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【4】シャドウエッジ


「――うん、良いペースだな」


 ダンジョン『魂の修練場』でレベル上げを開始してから、すでに数時間が経過していた。


 太陽の位置を見れば中天を過ぎ、午後二時から三時の間くらいだろうと予想する。


 まだ暗くなる時間には早いが、無理をせずに早めに切り上げるべきかもしれない。


 どんどんレベルが上がっていくのが楽しくて、つい作業に没頭してしまったが、さすがにそろそろ集中力も切れ始める頃だろう。


 いくらレベルが上がろうと、俺にレイスは倒せないのだ。【スティール】で「魂石・小」を盗むだけと言っても、毎回一度で成功するわけじゃないし、失敗した時には反撃されて、攻撃を喰らってしまいそうな場面も何度かあった。


 まあ、そのお陰で現実となったソルオバでの戦い方にもかなり慣れてきたので、結果オーライという感じなのだが。


 やはりこの体にある記憶や経験がそうさせるのか、武器を振るう動作も身のこなしも、自然とゲームでのヴァン・ストレンジみたいに行えたのは、幾らか安心できる要因だった。


 ゲームと違い、一人称視点のFPSみたいな現実の視点だと、物陰に隠れていた魔物に奇襲されやすかったり、背後から近づいて来る魔物に気づかなかったりするのには参ったが、慣れればゲームと現実との差がこの視点の不利を埋めてくれた。


 というのも、現実だから当然五感が働くので、周囲の物音や臭い、気配なんかに気づきやすいのである。


 それでもまあ、死角には気を付けないといけないが、そこは経験を積んでいくしかないだろう。


 ともかく、無事20レベルを超えた辺りから緊張の糸が緩み始めているのを感じていたし、やはりこの辺りで帰るとしよう。


 一日で20レベルまで上げられたのだから、十分すぎる成果だ。


 ちなみに、なぜステータス画面が見えないのに20レベルを超えたと分かるのかと言うと、遂に「アクションスキル・2」を覚えたからだ。


 ソルオバでは例外なく、すべてのキャラが20レベルで二つ目のアクションスキルを習得するので、これが使えるようになったなら、すなわち20レベルを超えたという証になる。


 ヴァン・ストレンジが覚えるアクションスキル・2は【シャドウエッジ】


 敵の眼前から消えるように背後へ移動し、一撃を加えるという攻撃スキルだ。


 これだけ聞くと何だか強そうな気がしないでもないが、もちろんそんなことはない。


 クソザコRキャラのクソザコっぷりと、SSRキャラの優遇ぶりを知ってもらうには、両者のアクションスキルの効果説明文を比べて見れば一目瞭然だ。


【シャドウエッジ】の詳しい効果は「通常攻撃比150%ダメージ+クリティカル率50%上昇」である。なお、クリティカル率の上昇は【シャドウエッジ】の攻撃時のみであり、持続しない。


 対して、SSRキャラのアクションスキル・2、その一例をお見せしよう。


 以下のスキルは俺をバッサリ斬りやがった、「聖騎士ミリアム・アークライト」のものだ。


 スキル名――【聖光守護法陣】


 効果――「地面に突き刺した剣を中心に、聖光守護法陣を出現させる。範囲内の敵に聖属性300%×6回のダメージを与え、範囲内の味方に聖光を付与する。聖光を付与された味方は攻撃力50%上昇、防御力100%上昇、聖属性付与、持続治癒、これらの効果が一分間続く」


 ……お分かりいただけただろうか?


 このように、クソザコRキャラとSSRキャラの間には、絶対に超えられない壁が立ちはだかっているのだ。


 おまけにこのミリアム、SSRとしては特に強いキャラではない。性能の高いキャラを追い求めるガチ勢たちは使うことのないキャラクターでもあるのだ。


 もちろんアクションスキルだけではなく、パッシブスキルや能力値でも大きな格差が存在する。


 色々思い浮かべるとひたすらテンションが下がっていくので考えないようにして、俺は帰路に着くことにした。


『魂の修練場』の入り口へ向かって歩いていく。


「ん?」


 すると、静かな遺跡内を人が走り回っているような音が響いてきた。


「他の冒険者か……」


 思わず足を止め、顔をしかめながら頭に手を当て、そこにバンダナがないことを確認する。


 ヴァン・ストレンジは義賊として知られているが、顔を直接知っている者は少ない。


 とはいえ、いつもトレードマークのようにバンダナを額に巻いているのでは、目立つ――ほどではないと思うが、他人の印象には残りやすいだろう。少なくとも俺個人のイメージとしては、盗賊、シーフにバンダナは付き物だ。


