10.一夜を仲良く越すために②
「はぁーっ、ったく…。何がどうしてこうなるんだよ」
とりあえず行く当てのない散歩を実行。
既に日は落ちているが、日中の熱をいまだ内包し続ける生ぬるい夜風が肌を舐め、清涼感ではなく湿った感触だけを俺に与えてくる。
「はぁ……、一時間もすれば落ち着いてるといいけどな…」
通りがかった公園の時計を見ると夜8時。周りには不気味なほどに人影はない。そのせいか近くの家から漏れ出す明かりもなんだか虚しく思えてくる。
そりゃまあ、仕方ないんだろうけど。なんとも合理的だと思わされる。
「にしても、一人きりになるの、凄い久しぶりな気がするな……」
元々、日中は何をしなくても皆方が絡んできていたし、夜になれば侵入者への警戒をしていた。結界があるとはいえ、見回りもするし、数も増やさなきゃならない。
そのせいかこっちからすれば四六時中皆方といた気がする。
その上、シエが来てからの毎日は騒がしさが数倍だ。本人に悪気はないし、大真面目なのは昔からあのままだから、どうにも怒る気力が出ない。叱った時、わざとらしくしおれるならこっちもイラつくし、その方が気は楽なくらい。
だってのに———
「アイツ、本気で落ち込んでくるからなぁ……」
あれじゃ怒るに怒れない。なんだか雨の中捨てられて、濡れ切った子犬をいじめてるような気になってくるんだ。
小さなころに比べれば大分明るくなったと言えるが、それでも人の根底は変わらない。
離れてる間に治ってるのかと思ったけど、結局は変わりなかったな。
「……良くも悪くも、だな。いや…悪くはないけどさ……、む」
独り言ちながら、自分の発言に苦笑する。
結局、俺は何処まで行ってもシエに対してだけは甘いらしい。昔はそんなことないような気もしていたが、どうにもダメな主だよ。本当にさ。
「ああいやホント、主ってならアイツは酷い」
つまりはリア、俺を今の状況に追い込んだ美しき悪魔。人でなし。
自分で騒ぎをデカくするくせに、なんだかんだで場を纏める力はあるのが厄介だ。結局何とかするから怒れない。
文句を言ったところで今日みたいに受け流されて別の問題の火種に利用される。あんなのが『纏界』随一の名家であり守護者、しかも当主って肩書は困りもんだ。
被害受けるのは主に俺なのが拍車をかけてる。
「全く……、昔に戻れたならガキの俺をぶん殴ってやりたい」
空を見上げると、月だけは煌々と地上を照らしている。確かあの時も、月だけは綺麗に輝いていたような気がする。
「はっ……、なんでまたあんな女と契約しちまったのか。理解できねえなぁ、ガキの考えることってのはさ」
苦笑いを濃くしながら、誰もいない街を征く。
生ぬるい風が肌を撫でるたびに不快感が襲ってくる。月は地上だけでなく夜闇も照らそうとしているが圧倒的に光量が足りていない。
夜は嫌いだ。俺自身、一人だと思い知らされるようだから。
「けど、まあ、最近は喧しかったからな」
こういう静かな日も、たまには悪くない。そう思えるようになったのがアイツらの影響だって言うなら、今の生活も早々悪くないのかもしれない。
「とはいえなぁ、腹減ったなぁ……」
適当にぶらついているが、シエに飯を頼んだ手前外食はあり得ない。第一、シエの作ったものの方が美味い。
だから、現状一番の問題はというと———
「ホントに一時間で落ち着いてるのか? でないと下手すりゃ野宿だぞ」
皆方の精神が安定しているかどうか。こればっかりはシエと……、不本意だが元凶のリアに頼るしかない。
「……ふん」
まだ時間は余ってる。誰も歩かぬ夜闇を風切り、次はどこへとぶらつこうか。
「———」
「ん? なんだ、お前か。珍しいところで会うもんだ」
