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カゲヌシ  作者: ぽんこつ


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闇を駆ける

挿絵(By みてみん)

「待ってろ、文菜……父さん、母さん、頼む……」

山王神社の駐車場に滑り込むように車を止め、ドアを蹴るように開けて飛び降りた。

鳥居の前で一度立ち止まる。

すぐ後を追っていた義兄の車も、無音のようなブレーキ音とともにぴたりと止まる。

背後でバタン、と二つのドアが相次いで閉じた音が闇に吸い込まれた。

「周囲に人の気配はない」

明智が隣で低く呟く。

やがて義兄が追いついてくる。

境内には、社務所の前にある外灯がぽつんと一つだけ灯っている。

その頼りない光が、地面の一部を淡く照らしている他には、あたりは漆黒の闇に沈んでいた。

木々に覆われ、月明かりすら届かない。

風もなく、音もない。息を呑むような静寂。

明智と義兄が、ポケットから懐中電灯を取り出して灯す。

光の筋が左右に揺れながら、地面や木々を探るように走った。

俺たち三人は並んで歩き出す。

踏みしめる玉砂利が、まるで無言の同調のように、ぴたりと歩調を揃えて鳴った。

本殿の脇を通り過ぎたとき、大きな杉の木の根元に何かが見えた。

誰かが、身を預けるように寄りかかっている。

ライトが照らし出したその顔に、息が止まりかける。

「……文菜?」

反射のように三人が駆け寄る。

鼻をかすめるのは、確かに文菜の香水の匂い――でも、着ている服は明らかに違っていた。

色も、形も、文菜のものじゃない。

「いや、文菜ちゃんじゃなくて……五月だ」

義兄の声が静かに落ちる。

「え……?」

言葉にならないまま、俺は目を凝らす。

文菜同じ香水の匂いが、鼻腔をくすぐる。

「しかし、似てるじゃないか……」

明智が懐中電灯の光を少し上向け、眉間に皺を寄せたまま呟いた。

その時だった。

照らされたまつげが、ピクリと揺れる。

ゆっくりと瞼が開かれ、光に顔をしかめた五月が、手のひらを目元に翳した。

「……誰?」

かすれる声。

「俺です。香取です」

その一言に、五月の肩の力が抜ける。

かざしていた手が、スッと落ち、指先が地面に触れる。

「そう……私が彼女に似てるのは、術の一種。気にしないで。たぶん……彼女は、この奥」

五月はゆっくりと体を起こそうとする。

その動きの途中で顔をしかめ、呼吸がわずかに乱れるのが分かった。

「無理しなくていい」

義兄が静かに言った。

「……時間稼ぎにも、ならなかった」

苦笑するように、五月は肩を落とす。

それでも声の芯には、何かを託すような想いが滲んでいた。

「先に行って。私は、あとで追うから」

その声に、明智が短く応じた。

「行こう」

「ああ」

「俺が先に行く」

明智がライトを片手に進む。

俺たちは奥へと続く道を踏み出した。

うっそうと茂る森の中を、道は小さな小川に沿って続く。

木々がザワザワと喚き、せせらぎがさわさわと鳴く。

その音ですら不穏に聞こえる。

葉を濡らした夜露が、時折ぽたりと落ち、木々の合間から風がひゅうと通り過ぎる。

森の匂いが濃くなっていた。

茂る枝が月明かりを遮り、ライトの光だけが頼りだった。

明智が前を照らし、義兄が後ろを確認し、俺は中央で歩を進める。

俺は歩きながら、義兄に両親の事故の――おそらく、真実とされる情報を静かに伝えた。

それを知れば、義兄の中に巣くっていた過去の呪縛も、少なくともその一部はほどけるはずだ。

「……そうか」

義兄の声は、深いため息とともに夜気に溶けていった。

「文菜は、たぶん……奥宮――三宝神社にいる。でも、やつらの真の狙いは俺だ」

「まさか……封印を解こうとしてるのか?」

明智が振り返りもせずに尋ねる。

「……ああ」

「でも、どうやって……」

「手段はわからない。でも……俺は、文菜を失うわけにはいかないんだ。命に代えても」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、明智が足を止めた。

