外の世界
場所を借りた礼代わりにもう一日べムスを手伝い、翌朝から本部へと向かったリーとアーキス。
こちらは紫二番から研究所までよりは多少早く、夕方前には到着した。
敷地内の移動、もちろん動きは知られていたのだろう。馬を返して受付に行くと、すぐに来いとの呼び出しを受けた。
いつもはマルクの手が空くまで待たされるが、今日はそのまま案内される。研究所からここまでどのくらいかかるかは周知のこと。もしかすると自分たちに合わせて時間を空けていてくれたのかもしれない。
そう思っていたのだが、通されたのは執務室ではなく会議室。扉が開くなり見えた姿に、リーは硬直する。
「久し振りだな」
どかりと椅子にふんぞり返って座るのは、銀髪銀目の大男。
「ジャイルさん?」
「とりあえず座ってください」
ジャイルの隣に座るクフトが、向かい側の椅子を指し示した。
言われるままに席につき、リーは真正面のジャイルに頭を下げた。
「お久し振りです」
どうしてここに、と。
疑問符を貼り付けた表情から、浮かんだ疑問は龍でなくとも読み取れただろう。もちろん龍であるジャイルは言うまでもない。
「あいつが二度手間だから直接お前らに話せと言いやがってな」
楽しやがってとぼやいてから、苦笑するリーとただ見つめるアーキスを順に見やる。
「お前がもうひとり、だな」
「アーキス、といいます。よろしくお願いします」
ジャイルのことをソリッドたちから聞いていたアーキスは、その声に我に返って礼をした。
知らせは来ていると頷くジャイル。
「そっちも俺のことは聞いてるみたいだな。ならとっとと本題に入るか」
ぴらりと手元の紙をつまみ上げ、どこか楽しそうにそう告げた。
「話の前に、保安を代表して礼を言う。行方不明者の保護、実行者の捕縛、容疑者と共犯者のあぶり出しと捕縛もだな。諸々協力感謝する」
すぐに真顔に戻ったジャイルがそう言い頭を下げた。成り行きだと慌てるふたりへ、まぁそう言うなと笑ってから。
「いくつかあるから順に話すぞ。まずは保護された子どもふたりについてだが―――」
リーの思っていた通り、ニックの身元はすぐにわかり両親と再会できた。
一方でやはりラックの方は難航している。かなり幼い頃に拐われたらしく、自分の名も元々住んでいた場所のことも全く覚えていなかった。似た容姿の行方不明者と照らし合わせて探してはいるが、今のところ該当者はいない。
逃げた実行者が捕まったことでふたりの身に危険はなくなり、安全のため保安に保護されたままであったニックも両親とともに帰れることになった。
「…ラックは…?」
零れたリーの呟きに、ジャイルが口の端を上げて。
「ニックの両親が引き取るそうだ」
瞠目するふたりを少し意地の悪い顔で見る。
帰る場所がわからないラックは引き続き保安で保護される予定であったが、悲しむふたりとラックの事情に、家族が見つかるまで自分たちが引き取るとニックの両親が申し出たという。
(よかった…)
ニックの傍で、彼の両親に見守られ、ラックも少しずつ子どもらしさを取り戻してくれればと思った。
横目で隣のアーキスを見ると、やはりこちらも嬉しそうで。すぐに視線に気付かれ、にこりと微笑まれる。
そんなふたりを見ていたジャイルが、唐突にがばりと頭を下げた。
「すまなかった」
「ジャイルさんっ?」
隣のクフトまで驚いた様子で見つめる中、顔を上げたジャイルはいつになく真剣な眼差しを向けてくる。
「これもあの男を捕まえられたからこそ、だ。髪と目の色が違うとはいえ、見逃したのはこちらの落ち度。見つけてくれて本当に助かった」
茶髪に藍色の瞳と思われていた男。実際に捕まったテスラは白金の髪に紺色の瞳であった。
男の姿を知るのは、山中で捕まった三人の実行犯と、ニックとラック。怯える様子はリーから話していたので、できればでいいと伝えたところ、ふたりはもう大丈夫だからと言って確認してくれたという。
もちろんテスラからは見えないようにとの配慮はされていただろうが、あれだけ怯えていたのにと心配する一方で、大丈夫だとの頼もしい言葉に安堵も覚える。
結果、テスラは間違いなくニックとラックの知る男であった。
髪色は変え、瞳の色は山中で見たために、本当はテスラより少し明るい色のアーキスと区別がつかなかったのだろう。
