ご褒美婚20
ロイのこめかみに青筋が浮かんでいるわ、とクラリスは眺めていた。
レオが、まだ攻めていいか? と一瞬視線をよこす。
瞬き一つで応じておいた。
交渉事は相手の平常心を奪ってこそだ、とブルグで見てきたレオである。
「というわけで、先に結果だけお伝え致しましょう。署名はできません」
ロイが、バンッと机を叩いて立ち上がった。
「書面を見ずして、署名できぬとほざくのか!?」
「待て待て」
ガニオが慌ててロイの肩に手を置いた。
「元々、今日は協議のみだ。落ち着け、陛下に言われただろう(冷静にな、と)」
ガニオに言われ、ロイは大きく深呼吸した。
「……失礼した。今回は正式な契約婚とするにあたり、双方の要望を突き合わせ協議します。合意した内容を二部作成の上、後日署名する流れとなります。本日の署名は望んでおりませんので、ご安心を」
レオとロイの視線が重なり、沈黙が流れた。
「ロイ様、書面を確認しますわ」
クラリスは、二人の均衡を破るように声をかけた。
「レオ、検分を」
ロイがレオに書面を渡した。
「ブルグのように、長々とした契約文章で煙に巻くことはしません。前回同様、明確な項目で表記してあります。ご指摘箇所は文言を変え追記しました。特記事項として、契約内容を追加変更する場合を鑑み、都度協議合意署名とします。なお、この契約は忠誠の騎士にも適応とします」
そこまでは、前回レオがかましたことを、取り入れたわけだ。
レオが差し出された書面を検分し、内容に目を通してからクラリスの前に置いた。
一つ、白い結婚とする。
*側室の地位のみ与える。
一つ、三年後離縁とする。
一つ、離縁後は基本自由。
*離縁後の職業に制約なし。
*冷宮暮らし続行可能。
ただし、暮らしの保障(予算)はなし。
一つ、離縁合意金を払う。
*
一つ、冷宮暮らしの詳細を口外しない。
*署名以前の冷宮暮らしも口外しない。
一つ、離縁後の所在は明らかにしておく。
一つ、上記合意署名で冷宮生活を保障する。
※契約内容を追加変更する場合、都度協議合意署名とする。
※離縁後、契約破りが判明した場合には、合意金没収及び幽閉処置を取る。
※また、この契約は忠誠の騎士にも適応とする。
前回に比べ、ちょっとだけ詳しくなった。
だが、レオから見れば隙だらけだろう。ロイが口にしたように、隙を埋めるための長文を排除したからだ。
ある意味合理的といえる。それが、リャンを発展させてきた背景かもしれない。無駄と思うものを省き、新たなものを取り入れるという。
それが相対する者の指摘であっても受け入れる。ブルグなら、指摘された箇所をそのまま取り入れたりなどしないだろう。
ブルグは一歩に時間がかかり、リャンは一歩と躊躇せず駆けていくのだ。
「この*空白箇所は?」
クラリスは問うた。
「離縁合意金ですね。いくらをお望みか、陛下からお訊きするように指示されております」
「えーっと……」
クラリスはレオに助けを求めるように視線を投げた。
「我が姫は外暮らしの相場を知りません。そこは、三年後の離縁時に協議する、でもよろしいかと」
レオがクラリスに代わりに答えた。
「なるほど……三年後、法外な値を口にすれば、離縁叶わず陛下を苦しめる……なんてこともあり得ますね」
ロイがフンと嘲笑う。
そっちの思惑はわかっているぞ、と言わんばかりに。
「では、離縁『合意金』を払う、ではなく、離縁『支援金』を授ける、としていただければと。支援金であれば、陛下の支援のお気持ちですから、お好きな金額をそちらで決められます。陛下が苦しまない金額でどうぞ」
レオが胸に手を当て、頭を下げた。
ロイの頬がヒクヒクと動き、笑みを張り付けていた。
「んっ、んんっ」
ガニオが咳払いした。
「その他に、何かご質問や追加したいこと、変更希望箇所などの要望はありませんか?」
クラリスを見てガニオが言った。
たぶん、レオとロイでやり取りをすると、ギスギスした雰囲気が加速すると踏んだようだ。
「そうですね……」
クラリスは書面を再度確認する。
レオとロイもクラリスへと視線を移した。
「冷宮生活を保障する、とは?」
「この冷宮に勤め人を寄越します。二人では水を確保することも大変でしょう」
ロイが答えて、カップを持ち上げるとレオに見せつけるようにひと口含んだ。
「必要な人員を配置するということです」
ガニオがすぐさま付け足して、ロイの所業から目を逸らさせる。
「とはいえ、何不自由なく暮らせる人員とはいきません。必要最低限の人員とお思いください」
ロイがそう口を挟んだ。
「外の警護も、数人増やします。常駐はあの二人のままになりましょう」
ガニオも追加する。
「つまり、相応の暮らしを約束する、というとで?」
と、レオがロイとガニオを見ながら言った。
「ああ、その通りだ」
ロイが腕組みして言った。
「……にしては、側室に相応のドレス一枚も贈らないものなのですね、リャン国王は。側室の地位のみ与える、まさにその通りの徹底ぶりでおみそれ致しました」
レオが付け加えられた一文を指差しながら言った。
「なっ!? 当たり前だろう、人質王女に贈る必要などあるものか!」
ロイが叫んだ。
「ガニオ様もご存じかと思いますが、我が姫は鞄一つでリャンに入国致しました。どうせリャンでは笑われるだろうからと、古式ゆかしきブルグの物を捨て置きまして、リャンでは目新しい物に囲まれるのだと期待で胸膨らませておりましたが残念でしたね、我が姫。生活を衣食住とはよく言ったもので、食住に関してはつつがなく配慮いただくようですが、我が姫の衣はどのように調達すればよろしいのでしょうか?」
そりゃあもうスーラスラと、レオは指摘した。




