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【5】エクレール


「……もう、大丈夫そうだな」


 そう呟き、俺は足を止めて少年の腕を放した。


 少年は息を乱しながらも、こちらにお礼を言って来る。


「はあっ、はあっ、はあっ……あ、あの……危ないところを、ありがとう、ございました」


「いや……」


 頭を振りつつ目をすがめて森の小道の奥――つまり『魂の修練場』方向を見つめる。


 レイスは追って来ない。どうやら本当に大丈夫そうだと、ようやく肩から力を抜き、少年に向き直った。


 事前にダンジョンの情報も仕入れていなかった様子の無謀な少年に苦言の一つでも言ってやろうと思ったのだが。


「ところで少年、一人で来てたの……か?」


 真正面から少年の顔を捉えた時点で、俺は思わず思考が停止してしまった。


 少年は服の上に革の胸当てと革の長靴、それから革の籠手を装備して何の変哲もない鉄の長剣を腰に佩いただけの、初心者冒険者感溢れる格好だ。


 年齢は13から14歳くらいだろうか。童顔なのでかなり若く見える。


 だが、そこはどうでも良い。


 肝心なのは少年の顔だ。


 男にしてはほんの少しだけ長めの金髪はサラサラとして指通りが良さそうで、その下から覗く瞳は澄んだ青空のように青い。肌は白く滑らかで、顔立ちは王子様みたいに整っている。つまりはかなりの美少年で、格好とのギャップが酷いほどだ。


「はい、ここに来たのはボク一人です。……あ、あの?」


 どこか庇護欲を誘うような美少年の顔をじっと見つめる。


 念のために言っておくが、俺は美少年に対して欲情するような性癖などないし、ましてや美少年に見蕩れていたわけでもない。


 この少年の顔に、見覚えがあったのだ。すごく。


「お、お前……名前は?」


 震える声で問う。


 どうか間違っていてくれ、と念じながら。


「えっと……? 名前、ですか?」


 なぜ今そんなことを聞くのだろうと戸惑いながらも、少年は素直に答える。


「ボクの名前は、ルシアです。ルシア・エクレールと言います」


「……」


 やっぱりかよ。


 俺の些細な願いは叶わなかった。


 少年の前じゃなければ、盛大にため息を吐きたいところだ。


 こいつは、ソーシャルゲーム『ソウル・オーバーライト』の、主人公だ。


 だが、ルシア、という名前に聞き覚えがあったわけではない。


 ソルオバにおける主人公は男主人公と女主人公の二つが選択できる。ゲームのオープニングや過程で挿入されるアニメーションの都合上、姿形は決まっているが、名前はプレイヤーが入力することができるのだ。


 だが、主人公は設定上、決まった家名があった。


 育ての親であるクロード・エクレールから受け継いだ、エクレールという家名が。


 つまりプレイヤーの入力次第で、主人公の名前は「~・エクレール」という感じに変わって来るのだ。だが、あまりふざけた名前を入力すると「あああ・エクレール」や「†漆黒の魔導王†・エクレール」や「ゴンザエモン・エクレール」などというように、微妙な感じになってしまう。


 さらにはチュートリアルで冒険者ギルドに登録する時、受付のお姉さんから「Zzz・エクレール……か。冒険者らしい良い名前ね! Zzz、これからの活躍に期待してるわよ!」などと、「正気か?」と言いたくなるような台詞を何度も聞かされることになる。