暗がりの向こうに見えた一人の人間。その相手は返事を返すことも無く、ただその場に立ち尽くしている。
「せっかくだ、少し話してかないか?」
「——————」
返事はない。が、そんなものは最初から期待していたわけでもない。
そもどこかへ去ろうともしないのだからしばらくはこのままだろう。それなら、俺が勝手に話してるのを黙って聞いてもらうことにしようか。
時間は少し戻ってヨナギ宅。
そこでは謎のうめき声をあげる一人の少女が机に顔を突っ伏していた。
「ううううううぅぅぅ………。わ、私はなんてことをぉぉぉぉお………ぉ」
「どうぞ、お茶を淹れました。一口飲めば落ち着きますよ、アヤネ」
「ぅん……、アリガト、シエ。あとゴメンね。迷惑ばっかりかけちゃって……ぇぇ。……美味しいよぉぉぉ…」
嬉しいのか悲しいのか、泣きそうな顔でシエのお茶をすする姿はなんとも愛らしい。
え? 本当に愛らしいかって? うんもちろん。ただ、ワタシ基準でという前提が付くがね。
「そう落ち込むものじゃないよ、ヨナもあれくらいなら慣れたものでしょ」
「い、いえ…私が最初からちゃんと話しておけばよかっただけですから……」
「ふふっ、とはいえワタシもからかいすぎたかな? 面白いものが見れたからワタシとしては満足だけれど」
彩音のものと一緒に淹れてくれたお茶を口に運ぶ。もうこの味でないと満足できなくなったのは良くもあり、悪くもある。
新しい味に出会っても、それはシエ以下だと切り捨てることしかできないからお世辞にも限界が出てくる。
だが、生きているうちにこの味に出会えたのならそれは何をも超える幸運だろう。
「———♪」
「……あの」
そうして、ヨナが帰ってくるのを静かに待つ中、ふと彩音が口を開いた。シエの方へ目をやるとまだヨナがいつ帰ってきてもいいように鍋の様子を見ている。きっと私から声をかけるまではあのままだ。
だから時間はいくらでも、彩音とはちゃんと話してみたいと思っていたしちょうどいい。
「なにかな?」
「聞いてみたいことがあるんですけど……、いい、ですか?」
「構わないよ。うん、好きなことを聞いてくれればいい」
「どうして……今日、私に泊ればいい、って連絡してくれたんですか?」
そう、ヨナとシエが出て行ったあと、電話の履歴から彩音に連絡。移動も毎日では大変だから泊ればいいと言ったのはワタシ。
そして、二人に伝えなかったのもまたワタシ。
「彩音はイヤだったかな?」
「そう言うわけじゃっ、ない……んですけど……」
「ヨナのこと?」
仄かに頬を赤く染め、指先をもじもじとさせる姿は愛らしい。その様子をほほえましく思いながらカップの縁を指でなぞる。
「そうだね、一番の理由としてはワタシ自身のため、かな」
「リアさんの、ですか?」
「うん、もう分かっていると思うし、ヨナからも散々聞かされているだろうけど、ワタシはそこそこの人格破綻者だ。容姿が飛びぬけて良く、大金を持っていて、家柄もいいから許されているけれど」
「はは……、それ自分で言うんですね……」
「だからこそ、なんだろうね。ワタシはどうにも、歯に衣着せぬ、という言葉が人の姿をしている。だなんてヨナに言われたことがある。
あの時は確か…、言い寄ってきた男の欠点を思いつくままに言ったんだったかな?」
「それは……何というか」
「ああ、そんな話じゃなかったね。理由だった。
一番はさっき言った通りワタシの為。それはこれまでの言動で分かってくれてると思う。つまり、ヨナを困らせるのが好きなんだ。反応が可愛いからね。
二番目は、そうだなぁ……。少しだけ応援してあげようかと思った。かな?」
「応援、…ですか?」
