四人の会合
一通り挨拶が済むと、テーブルを挟んで慎哉と明智、向かい側に俺と文菜がそれぞれ腰を下ろした。
「じゃあ、誰から話す?」
明智が手をひらひらと泳がせるように動かしながら問いかけてくる。
「俺から……」
片手を小さく上げて言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
まず、根元家での収穫。
文菜に送られてきた写真は、根元高太朗が撮影した可能性が高いこと。
但し根元高太朗本人は19歳で亡くなっていること。
けれど、その写真も、高太朗自身の写真も、家には残されていなかった。
もしかしたら、自分に送られてきた写真は高太朗が一人で写った物ではないかという仮説。
「今、勝太郎さんに高太朗の交友関係を調べてもらってる」
そこまで語ると、明智は静かに頷きながら、手元の付箋に走り書きを始めた。ペンの動きは迷いがなく、既にいくつかの仮説を組み立てているようだった。
文菜は一言も発さず、じっと耳を傾けている。
文菜の視線は少し伏せ気味で、俺の言葉が進むごとに、眉がほんのわずかに寄っていく。
自分が巻き込まれた出来事を、誰よりも正面から受け止めようとしているのが伝わってくる。
時折、手元のグラスに指を添えるようにしながらも、口をつけることはなかった。
俺は話を続け、一枚の名刺をテーブルに置く。
「気になる人物が二人、飛田五月という女性。彼女は俺や文菜の素性を知っていった」
「偽名だな」
男がペンを走らせながら呟く。
「それから、今日、瀬田神社で見かけた男。右手の中指に金の指輪をしてた、短髪で三十代くらい。身長は俺より少し低いくらい」
「ふうん」
明智が短く相槌を打ち、付箋にもう一枚、新たに情報を走り書きする。
「あと――“影の男”って噂も聞いた」
その言葉に、慎哉がようやく反応した。
両手で頬杖をついたまま、ぼんやりと虚空を見ていた彼が、わずかに目線をこちらに動かす。
「影の男、ね……」
ぽつりとつぶやいたその声には、冗談とも本気ともつかない、宙に浮いたような響きがあった。
文菜はその言葉に反応することなく、ただ静かに視線を落としたままだった。
けれど、指先が少しだけ動いた。
文菜にとって、“影”という言葉には、他の誰よりも強く響くものがあるのかもしれない――そんな気がして、俺は一瞬、言葉を切った。
「あんたの推理は的を射てると思う。その高太朗が死ぬ前に誰かに託した。写真のネガでもあれば別だが、それにしても、その二人が恋仲であること、写真を撮った事実を知っているものがいないと、手に入れらないだろう。その線でいいと思う」
俺は男の話に頷いて口を開く。
「それから、羽代の姓に関してだけど、このプリントを見て欲しい」
そう言って、俺は男が用意してくれた資料の束から四枚を抜き、テーブルの上にそっと差し出した。
白い紙に印刷された文字の列が、蛍光灯の光を鈍く弾いている。
文菜は一瞬だけ俺を見た。それから視線を報告書へと落とす。
一言一句逃さないように、向き合おうとしているのが垣間見える。
―――羽代姓に関する報告書―――
現在は断絶。
最後の当主は夕凪島在住の羽代卓。
明治時代まで遡れたがそれ以前は不明。
『丹波国風土記』に僅かな記述あり。
羽代氏は大陸からの渡来集団の一派。
天皇家簒奪を目論み。当時の首領である「羽代酒祭」は捕縛され処刑された。一派も悉く捕縛され国外追放となる。
追放された一派の面々は大陸に帰還させられたが、その途上、播磨灘で船が転覆し生存した者は皆無と伝わる。
その後、都で不可解な災いが相次ぎ、彼者の祟りではないかと恐れた朝廷は、時の陰陽師、観勒に鎮めを命じた。そして彼の弟子である山背日立により怨霊は沈められた。
天皇家簒奪の陰謀は、同じ渡来集団の一派である当麻氏による密告で事が露見。
羽代氏、当麻氏は朝廷の祭祀に関わっていた。
