02.目覚め②
「で、どこにいるんだよ。その転校生とやらは」
話しているうちに学校へ到着。
朝早いせいか校庭には部活の朝練をしている生徒がちらほらと見える程度だ。
「あ、ちゃんと来てくれるんだ。良かった、嬉しいよ。えっとね、職員室にいるはずだって」
隣の皆方はいうと予想外半分、喜び半分といったくらいでこっちに向き直る。
「そっか。ま、ここで断っても無理やり引っ張ってくだろ、多分。それに、断ったら後が怖い。何されるか分かったもんじゃないしな」
「もぅ、そんなひどいことしませんっ。あっ、ちょっと待ってってばぁ———」
校庭で立ち止まってても仕方ない、さっさと中に入っちまおう。
隣で楽しそうに話す皆方の勢いに巻き込まれているが、これもここに来てからずっと続けば慣れてきた。なんだ、まあ。結構楽しいもんだよ。ちょっとくらいはな。
「そうだ、夜凪くん。下の名前で呼ばれるのが嫌なら何かニックネームで呼ぼうか? よーくんとかっ」
「——、…絶対に嫌だね」
「ええー……」
前言撤回。皆方のネーミングセンスと俺とは相容れないらしい。当の本人はというと、心底残念そうに肩を落としてるけど何があってもお断りだ。
「じゃ、じゃあ…よなく———!」
「だから嫌だってば、最初っから言ってるけど苗字で呼べよ、苗字で」
「それは夜凪くんが、私の事下の名前で呼んでくれたら考えてもいいかなー。あ、もう職員室だよ。静かに静かに」
「はぁ…、ったく」
「失礼しまーすっ」
「失礼します」
建付けの悪い引き戸がガラガラと音を立てながら開かれると、教師陣の机が並びそこでは朝早くから仕事をしている先生がチラホラと。
そして、お目当ての人はというと———
「えっと…あ、いたいた。加奈ちゃんっ、おはようございまーすっ」
「ひゃぁ…っ?! ぁ、ぁあ…皆方さん、…お、おはよう」
なぜか職員室の端、それも角の所で座り込んでいた女性、『金谷加奈』
まだ20代ということもあってか、女子生徒からは名前で『加奈ちゃん』と呼ばれている。
彼女は街中でもよく見る女性用スーツを着ていて、天然物の波打った髪の間から覗く表情は心臓が止まる寸前といったところ。ちゃんとしていれば美人だろうに、目の下には一目でわかるくらいに隈が色濃く残っていて、病弱そうな色白の肌と相まって怪しい雰囲気を醸し出していた。
危険を一切感じない皆方に話しかけられただけでこの慌てよう。ホント、なんでこの人が教師になってるんだろうか。
そんな風に考えていると、皆方からシャツの裾当たりを摘ままれた。
「ん?」
「ほら、ちゃんと挨拶」
別にそれくらいいいだろうに、なんとも優等生ってのはこういう言動からくるものらしい。
「はぁ…、おはようございます。金谷先生…」
「ひゅぉ?! あ、あ、あ、あ天名…く、ん! も、一緒だったのね!? おおおおはよっうございますっ?!」
「………こうなると思ってた」
「あはは……、落ち着いて加奈ちゃん、夜凪くんとはここに来る途中で一緒になったんです。転校生は男の子だしそれならって思って」
「はぁ……、はぁ……ゼェ……、ゴホッ、ごっほ!! ごほっ、そ、そういうこと…だったのね……。分かったわ、ちゃんと分かったわよ……っ」
自ら呼吸困難に陥りつつその場を離脱した金谷先生は、リスもかくやというほどの俊敏さで俺たちから距離を取る。なぜかその手は空手のような構えを取っているが、ビビりすぎてて指先はプルプルと震えている。
「あの、そんなに離れなくても……。夜凪くんは何もしないと思いますし……」
「思うだけじゃなくて断言しろよ、まあこの反応も見慣れてるけど」
「あぅ…、ゴメン」
「いいって。あーっと、先生? それで転校生ってのはどこに?」
このままじゃ話は進まない。俺が抜ければいいだけなんだがそれは皆方が許さないだろう。そうなると、必然的に俺が仕切るしかない。
実際転校生というものがどんな奴なのか、興味はある。