 なので、今の俺はバンダナを巻いていない。


 っていうか、この先も巻くつもりはない。


 長かった髪は鬱陶しくないように適当に切り、今ではこざっぱりとした感じになっている。


 これならば、俺の顔を知っている者も、一目で俺が義賊ヴァン・ストレンジだとは気づくまい。


 盗賊だった過去は捨て、俺は冒険者ヴァン・ストレンジとして生きるのだ。


 万が一にも、「あれ? あいつアレじゃね? ほら盗賊の……」とか、気づかれるわけにはいかないのだからして。


「大丈夫だ……俺は、善良な一般冒険者だ……」


 言い聞かせ、決意し、俺は再び歩き出す。


 何とも邪魔なことに物音は遺跡の出入り口付近から聞こえて来るが、適当に挨拶でもして横を通り抜ければ問題ないはずだ。


 だが、平静を装う俺の心臓は、次の瞬間激しく跳ねることになる。


「――うわぁあああっ!!」


「ひょッ!?」


 静かな遺跡に突如として響く叫び声。


 びっくりして跳び上がってしまったが、俺が何かしたわけではない。


「く、来るなっ、来るなぁっ!!」


 悲鳴だ。


「――チッ」


 迷ったのは一瞬。


 まさか見捨てるわけにもいかない。


 俺は叫び声の方向へ向かって走り出した。


 遺跡の出入り口前の広場にて、一人の少年が尻餅をついて、剣をぶんぶんと振り回している姿が見えた。


 そのすぐそばには一体のレイスがおり、少年の剣が何度も体をすり抜けている。少年の攻撃は単なる物理属性であるのか、何の痛痒も感じていないようで、レイスは今にも少年に手を伸ばそうとしていた。


 レイスの【ドレインタッチ】は、今の俺でさえ五回も耐えられれば良い方だろう。見るからに幼げな少年では、常識的に考えてそう何度も耐えられるとは思えない。


 加えて、俺がここに来るまでに何のダメージも負っていないとは断言できなかった。【ドレインタッチ】で外傷を負うことはないから、見た目では分からないのだ。


 次の攻撃で少年のヒットポイントが全損する可能性もある。


 だが、ここから走って近づいたのでは間に合わない。


「クソっ!」


 俺は腰の後ろに吊った二本のククリ刀を抜き放ち、それぞれの手に持つとスキルを発動した。


「ソウル」を全身に回し、肉体を強化する。


 アクションスキル――【シャドウエッジ】


【シャドウエッジ】――敵の眼前から消えるように背後へ移動し、一撃を加えるスキル……だが、ゲームでは弱すぎるその攻撃性能から、むしろ移動および回避技として使われることが多かった。


 なぜなら、「敵の眼前から」とは言うものの、システム的には別に目の前にいなくとも、最も近い位置にいるエネミーの背後へ移動することになるスキルであり――現実となった世界でも、スキルを発動した瞬間に体は凄まじい速さで動いている。


 俺の体は消えるように移動し、次の瞬間には少年に向かって手を伸ばすレイス、その背後に現れた。


 背後を取った直後、俺は素早くレイスに向かって刃を振るう。


 その一撃は当然、レイスにダメージを与えることはできない。しかし――、


「ヴァァアアア!!」


 レイスのターゲットを俺に変更することはできる。


 こちらに振り向いて腕を振り上げるレイスに対して、俺は逃げずに刃を構えた。


「上等だ!」


 ククリ刀にソウルを込める。


 ソウルが光となって刀身に宿る。明らかに通常の攻撃とは違う、強烈な威力を予感させるエフェクト。


 これぞ通常攻撃ボタン長押しで発動する全キャラ共通技――チャージアタックだ!


「ヴァァアアア!!」

「おらッ!」


 振り下ろされる腕に合わせるように、俺はククリ刀を振るった。


 レイスの腕と俺のククリ刀は衝突することなくすり抜けて、ただレイスの腕だけが俺のヒットポイントを減らす――かに思われた。


 だが、そうはならない。


 パキィイインッ! ――と。


 何かが割れるようなサウンドエフェクトを響かせながら、ククリ刀と衝突したレイスの腕が大きく弾かれ、奴の体がわずかに後退する。


 敵の攻撃(範囲攻撃除く)にチャージアタックを合わせることで発動する、これまた全キャラ共通技――パリィだ。


 パリィを受けた相手は体勢を崩し、大きな隙ができる。いわゆるノックバック効果があるのだ。


 なお、遠距離攻撃の場合はパリィを受けても敵はノックバックしないので、注意が必要だ。


 ともかく、その隙に俺は――、


「立てッ! 走れッ!」


「え? は、はいっ!」


 レイスの横をすり抜けると、尻餅をついていた少年の腕を掴み、走り出した。


 遺跡の出入り口たる門を潜って外へ出て、そのまま森の中の小道を全速力で走り続ける。


 この世界ではどうなるか分からず念のため走り続けたが、やはりダンジョンの外まで魔物は追って来ないようだった。


 それに今の俺ではレイスには勝てないのだから、逃げるのは当然だよね。



お読みいただきありがとうございます。

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