当麻氏は、乙巳の変の際に都を退去。
現在の四国、中国、九州と各地に離散。
羽代氏の系譜は資料なし。
羽代氏はこの時点で断絶したと推測。
但し、生き残りがいた可能性は否定できない。
その理由として、明治以降に羽代という苗字を名乗った家がある事。
それと『大伯土地神事』に酒祭に連なる人物として、羽代黒麻呂という名が見られる。
文菜の指先が、紙の端をそっとなぞった。
ページをめくるでもなく、ただそこに触れて確かめるような動き。
「……あんたの旧姓……相当古い一族だったってことだな」
報告書を覗き込んでいた明智が、ぽつりと呟いた。
慎哉が手を挙げる。
「じゃあ、僕でいいかな。この島には結界があるんだ、ただいくつもあるようでどれがどうして、何を意図した結界なのかは分からない。ただ、葦田八幡神社の磐座はその一つなんだ。さる怨霊を封じるための結界だね。その怨霊は羽代酒祭」
「おお」
嘆息が全員から漏れる。
「それで、その結界を張るために人柱となったのが神奈備百々楚姫という元皇族のお姫様」
「人柱……お姫様……」
文菜が愁眉に皺を寄せる。
「その神奈備百々楚姫の一族の末裔が上名部聡という17歳の少女。彼女の魂には神奈備百々楚姫の記憶、印があった。それを昇華させ、その結界を再構築する為、その印を彼女自身に気付かせて印を彼女の魂と融和させる予定だった……」
慎哉の顔がわずかに歪む。
「それで」
ペンを片手に明智が問い掛ける。
「ところが、僕の見立て以上に、百々楚姫の憎悪の思念が強く、しかも葦田八幡神社の磐座の封印が弱まっていて、彼女がその印に呑み込まれかねない状況になっていてね。あそこの磐座の結界には二つの役割があるんだ。一つは怨霊を鎮めるもの。もう一つは、後に出てきた神奈備百々楚姫の怨嗟を封じる役目。その怨嗟が、彼女の中の百々楚姫の印と共鳴してしまっているんだよ。父の力で、今はその印を一時的に眠らせている状態だけど、いつ顕現してもおかしくない。もっとも、そのせいで磐座が持っていた怨霊封印の効力は失われてしまっている」
「それとね、聡ちゃん。彼女は神奈備百々楚姫に過去の記憶とリンクし、ある映像を見たんだ。それはまさに怨霊を封じる人柱になるために舞った「鎮めの舞」の最後の瞬間。その時、傍にいた五人の男達の中に、見覚えのある顔を見たそうだよ。一人は僕の父。一人は君さ」
慎哉は優しい口調で首を傾げこっちを見た。
「なるほど」
「この話はまた後でするとして、僕の素性だけど、その鎮めの舞を取り仕切った陰陽師、山背日立の子孫にあたる」
ふたたび一同から嘆息が上がる。
「この任務は、僕が所属する機関とは関係なくて僕の一族の問題。それから、文菜さん、あなたの真名井家もその封印に携わっている」
「え?」
文菜は虚を突かれ、顔を突き出した。
「簡潔に言うと重岩も磐座で怨霊鎮めの一環として用いられた、あなたの祖先である、時の将軍で当麻言福が人柱になり封印を施した。僕の家に伝聞でしか残っていないけど。当麻は真名井と名乗りを変えるまに使用していた名前さ」
「私の……祖先」
文菜は視線を一点に留めその言葉を反芻していた。飲み込もうと理解しようとしているように。
「そう、補足として、影の男の騒ぎの一件が、君たちの狂言だとは思わなかった、お陰で数日損をしたよ。カゲヌシについては知っていると思うけど、山王神社がある地区の高齢者だけが、その怪異伝説を覚えている。こんなところかな」
「あの……」
文菜が小さく手を挙げる。
「文菜どうした?」
「ああ、その結界ってそもそも何なんでしょう?」
「ああ、俺も知りたい」
明智も同調した。