これまで一度もそんな話はなかったように思うし、今回が初だというなら“連中”がやってきたとも考えられる。
けど、件の転校生は職員室を見渡したが影も形もない。奥の校長室にでもいるか、便所か? まず、先生が男子学生と一緒に居られるはずもないか。
「そ、それが…ねっ。まだ…来てなくて……私と会うのが嫌で止めちゃったのかって……、ぅぅぅ———」
「まだ来てないってよ。にしても、落ち込んでたのそれかよ」
「ひぅぇえ…、ダメなせんせぇでごめんなさいぃぃ……」
縮こまる金谷先生、それを見て苦笑いの他教職員。あぁ、本当にいつもこんな感じなんだろうなこの人。
「もぉ夜凪くん、そんな言い方しちゃダメだよ?」
「俺が悪いのか? あーいい、俺が悪かったですハイ。にしても初日から遅刻ってやるなソイツ、別の部分で興味出てきた」
「そんなことで興味持たないの。えっと、それじゃあ私達どうしましょう。電話とかはしたんですか?」
「……うん、したわ。でも出てくれなくってぇ……。ぐすっ、私が担任だからって、来るの嫌になっちゃったのよぉぉ…」
一人打ちひしがれているところ悪いが、それ先生じゃなくて間違いなく転校生がダメなだけだぞ。そう言いたいがまた驚かれても困る。…ここは皆方に頼もう。
「皆方、俺じゃやっぱ無理だ」
「うん……、そうみたいだね……」
「ひぇぇん……」
頭を抱えてしまった先生は、もはや話を聞くことすらやままならない。
「ここはいったん一人にしてやった方がいいんじゃないか?」
「そう、だね。転校生の子も単に寝坊しちゃっただけだろうし。やっぱり男の子の一人暮らしってズボラなの? ちゃんとしたご飯食べてる?」
「否定はしないけど、別に皆方が気にするようなことじゃないだろ。つーか飯は今の状況と関係ない」
「ふふっ、そうでした。それじゃ加奈ちゃん、私達一度教室に戻るから手伝えることあれば呼んでね。加奈ちゃんが一人で男の子の案内できると思えないし」
「ゴメンねぇ皆方さん……わた、私ダメでぇぇ———」
「あぁほら、大丈夫だからっ。そんなこと思ってないから。ね、ね?」
「……ぅん、ぐすっ。ありがと……」
「………」
これじゃどっちが年上だか分からない。本人もそれが分かってるから自己否定が激しいんだろうけどさ。
何とか先生を落ち着かせて廊下に出ると、二人して教室に向かおうとしたその時。
「じゃあ行こっか。今日はちょうど日直だからそっち手伝って?」
「はぁ? なんでまた俺が。そういうのは同じ日直とやれよ」
「もう一人の子は昨日風邪で休んでたし、今日も来るか分からないでしょ? 夜凪くんは目の前で働く女の子一人にまかせっきりなの?」
「はぁ…分かったよ、やらせていただきますよ」
「ふふふ、それでいいのだー」
「何だその変な喋りかた」
「昨日見たドラマ」
「ドラマ見てない———」
「えー、面白いのに———」
「———、————」
「———」
□ □ □
「……ぅぅ」
自己嫌悪に侵されながら、去っていく二人の背中を見送る教師が一人。
「ぁぁぁ、またやっちゃったぁ……。ダメよねぇ、これじゃぁ…はぁあぁ」
「金谷先生、大丈夫ですか?」
「ひゃっ!? はぁ、はぁ…、大丈夫です…、いつもの事ですっ、から……」
女性教員から話しかけられてこれだ。
この学校に赴任してから面倒を見てくれてる優しい女性相手なのに…。こんなんじゃ生徒とちゃんと向き合うなんて夢のまた夢。…頑張らないと、とは思っているのに本能レベルと化してしまっているせいで自分ではコントロールできない。
うぅぅ、なんでこんなにダメなの。私……。
「はは……、それにしても新しく来る子も大変そうね。転校初日から遅刻するなんて初めて。こんな時期に転校してくることも、そうだけど」
「は、はい…。事故にあってたりしなければいいんですけど……」
ようやく落ち着いてきた。天名君には悪いことしちゃったなぁ……。後でちゃんと謝らないと…。謝れるかなぁ……。
「ぅぅ———」