そしてそれでもなお自分たちが気付いたのは。
「見つけたというより、あからさまだったから…」
向けられた殺気の理由は、あの件を聞いていると言ったからか、疑問があると言ったからか、やり過ごせたと思ったところに来たからか。どちらにしろ、蒸し返されることを嫌ったのだろう。
気付けたのは本当に偶然だったが、それでも。
寄り添い支え合うようなふたりの姿を思い出して。
本当によかったと、リーは心から喜んだ。
後の調査で、やはりヨゼリスの町長はこの件に関わっていることがわかったが、町民たちはテスラとともにいた男たち以外は知らなかったようだ。
「あとはそうだな…。まぁ二点ほどちょっと気に留めといてくれるか?」
「なんでしょう?」
尋ね返すと、ヨゼリスのことだとジャイルが口火を切る。
「町長が言うには、今回のことは五の月に入る前にテスラから持ちかけられたらしい」
発覚してからの肝の据わり具合からするとそうだろうな、とリーは思う。
うろたえ言い逃れようとする町長に比べ、テスラは無言を貫いた。自分の目から見ても、テスラの方が怪しい。
「ヤツは去年から町長のところで働いてんだが、ヤツを紹介した男がいるんだとさ」
テスラは今も何も話さず、男については町長が証言しているだけ。信憑性としては疑わしいものもあるが、念のためということだそうだ。
「ヤツを雇う少し前、若い男と酒場で知り合って意気投合したらしい。その男の兄が仕事を探してると聞いて、自分とこで雇うことにしたって話だ」
「弟、ってことですか…?」
アーキスの言葉に肩を竦め、知らん、とジャイル。
「本人はそう言ってたらしいがな。似たような白金の髪、目は琥珀。顔はそんなに似てなかったと」
おそらくジャイルも兄弟ではないと踏んでいるのではないかと思いつつ。何かあれば知らせろと言われて頷いておく。
「で、もう一点。ラックに住んでた場所の話を聞いた時に返ってきた答えなんだが、ちょっと気になってな」
「ラックの?」
「ああ。ずっと寒いところにいた、怖いのがいなくなったから外に出れた、と言ってたんだと」
寒いところといっても。高めの山の頂上付近や一番街道を越えれば少し気温は下がるが、あとはそう大きく変わらない。
例えば魔物ならそれぞれその生息地があるように、『怖いの』が何を指すのかわかればもう少し絞り込めるかもしれないが。
「そこから別のとこに連れてかれたあと、ニックと一緒にあの小屋に移されたって話でな。拐われてからいた場所だと思うんだが、場所が絞れねぇ」
「その『怖いの』って、魔物ですか?」
どうやらアーキスも同じことを考えていたらしい。今度は首を振ったジャイルは、それがわかりゃいいんだが、とぼやく。
「大人が話してるのを聞いただけで、本人は見てねぇんだとよ」
今は北側を重点的に調査しているそうだが、あまりに曖昧で範囲も広い。おそらく多くの人員は割けないのだろう。
「ま、こっちは魔物が関係すっかも知れねぇから、組織に協力依頼をするつもりだが。あんまり詳細は出せねぇからな」
「わかりました。気をつけておきます」
「頼むな」
初めて見るジャイルの苦い顔には、拐われた子どもたちの捜査が難航していることが透けて見え。
ラックの僅かな記憶に頼らねばならぬほど手掛かりがないのだと知る。
(…いなくなった、か……)
時期により棲処を変える魔物もいる。もちろん組織側でも調査はしているだろうが、本部にいる間に自分で少し調べてみてもいいかもしれない。
考え込んでいたリーは、ジャイルが持っていた紙をクフトに渡す動きに気付き顔を上げる。再びこちらを見たジャイルの顔つきは、いつも通り横柄にも思える力強さを纏っていた。
「報告は以上だ。またわかったことがあれば知らせる」
「ありがとうございます。お願いします」
礼を言うふたりに口角を上げ、ジャイルは席を立った。送りますねとクフトがついていき、部屋にふたり残される。
思わず大きな溜息を洩らしたリーに、アーキスがくすりと笑った。
「なんか、すごいね…」
「だろ」
この先アーキスがセルジュに会ったらどんな反応をするだろうかと、少し意地の悪い楽しみを抱きながら。
リーはもう一度息をつき、苦笑した。