「僕からでいいのかな?今説明している結界は、羽代酒祭の怨霊を鎮め、封じるために作られたものなんだ。ただ、実際にその怨霊の墓がどこにあるのかはわかっていないし、そもそもどうして夕凪島なのかもまだ解明できていない。でも、どうして葦田八幡神社の磐座と重岩が結界に利用されているのかというと——磐座そのものが、昔の人々にとって結界のような役割を持っていたからなんだよ。知ってるかもしれないけど、昔の人々は磐座そのものを神聖なものとして信仰していて、その磐座が放つ結界と人柱の力を組み合わせて、僕の祖先が怨霊鎮めの結界を張ったというわけさ。具体的な張り方までは教えられないけど……。神聖な場所や怨念がこもったような場所、現世とあの世の境目や、集落と集落を隔てる“境界”を作るようなものだと考えてくれれば、少しは分かりやすいかな」
「ついでにいうと、明智さんが話した仮説。二つの磐座に挟まれた山王神社とその奥宮。もしかしたらそこに羽代酒祭の墓があるかもしれないね。山王神社と奥宮の鬼門に葦田八幡神社。裏鬼門に重岩があるから」
「なるほど、何となく分かったような分からないような」
付箋にメモを取りながら明智は苦笑する。
「それで、実際、封印は出来たのですか?」
文菜は興味があるようで顔を突き出し慎哉に尋ねた。
「ああ、結界自体は作れたよ。ただ、一度張ればそれで終わりってわけじゃなくてね。ある程度の間隔で維持し続ける必要があるんだ。本来なら、神社や寺院がその役目を担ってくれていて、日々の祈祷や祭事で結界を保つんだけど……。でも、この羽代酒祭のものは、古い文献がほとんど残ってなくてね。葦田八幡神社では、かろうじて清めの儀式の一環として伝わっていたみたいだけど、小瀬石鎚神社の方はもう随分前に途絶えてしまったらしい。僕たちがこの結界の存在に気づいたのも、実はごく最近のことなんだ」
「ありがとうございました」
明智は片手を上げた。
「じゃあ、俺からだが、山王神社の神官の名前は夜明。夜明友昭74歳。珍しい名だ。それから山王神社の裏の森についてだが、畑という郷土史家が面白いものを持っていた。見てくれ」
文菜は体を寄せてきて小さな声で「先生?」と聞いてきた。頷くと、口をすぼめ小さく頷いていた。
明智はテーブルの上に二枚の写真を取り出した。そこには見覚えのある鳥居の写真が写っている。もう一つは神社の境内のようだ。その一つに文菜が食い入るような視線を送っていた。
「その畑が言うには写真の鳥居は山王神社の奥宮らしい、例の裏手の森の奥にあるという。あと三宝神社についても尋ねてみた。御朱印帳も見せた。分からないが調べるとの回答を貰っている」
「あのぉ……」
文菜が全員を見渡しながら小さく手を挙げた。
「その境内の写真。参道沿いに石で出来た燭台みたいな灯篭が並んでますよね。そこに火を灯したら火の道になりますせんか?」
「どうした文菜?」
文菜は視線を向けると軽く微笑んだ。
「うん、私が夢で見た神社ってここかも。影の社って……」
「影の社……」
慎哉は腕を組み視線を上げた。
「なるほど、これは何としても一回現場を見たいな」
明智が顎をなでる。
「あ、ごめんなさい、話し折っちゃいました」
小さく首をすくめ、文菜は頭を下げる。
「いや、重要な情報ですよ、文菜さん」
明智の声に、少し嬉しそうに文菜は微笑んだ。
「それと、畑から面白い話を聞いた。時代は違うが、南北朝の頃に夕凪島を支配していた武将……えーと、飽浦信胤が三種の神器を隠したという伝説があるらしい。何でも三宝という字面から思い出したそうだが、何か関係があるかもしれない」
「それから、カゲヌシの怪異伝説に似た話で、三種の神器を奪った三人の妖怪、根子、夜子、羽子だったかな。夕凪島に逃げてきて討伐された。その妖怪どもは天狗のような鼻を持ち、背丈は2メートル、地面まで伸びた髭を持ち、肉を食らい血をすする。日が昇る頃と黄昏時に姿を現し、魅入られた者には呪いがかかる、魂が吸われる……もしかしたらこの夕凪島に本当に三種の神器があるのかもしれない」
文菜は明智の話を聞きながら、人差し指を顎に当て、何度も頷いている。