「ほら、金谷先生。考えすぎてても疲れちゃうわよ。リラックスリラックス」
「分かっては、いるんですけど……。ふぅ……」
「一人で思いつめちゃダメよ。何かあればすぐに言ってね? 取り合えずもう一度連絡してみたら?」
「そう、ですね。ありがとうございます」
軽く肩を叩かれてようやく動機も落ち着いてきた。
うんっ、そうよね。まずちゃんと連絡とらないと……っ。
「?」
そういえば、皆方さんにちゃんと伝わってなかったかな? お願いする立場だし、ちゃんとするために二人っきりで落ち着いてた時に言ったと思ったんだけど……。
(でも、皆方さんが間違えるはずないし、きっと私が間違ったのね……。もっと頑張らないと……)
「はぁ……」
大きくため息を一つ。あぁ、幸せが逃げていく……。それにしても、やっぱり伝える時に間違ったのかな。
(転校してくるの、男の子じゃなくて女の子なんだけどな……)
けど、今はそれどころじゃない。まずは無事を確認しないと。
□ □ □
「これは、絶対に日直の仕事じゃあない」
「え? そうかなぁ」
黒板を綺麗にし、花瓶の水を変える。それは分かる。だが、皆方はそれで終わらない。真新しい雑巾を取り出したかと思うと机の上を拭き出した。それは、当然俺も手伝わされているわけで。
「こんなことやってるやつ見たことないし、この新品の雑巾だって自前だったろ。誰もやってないし、やる理由がない」
何が悲しくて他人の机を綺麗にしてやらなくてはならないのか。そういうのは各々が自分でやればいいし、汚れたままでいいならそれでいい。
別に、ソイツが現状維持を望むなら誰かが手を差し伸べる必要もない。
「でもほら、やっぱり机が綺麗だと何か得した気分でしょ? もしもそう思ってくれたならそれでいいのよ。それに、夜凪くんもなんだかんだ手伝ってくれてるじゃない」
「はぁ……、それは———。……」
「? それはー?」
「……なんでもない」
「えー、そんな風に言われたら気になるよ」
「……」
「夜凪、くん? どうしたの?」
つい、口が滑った。あの夢を見たせいかどうにも調子がくるってるらしい。
「…なんでもない。皆方には関係ないことだ。それに、なんだ。…手伝わないと後で何言われるか分らんからな———」
「むぅっ、だからそんなことしないってばぁ。…イジワル」
「そんなんじゃない。ほら、さっさと———」
「ねえ、夜凪くん……」
「ん?」
なんだか様子が変だ。
皆方を見ると机を拭いていた手を止めていて、背中側に回した指先をモジモジとさせている。
「あのね? 私だって、いつも助けてもらってて夜凪くんには迷惑かなって思ったりはするの。でも夜凪くん、文句言いながらも手伝ってくれるでしょう? それってなんでなのかな、って……」
背中を向けたままの彼女の表情は読み取れない。
しかし、どうしてと来たか……。
(んなこと、俺の口から言えるわけないだろ……)
「……夜凪、くん?」
頭をボリボリと掻きながら何て返せばいいか考える。困った、こういうのは苦手なんだ。女心なんて良く分からない。
でも、この教室に二人っきりの状況で言われると逃げ道はない。他の生徒は来ないだろうし、俺が答えない限り終わりはないと来た。
「あー……、なんだ。それ、はな———」
「うん……」
肩越しに俺を見る皆方の顔は髪の毛で隠れていて、俺からは見えない。
嫌だけど仕方ない。言うしか、無いだろう。
「確かに、皆方が押し付けてくる仕事は面倒臭いし、巻き込まれるのも厄介だ……」
「……うん」
「ただ、まぁ……なんだ。確かに面倒だし、やる気は起きない。けど、嫌ってわけじゃない。言っただろ、俺は一人じゃ出かけらんないんだ。引っ張ってってくれる奴がいてくれないと、不健康なんだよ」
「うん」
「だから…、皆方を手伝うのは……。なんだ、悪い気はしない。……それだけだよ」
「うんうん」
「…これでいいかよ。欲しい答えじゃなかったなら、悪いとは思うけど。…そういうのは苦手なんだ」
