ご褒美婚22
うっうっ……
うっうっ……
っく、っく、すんっ
っく、っく、すんっ
微かに耳に届く声。
クラリスは、重厚なカーテンに身を包ませ慄いていた。
ゆ、ゆ、ゆ、ゆう、ゆうれ、いぃぃぃぃ
幽霊屋敷なの、ここ!?
ズズッ ズズッ……
え!?
ズズッ ズズッ ズズッ
うっうっ
痛いよぉぉ
寒いよぉぉ
っく
すんっ
ズズッ ズズッ ズズッ
ヒィー!
ちか、ちか、近づいてくるぅぅぅぅ
クラリスはパニック寸前だった。
そんな主の異変を、忠誠の騎士レオが気づかぬはずはない。
暗闇に紛れて、クラリスのベッド脇に待機した。
『我が姫、ご安心を』
『レオォォォォ、ちびりそう』
『ちょ、ちょっと我慢してくださいよ』
『無理ぃぃぃぃ』
クラリスはガバリとカーテンを跳ねのけた。
「ひゃあぁぁぁぁ」
と勢い声を出す。
「うっわあぁぁぁぁん」
と返ってくる、幼子の泣き声が……。
「え?」
クラリスは暗闇の中で踞る小さな物体に目を凝らした。
「今、明かりを準備します」
レオが燭台を灯すと、物体が姿を現した。
すんっすんっと鼻を鳴らして泣いている。
「……ど、どうしたの?」
クラリスは幼子に訊いてみた。
幽霊ではないようで、影がある。
「うっわあぁぁぁぁん」
幼子はクラリスに抱きついてきた。
流石のレオもそれにはクラリスを守る防衛反応ができず、ハハッと笑って頭を掻く。
「部屋を暖めます」
レオが暖炉を灯す準備を始めた。
クラリスは仕方なく、幼子を抱きしめておく。
背中を撫で『大丈夫よ』と声をかけながら。
昔、母がクラリスをそうしていたように。
やがて、スースーと寝息が聞こえてきた。
部屋が暖まり眠気がきたのだろう。
「……で、その子はいったい誰でしょうね?」
レオが暖炉に薪を焚べながら、クラリスを掴んで離さない幼子を見て言った。
「だよね。誰なんだろう?」
クラリスもレオも首を傾げるだけ。
幼子とは反対に眠気など吹っ飛んでいる。
「外のあの二人に訊く?」
クラリスは窓を一瞥した。
「うーん、こんな夜分に訊いたら、機嫌が悪くなりそうです」
レオも外を確認した。
「門扉小屋で寝てますね、二人とも。明かりが灯っていませんし」
本来なら、一人が起きていなければならない。
「レオ、見て」
クラリスは外を確認しているレオを呼ぶ。
「どうしました?」
「足裏が痛々しいわ」
幼子の足裏は擦り傷だらけになっている。
「靴……どうしたのかしら?」
「とりあえず、お湯をわかしましょう」
暖かいお湯暖かい布で綺麗に汚れを落とし、薬を塗って包帯を巻けばいいだろうが、冷宮に薬も綺麗な布や包帯もない。
「レオ、未使用の『的な物』を解いてちょうだい。傷を覆ってあげなきゃいけないもの」
「かしこまりました」
ドレス『的な物』は二着ある。
一着はすでにピエロ化粧時に披露した。
残りの一着を解いて布や包帯代わりにするのだ。
「こんなに泣き腫らしちゃって」
クラリスはまた思い出していた。
十歳で母と別れた日のことを。
自分も、うわんうわん、と泣いたっけと。
翌朝。
いつしか、クラリスも寝ていたようだ。
幼子はまだ夢の中。
相当疲れていたのだろう。
レオは暖炉横で剣を抱えた状態であぐらを組み、目を閉じている。
だが、クラリスの目覚めとともに起きたようだ。
「さて、そろそろ朝食が運ばれてきましょう。受け取りに外で待っておきます」
レオが立ち上がって伸びをした。
「ねえ、この子どうする?」
「起きてから尋ねましょう」
クラリスは幼子の頭を撫でている。
昨日は暗がりで泣き腫らしてグチョグチョだった顔が、今や天使のような寝顔であった。
ぷにぷにの頬がなんとも可愛らしい。
クラリスの寸胴スモックを掴んでいた手は離れ、小さな握り拳になって口元で重なっている。
「では」
レオが出ていった。
クラリスもソッと起き上がる。
ベッドを仕切る衝立先に、昨日協議した年代物のテーブルとバラバラの椅子。
テーブルの上には解いた『的な物』の残骸。
クラリスはそれを手に取る。
「うーん、何に再利用しようかしら?」
幼子の服ぐらいは縫えるかも、と考えた。
「いやいやいや、迷子よね。……王城で? あ……なんか……嫌な予感がする」
王城で幼子が迷子。
王城に居る幼子とは?
王城に住む幼子とは?
王城の住める幼子とは?
……ヤバいことに気づいたクラリス。
だが時すでに遅し。
バッターンッ
『お前を愛することはない』男、もとい、アレク陛下が突入してきた。
クラリスはまた寸胴スモック姿でお迎えである。
クラリスは思った。
『お前を愛することも殺すこともない』と言ってくれないかな、と。
まあ、その淡い期待が叶うことはなく……
カチャリ
クラリスの首筋に剣があてがわれていた。