「うん、僕の方でも、三宝神社について調べてみたけど、家には伝わっていない」
「あと、オカルトみたいな話になるが、俺は二度死にかけている。それに文菜さんも、そこまででは、ないにせよ奇怪な体験をしている。気を付けた方がいい」
明智は神妙な顔をして全員を見回し、ニヤリと笑う。
「補足いいかな、俺の両親の13年前の事故を調査していた刑事も山王神社の調査の帰り事故に遭っている、それと両親の事故にも不可解な点がある」
「でだ、にわかには信じられんと思うが、何か起こる可能性を十分考慮しなければならない、そんなもんに太刀打ちできないのだから」
明智の言葉に慎哉が片手を挙げる。
「それに関しては僕の方からの補足。僕の一族はそういう邪な力を緩和させたり、場合によっては封印したりしているんだ。実際に怨霊のようなエネルギー体はある。だから固定観念は捨てた方がいい」
「あの?陰陽師ってことですよね?」
文菜は興味があるのか身を乗り出している。
「ふーん、こう言うい方は失礼だけどあなたは聡明だ。その通り。あと僕は人の心を少し読める。そして魂を覗くことが出来る」
「なる……ほど」
明智は目を見張っている。
「それと、君から送ってもらった根元家の庭の写真のことだけど――あの場所、どうやら根元高太朗が何らかの儀式を行った可能性が高いと思うんだ。おそらくあの木の人形は、形代か依り代のどちらかだろうね。形代は、人の穢れを移して、川や海に流すことで祓うものだし、依り代は神霊が降りてくる器の役割を果たすもの。あの古木が依り代で、その人形が形代、という風にも考えられるね」
「それで、実際何が行われていたんだ?」
俺の問いに、慎哉はスッと視線を流す。
「今、父に確認してもらってるんだけど。恐らく禁呪の類ではないかと言っていた」
「禁呪?」
文菜はこの手の話が好きなようで、テーブルの端をの手を添え身を乗り出した。
「文字通り、使うことすら憚られるような禁断の秘術だよ。そもそも禁呪を知っている者自体、かなり限られているんだ。特定の一族や組織が、代々秘密裏に受け継いできたものがほとんどだし、なかにはその伝承自体が絶えてしまったものもあるみたいだ。だから、一般にはまず出回ることはないし、それだけ強大な力を秘めているとも言えるね。例えば人の意志を操ったり、結界で空間そのものを作ったり——みたいなこともできるらしい」
「慎哉さんは出来るの?」
「無理無理、僕の一族の役割ではないから」
慎哉は屈託のない笑顔で顔の前で手を振った。
「ありがとうございます」
文菜は恐縮がちに軽くお辞儀をした。
「それと、例の赤黒い墨のことだけど、あれも何だか呪術的な気配がするんだ。あくまで僕の直感みたいなものだから、確固たる証拠があるわけじゃないんだけど……血が混じっていたんでしょ?」
俺と明智が頷くのを見て、慎哉は続けた。
「……それを送った人間が、何か特別な意図を込めて、受け取った側を呪縛するとか、縁を結びつけるとか、そういう意味があるように思う。もちろん、単に怖がらせたいだけじゃないと思うよ。あくまで僕の勘だし、可能性がある話としてね」
明智はメモを走らす。
俺は今の慎哉の発言が妙に腑に落ちる感じがした。
「で、影の男の噂の再来だが、もちろん俺じゃない。話の出所を探ってはいるが、情報はない、それから御朱印帳と文菜さんの封筒にあった赤黒い墨については鑑定待ち」
さらに付箋を手にしながら、明智はそれを分類するように手と口を動かした。
「えーと、現在不明な事柄として、赤黒い墨。あんたと文菜さんに送られてきた写真の出所。三宝神社について。あと飛田五月。あんたに接触してきた短髪の金の指輪の男。これくらいか?」
俺は頷いた。
「でだ、実際の調査対象は根元本家、夜明友昭、山王神社、そしてその奥宮。影の男の噂、飛田五月あたりか」
付箋をグループ分けしている。