「そ、っか……。“私と一緒なの”楽しいんだ…っ」
「ん? まぁ、そうなる。…のか? いや、そうはならな———、はぁ……」
「ふっふーん」
なんか違うような気がするがここで訂正する元気はない。下手なことを口走って、何かあればそれこそどうしようもない。
「うんうん、良く分かりました。ゴメンね手止めさせちゃって、それじゃ終わらせちゃおうかっ」
「ハイハイ……、おっしゃるとおりにな…」
あの答えで機嫌がよくなるとは思わなかった。結果を見ればよかったが、かつて起きた
もしもを考えるとこれからは慎重になるべきか。
皆方を見ると、さっきよりも動きが軽快になった気がする後ろ姿。
(なんつーか、やっぱ難しいな。女ってのは……)
金砂の主人を思い出すがアレは論外。単純作業でつい出てしまいそうなため息をこらえつつ、黙々と手を動かすことにする。
「~~~♪」
(……でもまあ、こういうのも悪くない、か?)
ダンスのバレエでも習ってるのか、鼻歌と共に刻まれる小さな足音は軽快で、静かな教室に響く楽器のない音楽は、心が落ち着く程度には耳に心地よかった。
掃除も終わって少し経つと、クラスの連中も表れるようになった。皆方の女友達なんかは来た瞬間に気持ちの悪い笑い方をしていたが、当の皆方に頭を叩かれていた。
「もうっ、すぐからかってくるんだからっ」
「愛されキャラも大変だな」
「むぅー、夜凪くん絶対に心配してないでしょ」
「…にしても、結局先生どうなったんだろうな。転校生もそうだけど」
「あ、話題変えた。でも、…うーん、呼びに来なかったってことは大丈夫だったんじゃないかな。もしくは———」
「連絡がまだついてない、ってとこだな。元々変なタイミングだったし、これで休み明けにでも出てくればちょうどよかったんじゃないか?」
「もう、またそんなこと言って。きっと加奈ちゃんも頑張ってるのよ、今回のお願いされた時も『怖いけど頑張らないと』って言ってたし」
「それならいいんだけどな。っと、噂をすればだ」
教室前方の扉が開かれると、そこにいたのは話題の中心だった金谷加奈先生。いつも通り、…いや、いつも以上にびくびくとしながら入ってきた表情は今にも泣きだしそう。
「ダメなんじゃないか、アレ」
「うん…、そうかも…」
くじ引きによる厳正な結果から指定された窓際最後尾。皆方が一番後ろでその前に俺、縦に並ぶ俺たちは担任であるはずの女性が既にダウン寸前であることはすぐに分かった。
「み、みなさん…、おは、おはようごじゃひまひゅっ! …いひゃい———」
間違いなく舌を噛んでいるが、転校生という話題で持ちきりのクラスからはそのことを気にする者はいない。どこからか転校生についての質問が飛び、金谷先生の背が跳ね上がる。
「ひぇぁ、…えっと、えっとね? そのことなんだけど…っ、じ、実はまだ連絡が———」
おどおどと話す姿は小動物を超えたナニカだ。クラスメイトは落胆と初日から遅刻してくるという相手への興味でいっぱいと来ている。
「やっぱりか。その転校生とやらは大物か馬鹿だな」
「あぁもう、加奈ちゃん泣いちゃいそ、……泣いてる」
好奇や哀れみの視線を一身に受ける先生は身体をガクガクと震わせ、机に手を立てていないとそのまま倒れてしまいそうになっている。
来ないなら来ないでそこまで気に病む必要もないと思うが、あの人はあの人で生徒想いだ。連絡がつかないと言っていたし、事故でもあったのかと心配しているんだろう。何とも不器用な人だ。
「———ん」
その時、黒く濁った反応を感じ取った。
「……そういうことか?」
「どうしたの夜凪くん、窓の外見て。……あっ、誰か来てる?」
「いや、そうじゃない。…皆方」
「うん?」
小首をかしげ、こっちを見る彼女は子猫のようだ。猫らしくどこかにフラフラ出て行かないと助かるんだけどな。
「俺は早退する。授業が終わるまでは一日校舎から出るな、終わったら寄り道せずに家に帰れ。変な感覚があったら休んで安静にしてろ」