ぐるりと振り返ったその勢いのまま、俺の頬に拳を叩き込む。

「……っ!」

瞬間、視界が揺れる。

冷たい夜風が頬を刺した。

「落ち着け、あんたらしくもない、いや、これが本来のあんたかもしれない、ただな、そんなことは言うな、いいか二度は言わんぞ」

明智は俺を指さして、まくし立てると黙って歩き始めた。

義兄がそっと俺の肩を叩く。

「……すまない」

「フン、俺はな、あんたたちの結婚式に出たいんだよ。らしくないがな。あんたも、彼女も、俺は好きなんだよ、分かったか」

あんただって……らしくないとは言えなかった。

「そうだ明智さんの言う通りだ諒。まずは冷静に行こう」

しばらく、誰も口を開かなかった。

木々が風を受けるたび、まるで森そのものが呻いているように感じる。

やがて、前方に揺らめく光が見えた。

かがり火だ。複数の炎が、何かを囲むように灯っている。

近づくにつれ、それが祭壇のような石の台座であることがわかった。

「……なんだここは」

義兄が周囲を見渡し、明智は無言でしゃがみこみ、地面を懐中電灯で照らした。

台座の陰に、人の足が見えた。

俺たちは、緊張を噛み殺しながら慎重に近寄る。

男が、台座にもたれかかるように倒れていた。

「友昭さん……!」

駆け寄り、顔を覗き込むと、口元に血が滲んでいた。

慌ててタオルを取り出し、そっと押さえる。微かながら息はある。

「友昭さん……!」

呼びかけても、反応はなかった。

「どうする? 警察と救急呼ぶか?」

「その必要はない」

ふいに、背後から声がかかった。

三人は咄嗟に振り返る。明智と義兄は構え、俺も無意識に身を引いた。

かがり火の向こうに現れたその男は、長髪をたたえ、日焼けした肌。

どこかに品格と静けさが宿っていた。

「私は第35代、山背日立……慎哉の父だ」

「え……」

思わず声が漏れた。

「この者たちは、呪いに囚われているだけ。私が浄化する。君たちは先に急げ」

「ありがとう……!」

俺は頭を深く下げる。

男は黙ってうなずき、そっと友昭さんの側に膝をついた。

三人は、明智を先頭に、ふたたび闇の中を進んだ。

ぬかるんだ地面が逸る気持ちの足を引っ張る。

「さっきの場所……複数の足跡があった。しかも、争った跡も」

明智の言葉に、握りしめていた拳に力が入る。

慎哉の姿が見えないということは、もしかしたら――

文菜と一緒にいるかもしれないという期待が、一縷の望みとなっていた。

前方、ライトの明かりの中に、赤く浮かぶものが見える。

鳥居――いや、奥宮への入口か。

「……見つけた」

俺の胸の奥に、何かが灯った。

それが怒りか、祈りか、自分でもわからなかった。

「待て」

明智の声が、静けさを裂くように鋭く響いた。

俺たちはぴたりと足を止める。

森のあちこち――闇の奥から、何かが何か迫ってくるような気配。

風とも違うざわめきが周囲を満たしていく。

義兄が素早くライトを振り、木々の間を照らす。

だが、見えるのは幹と葉影ばかりで、何かが動いている気配だけが残る。

「六人いる」

明智が静かに告げた。声は低く、確信に満ちていた。

「……よし、明智さん、諒を頼む。ここは引き受ける。じきに三十五代も来るだろう」

「義兄さん……!」

俺は思わず首を振る。

得体の知れない“何か”だ。生半可な相手じゃない。

「三人いれば三対六。なんとかなる」

俺の言葉を義兄は手で制した。

「いや、先に行け。文菜ちゃんを、一刻も早く……安心させてやれ」

義兄は口元を軽く引き上げながら、いつもの調子で言う。

「義兄さん……」

「俺だって、お前たちの結婚式に出る気でいるんだ。無理はしないよ」

淡く灯る炎のなかで、義兄が穏やかに笑った。

その顔が、何故か一番頼もしく見えた。

「……ありがとう」

俺は深く頭を下げ、明智とともに駆け足で鳥居へと向かう。

鳥居をくぐり抜ける。

参道の両脇には、燭台のような灯篭が整然と並んでおり、どれも赤い炎を揺らしていた。

その灯りの中を走る。

足音が玉砂利を蹴り、呼吸が荒くなる。汗が額を伝う。

しばらく進んだとき、明智が急に立ち止まり、鳥居のひとつを見上げた。

「おい、また鳥居だ」

「え?」

俺も足を止める。鳥居の朱が、炎の色と混ざって、やけに妖しく見えた。

「さっきのと同じじゃないか?形も位置も、全部……」

「まさか、同じ場所を……?」

「とりあえず、進もう」

ふたりで鳥居を再び駆け抜ける。

燭台の火がパチ、パチと鳴り、火の粉が舞い上がる。けれど、その音までもがどこか不気味だ。

――そして、また鳥居が現れた。

「……おいおい、どうなってんだ……」

「……でも、進むしかない」

息が切れ始めていたが、立ち止まる気にはなれない。

冷え込む空気の中、炎の温かさが妙に皮膚に刺さる。