「それから、俺の義兄のことなんだが、義兄は俺の両親の事故を不審に思い調査をしている。まあ義兄の忠告は両親の願いでもある、俺が一刻も早く島を出て東京に戻る事。ただ、自分達と違う角度で情報を持ってる可能性はあると思う、もう一度会って話の内容いかんによっては、ここに加えたいんだけど、どうかな?」
「それなら、僕の方から補足、彼は君と会ったあと家に帰った。家は瀬田町だね。小さなアパート。ためしに今日は早くに行ってみたんだ。そしたら老人が訪ねて来た。帽子を被った品の良さそうな感じな人。きっとあれはお坊さんだね。30分程で出てきて、後をつけようと思ったんだけど、神舞があったから無理だった」
「まあ、いいんじゃないか、判断はあんたに任せるよ……ただ、くれぐれも慎重に」
明智がじろりとこちらを見据えた。
「ああ、分かってる」
「だったら、僕の父も加えた方がいい。封じの作法は僕よりも強い。それに何か知っているかもしれない、今日の情報を含めて話してもいいかい?」
慎哉が横目でこちらを窺う。俺は明智に目配せをすると彼はそっと瞼を閉じた。
「問題ない」
慎哉は満足気に笑うと、椅子にもたれかかる。
「オーケー、それで、さっきの話に戻るけど」
その声に、明智は再び付箋を手にする。
「聡ちゃんが、白昼夢で見た五人の男たちに関してのことだけど、その中の二人。僕の父に似ていたのは、初代の山背日立で間違いない。君に似ていたというのは、きっと羽代の先祖ということだね。ここからは推測ね、残りの三人ついて。そのうちの一人は、おそらく真名井さんのご先祖である当麻言福だと思う。あと二人関わった人物がいる」
「……そのどちらかが、カゲヌシってことか」
明智が慎哉に向かってペンを向けた。
「そう思う」
慎哉は大きく頷いた。全員が大きな息を吐いた。
「どうだ、全部カードは出た感じかな皆さん?」
また、明智は手をひらひらとさせて、全員の様子を見渡す。
慎哉が、スッと手を挙げる。
「彼が言いにくそうだったから、代わりに僕が話すけど……今までの話を総合すると、あの鎮めの舞で封じた怨霊っていうのは、羽代酒祭のもの。そして――香取諒は、その末裔なんだろうね。直系なのか、あの黒麻呂の系譜なのかはまだ分からないけど……ルーツは間違いないと思うよ。僕が前に言った通り、君はきっと、その界隈じゃ有名人なんだよ」
今になって慎哉の放った言葉の真意が理解できたような気がした。
羽代という意味を持った姓。それを知っている人々からすれば俺は曰くが大いにある人間という事になる。
「そうだな…」
真っ直ぐ慎哉の目を見た。慎哉はニコリと笑う。
「君の中を覗かして貰ってもいいかい?」
「構わない。が心は読むなよ」
「分かった」
慎哉は座ったまま、視線を合わしてきた。鳶色の瞳がこちらに迫ってくるような気配がある。その瞳があたかも俺を飲み込んで通り過ぎていくような感覚。
「ふう……」
気が付いた時には慎哉は天を仰いでいた。
「ふーん。これは個人的に話した方がいいと思うな」
慎哉なりの配慮なのだろう。だが何が出て来てもここにいる全員に隠すつもりはなかった。特に文菜には。
「構わない、言ってくれ、この件に関わる事なら情報の共有を優先したい」
眉を上げ少しこっちを見ていたが、何かを察したのか小さく頷いた。
「じゃあ、遠慮なく。僕が見た感じ、君には二つの魂が見える……事故に遭ったんだよね……その時に別の魂が君に入り、元の魂が眠った感じみたいになった……」
「なるほど」
「こういう事例はいくつか知っているんだけど、大抵の場合、元の魂と入れ替わる形になるんだ。君のように魂が二つある状態は聞いたことがない」
「元の魂は覗けなかった。霧がかかったようになっている。父さんなら分かるかもしれないけど……」
それが、俺が記憶を思い出せない原因という事か。その元の魂は羽代の先祖に関係しているということか。
明智が付箋に目を通しながら口を挟む。