「え? え? ちょ、夜凪くんっ? 急にそんなこと言われても———」
「先生」
「ひゃぇ…! ど、どうしたのかな天名君……、PTAへの抗議するって覚悟決めたりした…?!」
「違います。早退します」
「へ? へぇぇええ……?! 天名君、理由説明を———、あぁ…行っちゃった……。やっぱり私、先生としてっ、信用されてないのかなぁ……!」
幸い席は後ろの方、荷物を持って行っても邪魔だから置いて行っても構わない。
後ろで落ち込んでいるのが手に取るように分かるけど、それは皆方に任せておこう。朝から色々手伝ってやったんだからこれくらいは押し付けても罪にはならん。
「思ってたより早かったな。アプローチを変えてきたか?」
まあいい、来たのなら倒すだけだ。……いくぞ。
□ □ □
夜凪くんは静止する声も聞かず、さっさと出て行ってしまった。残されたのは崩れ落ちる寸前の加奈ちゃんと、その状態の人間に触れてしまって大丈夫なのかって慄く皆。
風が吹けば倒れ込みそうな加奈ちゃんを驚かさないようにゆっくりと近づいて、そっと声をかける。
「えーと、加奈ちゃーん…? 私はそんなことないと思うなー。ほ、ほらっ、夜凪くんも一人暮らしだから実家の方で何かあったのかもしれないし」
「そ、そうかなぁ……、私嫌われてるんじゃないかなぁ……」
「そ、そんなことないよ。ね、ねぇ皆! 皆は加奈ちゃんの事好きだよねっ!?」
みんなお願い、声を上げて。
まさしくこの瞬間、その気持ちは全員が共有していて、やるべきことは分かっていた。 続々と加奈ちゃんを励ます声が上がってちょっとしたお祭り騒ぎになっている。
最初はおっかなびっくり聞いていた加奈ちゃんもほんの少しずつ元気を取り戻してきたのか、教卓に掴まることなく立てるようになってきている。
「ほら、加奈ちゃん嫌われてたりしないからっ。転校生の子も夜凪くんもタイミングが被っちゃっただけだよ。ま、まぁあんな勝手に出て行っちゃうのはどうかと思うけど……」
彼は普段から考えをあまり表に出さないけど、今日は別格。何かあったのかな……、ちょっと心配。
「う、うん。そうよね…。私だって先生だから…ちゃんとしないといけないわよね…っ。ま、まずは天名君に連絡を———」
すると、教室のドアがまた開いた。今度は前のだけど。
そこにいたのは一人の先生。1年生のクラスの人だったかな?
その先生は加奈ちゃんを手招きすると小さな声で二言三言話している。と、急に加奈ちゃんが大きく仰け反った。
「へ? 転校生の子が来た?! え、えーっとぉ、天名君への電話から…、いやでもまずは皆に紹介して……。ど、どっちから処理すればーーー!?」
「あー、ははは……」
加奈ちゃんが落ち着いて仕事ができる日は来るんだろうか。生徒じゃなくて先生の方が不登校になるのを心配されるのは彼女くらいだろうなぁ。
でも、新しくやってくる子のことで今は興味いっぱいで、加奈ちゃんのおろおろした姿も流してしまいそうになっちゃった。
「え、えーっと。それじゃあ…、入居するはずの家との連絡が取れなかったとのことで、遅くなってしまいましたが……。今日からみんなの仲間になる…えと、『シエ・ジンリィ』さんです…。夏休みまであとちょっとしかないけど、みんな…仲良くね? 喧嘩とかいじめとかしちゃダメよ……?」
ただ、最後のいじめについての話は人の紹介の内ではしちゃいけないと思うなぁ…。
「みなさん、よろしくお願いします」
だけど、そんなことはまったく気にしてないみたい。
「わぁ……」
短めの髪は白色が多分に混じっていて、灰色っぽくてすごく綺麗だった。
健康的な真っ白いお肌に翠の瞳、小さく微笑むジンリィさんは可愛いお人形さんみたいだった。ううーん、とってもかわいい。
あれ…? 女の子? 男の子が来るって言ってたのに変だな…。
(でも加奈ちゃんだし…、勘違いしてたのかな?)