風が吹き抜け、燭台の火がふっと揺れた。

そして、三度目の鳥居が現れた。

「マジか……」

さすがに両膝に手をつき、肩で息をする。

明智も、黙りこくって鳥居をじっと見つめていた。あの明智が言葉を失うほど、状況は異様だった。

そのとき――

背後から、草を踏む足音。ざっ……ざっ……と複数。

身構え、振り返る。

ライトが俺の顔を照らし、思わず手で目を覆う。

「……おい、諒、なにやってんだ?」

「義兄さん……?」

混乱しかけた俺の思考を、別の声が追い打ちする。

「……なるほど、虚界か」

慎哉の父――山背日立が、低く呟いた。

「虚界?」

「空間を捻じ曲げて、進んでも進んでも同じ場所に戻される。説明は後だ。今は解除する。ただ――解いた瞬間、何が出てくるかわからん。気を抜くな」

明智が眉を寄せる。

「わからないってどういう……」

だが日立はもう、言葉に構う様子もなく両肘を張り、両手の指で複雑な印を次々と組んでいく。

口元では、聞き取れない呪文のような言葉を細く唱え続けていた。

「――せんっ!」

目を見開いた瞬間、空気が一変した。

大気がざらつき、景色が波打つように揺らいだ。

しばらくすると、すうっと風が通り抜け、燭台の炎が一斉に消える――

と思ったその瞬間、再び炎が灯り、道の先を照らし出した。

だが、その空気には違和感があった。微かにさっきと同じ“何か”の気配が、さらに濃くなっていた。

「十人以上……いる」

明智が重心を落とし低く構えた。

赤い炎の彼方――道の先に、ぼんやりと赤く染まる空間が浮かび上がる。

「あそこが……」

俺は唇を噛みしめながら呟いた。

「……さすがに多いな」

「俺と三十五代が残る。行け」

義兄の声。

「山背のが行くべきじゃないのか? 妖を使える者の方が」

「そうだが……こいつらを封じるには三十五代でなきゃ無理だ。叩いても立ち上がってくる。一度、俺も体験してる」

義兄の言葉に、明智が小さく頷いた。

「わかった。……すまない、行くぞ!」

走り出す。だが――

三つ目の鳥居を潜ったところで、再び影のような人影が、今度は四方から湧いてくる。

人とも妖ともつかぬ、それは“気配”だけで肌を粟立たせるものだった。

「なんなんだ、これは……! 十人か……!」

明智が周囲を素早く見渡すと、俺の肩を強く押した。

「駆けろ! もうすぐだ。俺が食い止める!」

「しかし……!」

「戦闘経験のないあんたが残っても仕方ない。それを“足手まとい”って言うんだよ」

ニヤリと片頬を上げて笑う。

頼もしくも、どこか寂しい笑顔だった。

「ありがとう……!」

俺は駆け出した。

息が切れ、足が重くなる。

でも――

待ってろ、文菜。

炎の間を掛けていると、聞き覚えのある声が、俺の歩みを止める。

「諒……」

すぐにでも駆け出せるように、俺は体の向きを変えることなく、人の気配がする方に視線を向ける。

燭台の奥から炎に照らされ出て来たのは――

伯父だった。

そう、文菜のスマホから聞こえた声の主の一人。

「……伯父さん……あなた方の目的はなんだ?」

逸る気持ちと、この者達の企みの狭間で揺れる。

その、背後に人影。

「どうなんだい?安居さん」

「いや、恐れ入った……香取君」

「俺を島に戻るよう仕向けた張本人達だからね……まあ、いずれにせよ両親の墓参りには帰るつもりではいたけど……」

「うん、そうだな……私達の目的は三種の神器だ」

安居の語り口は、この語の至って軽妙だ。

この場にいるということは、立ち位置は宗顕に近いのだろう。

近づくために選んだ手段かもしれないが、文菜の拉致に関わっている時点で俺の中の信頼はつゆほどもなく消えている。

「……じゃあ、あの話は本当、三種の神器が持ち出されたという」

「ああ、それを本来あるべき場所に戻す、ただ、あれは儀式の時にしか表に出ない代物だからな」

どうして、そう落ち着いていられるのか、理解しようとも思わない。

「そのためなら手段を選ばず、犠牲はいとわないよいう訳か」

「ああ、そうだ。ここにある神器は古来から続く物。力を宿しもの」

「それがどうした!」

俺は炎の道を駆け出した。

あいつらの目的なんてどうだっていい。

宗顕に加担したと見せかけて、三種の神器を奪うという事なのだろう。

ここまでの現実離れした状態を思えば、そんな容易く手に入れられるような相手ではないと思うが。

パチ、パチ……

焔が弾ける。

長い炎の道に続く先……社殿がぼんやり見える。

文菜……。

俺は一目散に赤黒い炎に妖しく包まれる社殿を目指した。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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