ご褒美婚27
クラリスは固まっている。
踊りの途中のポージングのまま。
「し、失礼し、た」
アレクが口元を手で塞ぎながら言った。クラリスから視線を逸らして。
クラリスはハッとする。
「へ、陛下!」
とりあえず挨拶でもしておかなきゃと、クラリスはステージから素早く降り、アレクの下へと急いだ。
桶を持ったままで。
クルリンの八の字つけ髭もそのままで。
観客であるアルト、クビ騎士二人の間を通り過ぎる。
「母上様」
アルトがクラリスに続こうと立ち上がった。
遅れをとって焦ったのか、アルトは翻るクラリスのスカートの裾を掴んだ。
ピーンとスカートが張る。
クラリスにブレーキがかかる。
「へ?」
クラリスは自分の視界がスローモーションのように見えた。
ツンのめる体、
『あっ』と声を出すアレク、
『あっ』と手を離すアルト、
下がっていく視線の先、
両手で桶を掲げたまま、
床が近づいてくる。
ビッターン
と、うつ伏せに倒れたクラリス。
両手はしっかりと桶を持ったまま。
その時、クラリスは思った。
『ものすっごくベタな倒れ方じゃないかよ』と。
『これ、倒れる方じゃなく、見てる方が良かったのに』とか。
『いや、待てよ。見てる方もどうすりゃいいってのよ?』みたいな。
『ちょちょちょっと、静けさが逆に痛い』なんて。
『これ、私が何とかせにゃいけんのぉぉぉ!?』テンパって。
タッタカター
よりにもよって、レオがクラリスを促す。
『チッキショウーー』
クラリスは意を決して動き出す。
『ほふく前進ーー』
と内心で景気づけのように掛け声を自身にかけた。
クラリスはズリズリッとアレクの足下まで進んだ。
「……」
アレク以下皆が、クラリスの動向を見ている。
クラリスはゆっくりと顔を上げた。
あろうことか、クルリン髭が眉毛へと移動している。俗に言う繋がった眉毛のようだ。
「ご、ご機嫌よう、陛下」
「ブッホッ」
二度目の噴き出しで堰が崩壊した。
アレクが腹を押さえて膝を崩したのだった。
クラリスは遠くを見つめている。
達観したような気持ちで。
「ク、クラリス王女」
声にまだ震えが残るアレクがクラリスを呼ぶ。
クラリスはもうやけっぱちだ。
「へい、なんですってぃ、旦那」
アレクが腹を押さえるのを横目に、クラリスは優雅にお茶を嗜む。
女官が淹れた美味しいお茶だ。
「うんまっ」
クラリスは取り繕うことを止めた。
どうせ、このアレクって奴は、『愛することはない』男だしね、と。
「ん、コホン。クラリス王女」
「はいはい、なんですかー」
クラリスは気のない返事をする。
アレクの方は見ない。
見ているのは、外でクビ騎士らと追いかけっこ遊びをするアルト。
「あの騎士らは……」
「ああ、雇いました。そちらがクビにしたというので、こちらが雇えばいいかと」
アレクの言葉に、クラリスはあっさりと答える。
「聞いていませんぞ」
ガニオが言った。
「今、言いましたわ」
クラリスはまたまた軽く答えた。
あのビッターンなギャグ倒れをご披露したのだ。今さら、王女然とした対応なんてするもんか! これまでだって、苦労した王女然とした努力は報われなかったんだっしぃー、とクラリスはヤサグレているわけで。
ガニオの厳つい睨みにもフンと鼻であしらっておいた。
「アルト王子のためですわ。あの二人、貧乏くじでこの宮に配属となったのでしょ。それで警護の失態でクビだって聞いたわ。居場所がなくなった者同士が宮にいるのだもの。皆、気心知れて楽だわ」
クラリスの発言は事実そのままであり、だからこそアレクの心を抉る。
「了承する」
「感謝致します、陛下」
「……」
「……」
無言の時が流れる。
アレクとクラリスは、外を眺めていた。
「アルトが笑っている」
「ええ」
「私も久々に笑った」
「そうですかー」
クラリスの返しは棒読みである。
「色々とあった。聞いてもらいたい」
クラリスに聞く義理はないが、ゾレスが懇願するように頭を下げたから、クラリスは仕方なく了承した。
「……どうぞ」
アレクが周囲に退くようにと、軽く手を払った。
ほとんどがアレクとクラリスから離れるが、レオは平然と立っている。
レオの主はクラリスだから、アレクの指示には従わないのだ。
「レオ、三歩だけ下がればいいわ」
「仰せのままに、我が姫」
レオが下がった。
そこでアレクが小さくため息をつく。
「王妃と婚約したのは私が十五、王妃が十二の時だった」
……色々って、そんな過去から聞かなきゃいけないのかよ!? と、クラリスはすでにげんなりしてしまった。
アレクが外を眺めながら続ける。
クラリスも外で遊ぶアルトを眺めることにした。
「私は帝王学、婚約者となった彼女は妃教育の過程を経て、五年後に婚姻した。その三年後、流行病で先王が逝去し、若くして王位についた。それから二、三年経っても子に恵まれず、側室を召すことになった。婚姻後五、六年が過ぎていたからな。私が二十五、六、彼女が二十二、三の時にだ。王妃の立場が揺るがぬように、王都から遠い辺境伯の嫡女を召した。側室はすぐに懐妊した。王妃が側室を甲斐甲斐しく世話したよ。そして、王子が誕生し、王妃は涙ながらに側室に感謝を述べていた。王妃には跡継ぎを生むという重圧があったのだろう。そのストレスから解放されたのだ。私は決断をした。体調が戻らぬ産後の側室から王子を取り上げ、王妃に託したのだ。側室は結局回復せず儚くなった。王妃は側室の子を……アルトを愛情を注ぎ育てた。王妃が懐妊しトルドを生むまでは……」
アレクの視線がクラリスに向く。
クラリスは横目でそれを認識しながら、視線は外のままだ。
だって、自分語りなど適当に聞き流していたから。
『私はあんたらとは違い、十歳から生きるか死ぬかのサバイバルをしてたんだよ! ケッ、知らねえよ。あんたらの悩まし結婚生活になどよっ。こちとら、木の皮剥いで、嚥下しねえ繊維物体を噛んで凌いでたっての!』
……そこで、クラリスは奇妙な思考が流れる。
側室の母への虐めだ。
十歳までは母と過ごしたクラリスは、側室に対するありとあらゆる虐めを見て知っている。
ブルグはこれ見よがしに虐めたけれど……。
視界にアルト。
ブルグと違いリャンは、表面上は変わらず裏の顔で心を抉る。アルト曰く『変な顔』。
『アルト王子を生んだ側室って、王妃にそこまで大事にされ感謝されたってのに……産後の体調不良で死んだんだ。それ、マジで言ってんの?』