「うん、初々しいのも結構だけど、ヨナったらどうにも受け身だからね。彩音の方から一線超えるくらいしないとヨナを自分の物にするのは無理だよ?」
「———にゃっ!? …げッほっ、ごほ、ごほっっ……!」
「はいティッシュ。そうだシエ、布巾をちょうだい」
「はい、ただいま」
「ありがとう、シエも話さない?」
「…いえ、私がお二人のお話に入り込むなど恐れ多いです。……身の程は、わきまえているつもりなので」
「…そっか、とりあえずは分かった。布巾ありがとう」
「いえ、当然のことですから」
元の立ち位置に戻るシエから布巾を受け取り、お茶が軽くこぼれた机を拭きとる。
「けほっ……、ふぅぅ、あっすいません。またご迷惑かけてしまって……」
「いいよ、この程度迷惑にも入らないから」
ようやく回復した彩音は気恥ずかしさからか、一線を超える。という意味を想像したからか、さっきよりもより濃く頬を染めていた。
「フフっ、本当に可愛いね彩音は。可愛がりたくなって仕方ない」
「…もうっ、からかわないでください」
「ゴメンゴメン、だからそう怒らないでくれ。もちろんお詫びはさせてもらうし、いつもなら有耶無耶にするけど彩音相手ならこちらも礼を尽くすよ」
「そ、そこまで大げさに言われちゃうとちょっと緊張しちゃいます……」
「ん、そうか? 折角ヨナと二人きりで一晩同じベッドで———」
「ああーーー!? わぁーーー! 聞ーこーえーまーせーんー!!」
耳をふさいで声を出して言葉を遮られてしまった。
(なるほど、この性格なら納得)
これまでどうして何も起きなかったのか気になってはいたけれど、この彩音の性格なら納得できる。なんにせよ、ワタシが来てよかったと言えるかもしれない。
物事を回すには手を加える存在が必要だ。
「そうか、それは残念」
「もう…っ、リアさんったらいつもこうなんですか?」
「いつも、とは?」
「その…、夜凪くんと一緒に住んでた時とか」
「そうだね、自分では変わってないつもりかな。そういった部分はきっとヨナに聞いた方が良い。話題にもなるし」
「そう、ですか」
一応の納得を得たのか、彩音は気を取り直してカップを口に運ぶ。それは彼女自身の仕切り直しか、次の質問への助走なのか。それともその両方。
なんにせよ、彼女の聞きたがっている話は他にある。そして、その質問は———
「もう一つだけ、聞いてもいいですか?」
「ああ、何でも。そう言ったつもりだよ」
「………えっと」
「うん?」
「夜凪くんと、二人の関係って……。一体……?」
「そうだね、気になるのも仕方ない。どこから話せばいいものかな……」
当然だ、ヨナとシエは隠し事が下手だ。けど頑張って隠そうとはしているから、隠そうとしている相手に気を使わせてしまっている。
“この話を聞いてしまってもいいのだろうか”、と。
だから聞くならワタシしかいない。
ワタシであれば何の気なしに答えてくれるのではないかと思っているし、事実それは正しい。これまでのヨナの努力を無為に帰してしまう部分はあるけれど、それはそれで許してほしい。
だってワタシがここに来た理由の大部分はそこに在るのだから。
「でも、聞くのがほんの少し遅かったね」
「え? おそい?」
予想外の返答が返ってきたせいか、キョトンとした表情を見せる彩音。うん可愛い、けどこの顔を次に見ることができるのは先になりそうだ。
何故かって? それはもちろん、家主のご帰還だからだとも。
「戻った……。皆方、もう大丈夫そうか?」
「あ」
「おや、時間切れのようだ。この話はまた今度二人きりになれたらね」
「はい……」
わざとらしく、おおいにわざとではあるけど肩をすくめて答えると、彩音は実に残念そうだった。まるでおやつを取り上げられた子犬。
