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カゲヌシ  作者: ぽんこつ


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82/95

友達

オリーブ公園の館内に入ると、ふわっと冷気が頬を撫でた。

夏の陽射しの残像を連れていた肌が、一瞬にして柔らかな涼しさに包まれる。

亜希が「涼し〜」と声を上げ、思わず身をすくめる。

亜希の笑顔はまるで冷気に驚く小鳥のようで、見ているだけで和んでくる。

エントランスロビーの中央には、オリーブの木を模したモニュメントが静かに佇んでいた。

白く塗られた幹が天井へと向かって伸び、枝の先に吊るされた無数のガラスの葉が、スポットライトを受けてキラキラと光を弾いている。

エアコンの風に、光だけが揺れていた。

それを囲むように円形のソファが設けられていて、私たちは並んでそこに腰を下ろした。

「ねえ、それってさ……」

座るや否や亜希がグッと体を近づけて、私の左手を、興味津々の瞳で覗き込みむ。

そこにあるのは、諒からもらった翡翠の指輪。まだ見慣れない感触と輝き。

「……うん、諒くんに、プロポーズされたの」

言った瞬間、亜希の目がまん丸に見開かれる。

「はあっ!? うそっ、マジ!? で、どんな? どこで? なんて言われたの?なんでそんな顔してるの!? もっとちゃんと嬉しそうにしてよ〜!」

はちきれそうな勢いでまくし立てる亜希。

思わず背中をポンッと叩かれて、私は少し肩をすくめる。

「う、うん……ごめん」

笑ったつもりだったけれど、たぶんうまく笑えていなかった。

「文菜……」

亜希がじっと私の顔を見つめる。私の奥の奥を、探るような目だった。

その時、エントランスの扉が開いて、友美と玲美が入ってきた。

「おまたせ」

「ごめんね、駐車場で迷っちゃって」

二人とも手を軽く振りながら歩いてくる。

玲美は少し遠慮がちだったけれど、視線はまっすぐに私たちへと向いていた。

四人でモニュメントを囲むように腰を下ろすと、自然と話題は近況や仕事、最近観た映画のことに流れていった。

「で? で? でー!」

亜希がいきなり手を打ってはじけた声を上げる。

「友美〜! 玲美~! 文菜、プロポーズされたんだってー!」

私の方を見ながら嬉しそうに言う。

私はちょっとだけ目を伏せた。

「えっ、本当に?」

友美が少し驚いたように目を見開いたあと、にこっと微笑んだ。

「おめでとう、文菜。……?」

その言葉のあとに続いた間。

友美の笑顔は優しかったけれど、その目にはかすかな戸惑いが浮かんでいた。

たぶん、気づいてる。私の中に、素直に“嬉しい”だけじゃない感情があることに。

「……ありがとう」

私は小さく返す。

「そっかよかったやん文菜」

玲美は私の肩を優しく揺する。

「うん、ありがとう」

「で、で、なんて言われたん??」

亜希は一言ずつ首を左右に傾けながら、顔をぐいっと近づけてくる。

「……普通だよ、たぶん。“結婚してください”って」

言いながら、ポッと体温が上がるよう。声が少しだけ震えていたかもしれない。

「いいなー」

思いがけず、友美が一番先に反応した。

そして、まとめ役の玲美が声をあげる。

「もうここにいても、あれやん、本当は香取君とめでたく恋人になった記念だったのに、婚約祝いに格上げ。文菜何がいい?ラウンジでスイーツもあるって」

「やった〜! やっぱり玲美、私の好みわかってる〜!」

「亜希やないやろ。今日は主役、文菜が決めてええよ。うちらのおごりやし」

「わたしも、スイーツがいいな」

「ほら、うちの言う通りやん」

「はいはい……」

私、玲美、友美の三人が揃って小さくため息をつくと、亜希は「イーッ」って顔をしてみせて、弾むように立ち上がった。

私も続いて立ち上がる。

その瞬間、足元の光が、モニュメントのガラスに反射してきらきらと跳ね返る。

全部は言えなくても、こうして傍にいてくれる友達がいることが、どれだけ心強いか。

ラウンジへ向かう間も、みんなからの質問攻めは止まらなかった。

それぞれの反応。

息を飲んだり、目を輝かせたり。