「それじゃあ、簡単でいいから。自己紹介、してね? 簡単でいいからね?」
「はい、シエ・ジンリィです。中国…でのような名前ですがそういうわけではありません。そう、ですね。イギリス? に近い場所に住んでいました。言葉はお世話になっていた人に習ったので問題ありません。今日は、遅れてしまい先生にも申し訳ないことをしました」
名前を聞いた時から外国の人なのかと思ったけど、その言葉に淀みは無くてむしろ透き通る声は私たちの耳によく届く。
「い、いえ…いいのよ。気にしないで、ください……、えぇーっとー…皆は何か質問あるかなー…?」
加奈ちゃんの言葉を皮切りに男子、女子共に質問が飛び交う。
「はい、どうしてもこのタイミングでしか引っ越すことができませんでした。すぐにお休みに入るそうですがそれまでよろしくお願いします」
「そうですね、一人で来ました。住む場所はそう遠くありません」
「彼氏、ですか…。そうですね。そう言った殿方は現在いません、はい」
「運動は得意ですよ。後は反射神経を使うものなどは全般得意です」
その全てに一つずつ、時間が許す限り丁寧に答えるのはきっとジンリィさんの性格なんだろうな。几帳面で、相手に対して礼儀正しい。
特に男子なんかは彼氏がいないという発言の後からメラメラと炎を滾らせている。そっか、夏休み前だからこそ今のうちにお近づきになりたいわけだ。
その努力が実るかは分からないけど、迷惑を掛けないんだったらむしろ応援するべき。なのかな?
(そういえば夏祭りがあるんだった……、夜凪くん…誘ったら来てくれるかな……)
夏休みの半ばにはこの辺りでもお祭りがおこなわれる。その時にあの面倒くさがりな少年は誘いに乗ってくれるだろうか。
(で、でもまだ先の話だしね。またその内に———)
「あ、あのぉ……。みなかたさーん……、あれぇ、おかしいなぁ…? 私の声届いてなのかな……ぁ。うぅぅぅぅ———」
「ふぇ?! あ、ハイ! 聞こえてます、聞こえてるよ!」
「あ、そう……? それならよかった、けど。さっきの話は聞いて、た?」
「う…、いえ、ゴメンナサイ。ちょっとぼーっとしてました。…それでなんて———」
「これからよろしくお願いしますね、ミナカタさん」
「へ、へ?」
気が付くと隣にはジンリィさんが立っていて、私に向かって手を伸ばしていた。
急な事態に頭はクルクルで、加奈ちゃんのようにアタフタしてしまう。助けを求めるように後ろの席を見ても夜凪くんはどっか行っちゃったし、加奈ちゃんはなぜか私と同じようにアタフタしてるしー!
