で、でないといけないのか。
パトラが関係している? パトラはクレオ・マーロウと結婚を控えていることがわかった。クレオは大学図書館で司書をしながら、自分の研究を続けている。マーロウ家に不審な点はない。最近パトラがオールデイカーと接触した形跡はあるが、二人は知人であり、結婚に関する絵画を依頼することがあるかも知れない。何が、アイスローズを突き動かしている?
「……気になるとすれば、結婚前の令嬢が異性に二人きりで会うか? マナーとしては不自然だが、古くからの知り合いで、かつ、あれだけ年齢が離れていれば有り……か?」
「チェックメイト!」
「あ」
エドガーがチェス盤を見ると、ジョシュの駒に追い込まれていた。「エドガー殿下にチェスで勝てるなんて一生に一度の奇跡です!」と喜ぶジョシュ。
エドガーはおもむろに椅子から立ち上がり、チェックメイトに使われた白の駒を摘んで自分のジャケットのポケットに入れた。それから踵を返す。
「さあ、王城展覧会の開始時間だよ、と」
「ちょお、エドガー殿下、ずるいですよ! なかったことにしないでください!」
「私はまだ本気を出していない」
「なんで、そんな雑魚敵みたいな負けゼリフ! 貴方、王子でしょ。この国の主役!!」
ジョシュの叫びはエドガーに届かなかった……。
結局、その日王城展覧会にアイスローズは来なかった。エドガーは首を傾げた。アイスローズを公安貴族に見張らせることも考えたが、今日の彼らには王城警備という重大な任務があった。基本ジイはエドガーの側で仕事をするが、現在彼はブラッケンストール領で武器密輸についての調査をしている。何が起きるとも確信がないアイスローズに彼は使えない。オリバーには日中手隙の時間に、ヴァレンタイン家付近をパトロールをしてもらったが、異常はなかった。
しかし、エドガーの違和感は消えない。
となると、消去法で一つだ。
「……しまったな。いくぞ、ジョシュ!」
可能性として頭に浮かんでいたが、まさか、ヴァレンタイン公爵令嬢が――令嬢中の令嬢であるアイスローズが、留守中の住居に不法侵入するなんてことあり得ないから、選択肢から外していた。
エドガーはジョシュを連れ、馬をできる限り飛ばす。
このことにより、エドガーは「合理的であれば、どんなに可笑しく思えるようなことでも、起こりうる」と学んだのである。
そうして、二人はオールデイカー宅を訪問したのだった。
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