ふわりと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

席に着き、相変わらずのお喋りのひととき。

そして、パフェや紅茶がテーブルに運ばれる。

鮮やかなイチゴの赤が目にまぶしいほどだった。

亜希はパフェに顔を近づけ、スマホを構えている。

「文菜~、ほらこれ見て! 映えるでしょ? ねえ、こっちの角度とどっちがいいと思う?」

その様子に、思わず小さく笑みがこぼれた。

「えー、たしかに、そっちのが、いいかも」

言いながら、自分でも気づかないほど、ほんの少し気持ちがほぐれていた。

「でしょ〜? ふふ、私ってセンスあるかも〜」

亜希が鼻高々に笑い、玲美がちらりとその様子を見つめる。

けれど、玲美の視線はすぐにテーブルへ落ちた。

笑っているように見えたけれど、目の奥はどこか遠くを見ているようで──何かを探しているようにも思えた。

「玲美どうしたん?」

友美がケーキをひと口頬張りながら、さりげなく声を掛けた。

「ん? いや……。私も、さっきの友美と同じで、ちょっと羨ましくなっちゃっただけ」

玲美は眉を上げて肩をすくめ、ストローに口をつけた。

「まあ分かるけどさー。あんたたち、何だかんだ押しが弱いんよ」

亜希がフォークをくるくると回しながら、得意げに言い放つ。

友美と玲美が視線を交わして、同時にくすっと笑った。

その光景をぼんやりと眺めながら、私はグラスの中でストローをくるくると回していた。

氷がカランと音を立て、淡い光の揺れがテーブルに映る。

そのとき。

「ねえ、文菜」

友美がスプーンを置いて、私をじっと見つめた。

「……うん?」

「どうしたん? なんか、不安なことでもあるん?」

一瞬、喉の奥に何かが詰まったような感覚があった。

けれど、私はそれを押し込めるように、かすかに笑う。

「……ああ、うん……幸せすぎてね。いいのかなって……」

友美の目が少し和らいだ。

「そっか、ならいいけど。……ええんよ、文菜は幸せになって。なんかあったら、うちらがおるやん」

顔をほんの少し突き出すようにして、友美は言葉の最後に笑って見せた。

「……ありがとう、みんな」

みんなといると、やっぱり――自分の心までやわらかくなれる。

「ねえねえ、これも美味しそうだから、みんなで食べようよ~」

亜希がパッと声を弾ませ、空気を軽くすくいあげる。

そして、亜希が注文した小さなホールケーキが四等分され、みんなの前に並ぶ。

フォークが刺さるとき、甘い香りがふわりと立ちのぼった。

「そうそう、結婚式とかって決まったん?」

友美がにこっと笑う。

「え? 一応、私の誕生日って話になってるけど……」

「ひゃー、うらやま! いいなぁ〜」

亜希が両手を頬に当て、くねくねと体を揺らす。

「じゃあ、その日、ちゃんと空けとかなきゃね」

玲美が軽くフォークを掲げて、ウィンクする。

「きれいやろなぁ、ウェディングドレス着た文菜」

友美の一言に、みんなの視線がいっせいに私へ集まった。

その瞬間、ふと頭の中に、白いドレスを身にまとう自分の姿が浮かぶ。

気づけば私も、白いドレスを想像していた。

どうして今まで想像しなかったんだろう――そんな不思議な気持ちとともに、頬がほんのり熱を帯びた、口元が自然と緩む。

はっとして顔を上げると、みんながにこにこと笑いながら、私を見つめていた。

「な、なによ、みんなして……」

思わず口を尖らせると、亜希が「せーんのっ」と小さく音頭を取る。

「おめでとう!」

その声に続いて、クラッカーの音がパンッ、パンッと軽快に弾ける。

ヒラヒラと舞う紙吹雪が、私の肩にふんわりと落ちる。

思わず肩をすくめて笑いながら、私は――笑い合う友達の顔をひとりずつ、ゆっくりと見つめた。

この、何気ない瞬間が。

今の私には、何よりも愛おしくて、嬉しかった。

「ありがとう……」

心のいちばん深いところから零れたその言葉が、さっきまでの不安をそっと押し流していくのを感じた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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