「私、ミナカタさんの隣の席になりました。これから短い間ですが、色々とお世話になるかもしれません」
「あっ、ああそういうこと…っ。うん、これからよろしくねジンリィさん」
ようやく意味を理解して、伸ばしてくれていた手を握り返す。
(わ……っ)
その手は予想外に硬くて少し驚いてしまった。失礼なことをしちゃったんじゃ以下と思ってジンリィさんの方を見ると彼女は笑顔を崩すことなく、改めて握り返してくれた。
「すいません、驚かせました。武道を少々たしなんでおりますので。それと、私のことは“シエ”とお呼びください。敬称は不要です」
「うん。それじゃ私の方も彩音って呼んで。名字で呼ばれるの固くって」
「はい。改めて、これからよろしくお願いします。アヤネ」
「うんっ、よろしく。シエ」
私もこの時期に来る転校生相手と仲良くなれるか不安だったけど大丈夫みたい。後は後ろの面倒臭がりを何とか——。
「はぁい…、それじゃあ仲良くやっていけそうだし…。これから一旦は夏休みまでだけど、新しい土地にきて不安だろうし、色々教えてあげてね。それじゃ…ホームルーム終わりまーす……」
上手く紹介できなかったからか、肩を落として去っていく加奈ちゃんの背中はなんだか哀愁立ち込めている。
(あはは…、あとで様子見に行こうかな)
でもその前にまず勉強。シエのこともあるからお昼に案内してみようかな。
(こちらが購買部になりまーす。なんてねっ。ふふっ———)
バスガイドのような喋り方をする自分を想像してこれじゃないな、って思う。うん、まずは普通にやってみよう。シエはなんだか、夜凪くんと同じように仲良くなれるような気がする。
「え? 前の席? あぁ、夜凪くんだよ。天名夜凪くん。シエが来る直前に早退だーって言ってどっか行っちゃったの。勝手よねぇ」
時間はお昼。
皆は学食に行ったり、各自持参したお弁当や、購買で買ってきたものを思い思いに持ち寄っている。
いつもは一緒に食べるメンバーも固まっているけど、今日は学校の案内ついでにシエと二人きりだ。その流れで今日は学食で食べることになった。
「そうなのですか、…何か用事があったのでしょうか」
「うーんどうだろ。そんなことは言ってたけど、いつもフラっとどこかに行っちゃう人だから今日も気まぐれかも。また会ったら注意しておかないとね」
「なるほど、アヤネも大変ですね」
「あはは…、それほどの事じゃないけどね。それにしても……、よく食べるんだね……」
「? そうでしょうか。これくらい普通かと思いますが」
キョトンとこっちを見るめるシエの前には定食メニューが置かれている。ううん、そこはおかしくないんだけど、その量がすごい。
大盛りも大盛り、人が通るたびにその量に驚いていくくらいに大盛り。離れた席で食べてる運動部の子も、自分の食べている量を軽く超えていく様を目前にして、あんぐり口を開けちゃってる。
ああいう部活はいっぱい食べなきゃだめらしいし大変だなぁ。
私はどうにも小食でそんなに量が入らない。むしろシエの食べてるところを見てるだけでお腹いっぱい。
「そんなこと、ないと思うけどな……。でもすごいね、そんなに食べてるのにすごいスタイルよさそ……いいよね。うん」
朝から今まで、半日と経っていないけどシエのスタイルの良さは良く分かった。うん、すごく分かった。ええ、とても理解した。
「全体的にスラリとしているのにすごく安定した歩き姿なのは、武道してるって言ってたし、やっぱりそのおかげなのかな」
「そうですね。自分なりに必死に取り組んできたものですから、成果が表れているというのは嬉しいものです」
「へぇー、武道って言ってもどういうヤツなの? 私、映画とかでしか見たことなくって」
「私のものは決まった流派のようなものはありません。教えてくれた人もそう言っていました。ですので…我流、のようなものになるのではないでしょうか」
「へぇ…、なんだかすごそう……っ」
「そう言ってもらえてうれしいです。またいつか、お見せすることもあるかもしれませんね」
「えっ、いいの? やった、楽しみにしてるね。でも、もっと来るのが早かったら部活とかにも参加できたかもしれないのにね」
「はい、それは少し残念です。ですが、ここに来れてよかったと思ってますよ」
「え? もう何かいいことあったの?」
「ええ、それはもちろん」
「へぇ、なになに? カッコイイ男の子見つけたとか?」
女子が集まればまずはコイバナ、それはもう定められたもので私も例外じゃない。ふっふっふ、シエにもその洗礼を受けてもらおう。
もしもそうなら、どんな子かなー?