 まあ、それはどうでも良いんだが。


 ゲームでの男主人公と瓜二つな顔に、ルシア・エクレールという名前。もう一つの確定要素である存在がなぜか見当たらないが……ほとんど確定で良いだろう。


 まさか主人公とは関わらないと決めたその日に、主人公と出会ってしまうとはな。


「あ、あの……? ボクの名前が、どうかしましたか?」


「ああ、いや、悪い。何でもないんだ」


 ずいぶんと考え込んでしまっていたらしい。ルシアが微かに不審そうな眼差しで俺を見ている。


 それに謝りながら、ここは適当に会話を繋げるべきかと、咄嗟にさっき言おうとしていた事を口にした。


「あのな、今いたダンジョン、『魂の修練場』がどんな場所か、調べて来なかったのか? 魔法使いでもない初心者が一人で来るなんて、自殺行為だぞ」


 と、如何にも「俺はお前を心配して叱ってるんだぜ」感を出しておけば、不審に思われた事もあやふやにできるだろう。


 実際、ルシア少年は俺に謝る義理などないのに、「ごっ、ごめんなさい!」と頭を下げてきた。


 ……何だか、純粋な少年を騙してるみたいで、罪悪感が湧くなぁ。


「あの、早く実力を身につけたいなら、あそこで修業するのが一番だって聞いて……」


「まあ、それは間違ってはいないんだが……」


 確かにレベル上げ効率では『魂の修練場』が最高だが。


 まさか無謀なダンジョンアタックをされて、主人公に死なれるわけにはいかん。設定上、ラスボスを倒すには主人公の力が必要なのだからして。俺はルシアに『魂の修練場』がどういう場所か、一度詳しく説明しておくことにした。


「あそこに出現するのはアンデッドばかりなんだ。アンデッドは基本的に物理攻撃が効きにくい。特に地上部分に出現するレイスは物理無効で、魔法使いかソウルに属性を乗せられる実力者じゃなければ倒せない。あるいは属性の宿る武器でもあれば話は別だが……ルシアの武器はそうじゃないだろ?」


「は、はい。そうです。これはただの鉄剣ですから……」


「あそこに挑むなら、魔法の使える仲間でも探すんだな。それが一番てっとり早い」


「そうなんですね。ありがとうございます、教えていただいて」


「……いや」


 にこやかに笑うルシアの顔から目を逸らし――俺は今、少しばかり感動していた!


 というのも、ソルオバでの主人公は「喋らない」


 バトルでの気合いの声など、キャラクターボイスは当てられていたが、ストーリー進行で喋ることは皆無! RPGでよくいる喋らない系主人公、それがソルオバの主人公なのだ!


 そんな主人公が、今、俺の前で普通に喋っている。


 何というか……感動だ。


 ちゃんと喋るんだな、主人公。


 なんて、変なところで感動している場合じゃない。


「あの、ところで……あなたのお名前は何ていうんですか? 先輩冒険者の方ですよね?」


 さて、ルシアの問いに何て答えるべきか。


 俺は最初に決めていた通り、主人公の仲間になるつもりはない。


 なぜならば、この先主人公はクソザコRキャラなど一撃で殺してくるような強大な世界の敵と対峙していく運命にあるのだ。


 そこに俺が付いて行ったって、生き残れるわけがない。


 だから、仲間にはならない。


 それは決定だが……ここで名前を答えないのも不自然だろう。


 同じギルドで働く冒険者として、適度な距離感を保ってさえいれば、妙なイベントに巻き込まれることもないはずだ。


「ああ、俺はヴァンだ」


 ちなみにだが、ヴァンはスラム街の浮浪児上がりであり、家名はない。「ストレンジ」というのはヴァン自身が名乗り始めたわけではなく、義賊としての二つ名みたいなものだ。なのでヴァンの正体を知る極一部の人間だけが、ヴァンを「ヴァン・ストレンジ」と呼ぶし、世に知られている盗賊としては「義賊ストレンジ」と呼ばれているようだ。


「ヴァンさん、ですね。あのっ、改めて、さっきは助けていただいてありがとうございました!」


「気にするな。……俺はもう帰るが、ルシアはどうする?」


「あ、ボクも今日は帰ります。……あの、迷惑じゃなかったら、ご一緒しても良いですか?」


 上目遣いで見つめられて、迷惑です、とは言えなかった。


 王都に戻るくらいなら一緒に行動しても問題はないだろう。それに、俺は少しばかりルシアの実力を確かめたいとも思っていた。


 なんせ、ゲームでのストーリー設定がそのまま反映されているのなら、この世界はルシアが死ねば世界が滅亡することになる。


 ゲームでのラスボスが、ルシアの持つ力がなければ倒せない――という設定だったからだ。


 少しだけ詳しく説明するならば、ラスボスは常に全ての攻撃を無効化する特殊な結界を身に纏っていて、その結界を破れるのが主人公だけなのだ。


 おそらく、主人公よりも遥かに強い期間限定ガチャで排出される限定SSRキャラたちが100人集まっても、ラスボスに傷一つ負わせることはできないだろう。


 ソルオバのメインストーリーに関わるつもりは毛頭ないが、この先、俺が平和に暮らしていくためにもルシアの実力は重要なファクターだ。


「分かった。なら、一緒に王都まで戻るか」


「はいっ!」


 そんなわけで、俺たちは連れ立って王都へ帰還することになった。



お読みいただきありがとうございます。

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