「……待てよ。重岩、葦田八幡神社の磐座が、山王神社と奥社の鬼門と裏鬼門に当たる。その、羽代……酒祭の墓が山王神社、もしくは奥社にあるとして、よく神社の下に古墳があるって話だろ?」
「そういう所もあるようだね」
慎哉が頷く。
「そう仮定すると、重岩、山王神社、奥宮、葦田八幡神社が、その羽代の怨霊を封じた結界ということだろ。明日の日の出のラインと重なる……その怨霊を目覚めさせるということかもしれんな」
「その可能性は高いよ。もう磐座に怨霊を封じる、結界の効力はないと言っていいから」
「おいおいマジか」
明智は、慎哉をじろりと睨む。
「あの……実際に、その怨霊が目覚めたらどうなるのですか?」
文菜が素朴な疑問を投げかける。
「うん。さっきの資料や家に伝わる伝聞を鑑みるに、規模や状況は分からないけど災いが起きる可能性が高いと思う」
「今から、それを防ぐことは出来ないんですか?」
「時間がないからね……明日という事、明日の日の出ということを考慮すると難しいかな」
小さく首を振る。
「そもそも、どうして夕凪島にその酒祭という人のお墓があるのでしょうか?何か島と縁があった人なのかな?」
「それも分からない……酒祭の墓があるというのも、状況証拠から推測した仮定の話だからね」
「あっ、そうか……」
文菜は口をすぼめて背もたれに寄りかかった。
「……さっきの羽代の姓に関する報告書にあった『丹波国風土記』。そこに記述があったという事を考えると。丹波国は現在の京都府の一部だから、そこが領地ないし住居があったのかもしれないけどね、それに可能性の話であるから、実際には怨霊が目覚めないかもしれない……」
慎哉という男の優しさが垣間見えた気がした。文菜に対する配慮のような言い回し。
「ありがとう」
それを受け取ったからこそ、文菜は丁寧にお辞儀をする。
おかげで道筋が見えてきた。
「大分見えてきた」
言葉が自然と漏れた。
「ということは、明日何かある可能性があるな……気に留めて置こう」
可能性がある以上、明智は慎重だ。その声に各々頷く。
「で、他に共有し忘れたことは?」
一人一人の顔を、明智が見回す。
「じゃあ、俺は引き続き山王神社と奥宮、それと影の男の噂の真偽を調べる」
明智が手帳に視線を落とす。
「じゃあ、俺は写真の出所と義兄の説得、根元本家の調査だな」
「そうしたら、僕は?」
「親父さんに話を、それと聡ちゃんのことが落ち着くまではフリーでいい。動ける時に動いてくれれば、また連絡する」
慎哉は胸の前で両手の親指を立てた。
「それと、あんたと文菜さん。特に気を付けた方がいいかもしれない。くれぐれも用心を」
明智は俺と文菜を見比べて、文菜と視線が合うと優しく微笑んだ。
「はい、ありがとう明智さん」
その言葉に頭を掻きながら、明智は手をパチンと叩く。
「よし、じゃあ、飯だな」
明智は席を立ち、フロントに電話を掛けている。
ただ、怨霊の復活だけが目的なら、俺が夕凪島にいる必然性は薄い気がする。
それは文菜にしても同じだ。
きっと、まだ見えていない何かがある。
すべては、カゲヌシの正体を突き止めれば答えに辿り着ける。
遠回りに見えて、それが一番の近道だ。
恐らく、俺と文菜に写真を送りつけた人物こそがカゲヌシ、もしくはそれに極めて近い存在だろう。
文菜は明智の書いた付箋を指先でなぞり、顎に指を当てたり、首を傾げたりして考え込んでいる。
その仕草が、妙に愛らしかった。
目が合うと、文菜は一瞬だけ微笑んでから、すぐに視線を戻した。
その笑顔が眩しい。
この島に眠る秘密や、自分の過去を暴くことが、どのような事をもたらそうとも
文菜だけは、必ず守り抜くと心に誓った。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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