「アヤネに会えましたから」
「ふえ?! わ、私!?」
「はい、とても親切で優しい人です。アヤネに会えてよかったと思います」
屈託ない笑顔で言われてしまうと照れてしまって、上手く言葉が出てこない。ま、まさか同じ女の子からそんなことを言われる時が来るだなんて思いもよらなかった。
「わ、わたしなんてそんなそんな…っ。でも、ありがとう。とっても嬉しいっ」
「喜んでもらえたならよかった。私はあまり同世代の友人がいなかったので距離感がつかめなくて……」
「そうなの? ならこれから分かるようになるよっ。この学校、皆良い人ばっかりだから」
「…はい、そうなったら嬉しいです。でも私、さっき言っていたヨナギという人に興味がありますね」
「えっ、あー…、夜凪くん? 興味、興味……あるの?」
「え? はい、どんな人なのかアヤネの所感を聞いても?」
「ひぁ?! 所、所感?! それって私が夜凪くんのことどう思ってるかってこと…?」
「ええ、そうです。さきほど彼の話をするときのアヤネからは仲がよさそうな間柄であるようにに感じたので」
「え、えぇっと。夜凪くんはね……、そのぉ?」
「………?」
シエ、そんなに真っすぐ見つめられたら出てくるものも出てこないよ。ど、どうしよう。
よよよ夜凪くん? えええっとぉ、ぶっきらぼうの中に優しさがかくしきれてなかったりとか色々言いながらも優しかったりとか二人で歩くときは車道側歩いてくれてたりとかこっちを見る時の目が無垢だとか座ってる時見える寝ぐせが可愛らしいとか寝ちゃってる時の顔が可愛いとか———!?
う、うぅぅ…変に緊張しちゃって変なことばっかり考えちゃって頭の中身が飛び出しちゃいそう。
「ぐ、むむむむむ———」
「ア、アヤネ? なにか問題があるなら無理をしなくても———」
「そ、そうっ!? それ、ならっ! 今はちょっとパスで、パスでお願い!」
慌てふためきながら立ち上がると、午後の授業開始5分前の予鈴が鳴り響く。
「ふぇ?」
辺りを見渡すともうほとんどの生徒がいなくなっていて、皆はもう教室に帰ってしまっているようだった。
「あ、あぁ…! 私たちも戻らないと、でもシエってまだ食べ終わって———、えぇ…?」
「いえ、問題ありません。それではお話はまた次の機会ということですね」
目の前に高く盛られていた御飯もおかずもいつの間にか消え去っている。話しながらだったのにいつの間に消えたんだろう……。
立ち上がるシエのお腹を見てみても膨らんでいる様子は全く見えない。え? あの量の御飯は本当にどこに行ってしまったの?
私の疑問は解決することなく、教室に戻って席に座る。ギリギリセーフ。
(…む、やっぱりまだ帰ってきてない)
前の席にいるはずの彼の姿はまだ戻ってない。午後からなら帰ってくるかと思ったけど、今日はもう来ないつもりなのかな。
(うぅんむ…、うん。明日会ったらお説教しよ)
疑問を持っただけのシエは悪くない。でもその原因を作った夜凪くんにはちゃんとお説教を受けてもらわないと。私のこのモヤモヤは晴れません。
夜凪くんは覚悟してなさい!
□ □ □
「………」
理由は分からないが、隣の彼女は闘志に燃えているらしい。やはり彼との接触によって何らかの問題が発生していると見るべきでしょうか。
(なるほど…、まずは様子見ですね。下手に動くべきではない)
案内された机に座りながら考える。
ここに来た理由を忘れることは許されない。為すべきことがあり、そのために来た。ならば、失敗は許されない。
何としても彼女からの信用を勝ち取る必要がある。
(ですがその前に……、まずは彼)
左斜め前の空席を見つめる。ここに来れば間違いなく接触できると思っていたのだが、逃げられたのだろうか?
けれど、彼女からも彼の名前は出ていた。それも親しいらしい。なら、いつまでも離れているわけにもいかないだろう。
今は耐える時、後は時が解決してくれるのを待つのみだから。
今後、せっかくなので一言メモのようなものを書いていこうと思います。
内容は作品か、書いているときの私事となりますので、興味ない方は無視してください。
まだまだ序盤、滑り出し始めというところです。
おそらく、全体を通して主人公のテンションが一番高いころです。




