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カゲヌシ  作者: ぽんこつ


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エピローグ

白いカーテンが揺れる、夏の朝。

どこかで、風鈴の音が、かすかに鳴っていた。

私は、ゆっくりと目を開けた。

……ここは、どこだろう。

心の中が、空っぽのように静かだった。

ゆっくりと体を起こす。

椅子やテーブルに飾られた、色とりどりの花が、白い部屋に浮かんでいるように見える。

何もかもがまぶしくて、他人の世界に迷い込んだような気がする。

ベッドサイドにそっと腰掛けた。

左の薬指に落ち着かない感触がある。

それに触れる度に、どこかに、何かを忘れてきたような想いになる。

コン、コン。

優しいノックの音。

覚えた音。

きっと――

「はい、どうぞ」

「やあ」

やっぱり。

低くて、柔らかい声。

眼鏡の奥の、温かな眼差し。

「また、来てくれたんですね」

「見て。綺麗でしょ」

「うわ、すごい、ありがとうございます」

「喜んでもらえて良かった、ここに、飾ってもいいかな」

彼は、すでに花瓶に差してあったナデシコを、他の花たちのそばへ、そっと添えるように置いてくれた。

「毎日、来てくださって、何もお礼出来ないんですけど……」

「ううん。俺のほうこそ、感謝してるんだよ」

「今日はキキョウ、昨日はカスミソウ、その前はナデシコ、どれも素敵」

「……そろそろ、東京帰らなきゃいけなくてね」

ふと、彼が窓の外に視線を向けてつぶやく。

「そうですか……」

私の声に名残惜しさが滲む。

「メッセージ、また送るから」

「はい、諒さんと、親しかったみたいですね、メッセージの履歴…………少し、見てしまって……もしかして……恋人だったのかしら?」

少しの沈黙のあと、彼はゆっくりとうなずいた。

「うん、そうだよ。俺は、文菜を愛している……」

そっと目を伏せ、微かに震える唇を、きゅっと結ぶ。

「……ありがとう……何も思い出せないのに……」

「いいんだ。文菜がここにいてくれるだけで、俺は嬉しい」

彼は椅子に座ってそっと私の手を握る。

その手は大きくて、あたたかった。

はにかみながら、私は髪を耳に掛ける。

「あっ、そうだ」

すると、彼がポケットから古びた冊子を取り出した。

「ここに、高校の頃、文菜が書いてた詩があるんだ。詠んでみるね」

ページを捲り、彼は上目遣いに少し微笑む。

「あなたが歩くと 光が伸びる

その隣を 音もなく影がついてゆく

わたしは その影を見ていた

声をかけるでもなく 名を呼ぶでもなく

ただ 夕暮れの風の中に 佇んでいた

見つめることは 許されている気がして

触れることは まだ怖くて

ほんの一歩

あなたの背に 指先が届きそうな

それだけの距離に ずっといた

いつか、影の音に

気づいてくれるだろうか

気づかなくても いい

でも――

消えないでいてくれるなら」

彼の声が、空気を震わせるように響く。

その瞳はどこまでも優し気に私を見つめいる。

はにかんで、私は首を傾げる。

「ごめんなさい……私は、詩を書いていたんですね……」

ゆっくりと立ち上がり、窓際へと歩いていく。

そっとカーテンを開け、陽射しの中に身を置いた。

「……私……面倒ですよね……」

どこからか聞こえたのか、私の中の奥の方から這いがってきたことば。「え?」っと彼の声が聞こえた。

「……そう、面倒だろ……」

涙交じりの彼の声に、私の何かが小さく跳ねた。

なんでだろう。

彼がそっと私の肩に触れる。

その手は小刻みに震えていた。

顔を上げると眼鏡の奥の瞳が潤んでいる。

優しい人なんだ――

それは、わかる。

ふいに、顔が近づいてきて――

額に、唇のやわらかな感触。

恥ずかしさに俯いたまま、彼の胸に身を預けていた。

静かに、抱きしめられる。

その腕の中にいるのは、不思議と心地よかった。

嫌ではなかった。

彼の鼓動が耳に届く。

大きくて、少し早い。

「……諒……くん……」

差し込む光の中で、ふたつの影が、

ゆっくりと重なって、ひとつになった。

最後までお付き合い下さった方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。

評価して頂いた方々にも感謝しております。

書きたっかった、伝えたかった要素を詰め込んだ感がありますが、何とかこぎつけたかなと思います。

物語の中で明言していない事がいくつかありますが、良く読んで頂けたら。文菜と諒の秘密にお気付き頂けるかなって思います。


お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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