可愛そうだけど、その姿が可愛いからいじめてみたくなってしまう。
「さてさて、これからは彩音次第だね。頑張って謝るといい」
「…はい……ぃ」
すでに定位置となった席を立ち、お気に入りとなったソファに寝転ぶ。
ヨナの元へ向かおうと、勇気を振り絞る彩音の元へシエが合流。きっと二人で、仲良く行くんだろう。だからワタシからも少しだけ、発破をかけてあげようじゃないか。
「彩音、シエ」
「ハイ、リア様」
「は、はい?」
「さっき彩音にはああいったが、私としてはお前たち二人であれば、ヨナを好きにしてくれていいと思ってる。ああ別に二人とも愛してもいいんだよ? その時はワタシも混ぜてもらおうかな?」
「ななななにをぉぅ!? いきなり何を言い出してるんですかぁ?!」
「——————」
「いやいや、それでも構わない。というだけでね、そう言う未来の可能性もアリ。そう思っているだけ。それがイヤなら相手に気を遣わずに自分の手で手に入れるといいさ。うん、そちらの方がワタシ好みだしね」
慌てふためく彩音、固まるシエ。
うんうん、やっぱりそれぞれ異なったリアクションをしてくれるとこちらも楽しい興が乗る。
なんて、言っていても仕方ない。折角ヨナが帰ってきたのだから早く晩御飯をいただきたい。返ってくるのを待っていたんだから感謝してもらわないとな。
「ふふーん、精々足元をすくわれないように気を付けるように。あんまり遅いと私がかっさらうぞ?」
「な———ぁ」
「———そ、そのようなっ……」
固まる二人の間を通り抜けながら声をかけていく。
当然この言葉にも嘘はない。何といってもワタシは正直だ。この二人が行動を起こさいならヨナは私のものさ。ま、元々ワタシのものだけどね?
玄関から声をかけて数分、念のため様子を見ていたけど返事は無し。わざと無視されているか、まだ怒っているか。皆方が出るに出てこれないか。
「しっかしなぁ…、ったく……返事がねえってのはそれこそ完全に忘れられて———」
「おかえり、ヨナ。散歩はどうだった?」
「ん、お前が来るとは思わなかった。…外は……、何もなかった、やんなるくらいに」
「そうか、じゃあ仕方ないな。さて、ヨナも帰ってきたことだし食事にしようか」
「なんだお前、食ってなかったのか。先に食べといてくれてよかったのに」
「んー? それでもよかったんだけど、なんだか気が乗らなくてね。…せっかくヨナがいるんだ。それなら一緒に食べたいのさ」
「……ったく、お前がしおらしいとそれはそれで変な感じだ。奥に二人いるんだろ?」
「ああ、そろそろ動き出す頃かな。続きはまた今度、その時はまた困らせてあげよう」
「その前にちゃんと、ここに来た理由説明してもらうからな。忘れんなよ」
「当然だとも、ワタシがヨナとの約束を忘れたことがあったか?」
「今現在進行形、ってな。まあ……リアなりの考えがあるのは分か———」
「おかえり夜凪くん! さっきはごめんなさい!」
「おかえりなさいませヨナギ様。お食事温めておきました。すぐにご用意いたしますので先に入浴なさってください」
ドタドタと足音を出しながらやってきた二人はなんだか様子がおかしかった。いや、皆方は分かる。暴走して俺が外に出る原因を作ったからな。
でもシエ、なんでお前までちょっと焦ってるんだ。髪の毛跳ねてるぞ。
聞きたいのは山々だが、さっきみたいなことになってもいい加減困る。今は大人しくしておくのが一番らしい。
なんで何も悪くない俺が一番気を使ってるんだろうなこれ。
「あ、ああ…じゃあさっさと風呂入ってくる……わ」
「う、うん行ってらっしゃい」
「……なあ、皆方」
「ひ、ひゃいっ!? にゃんでしょうか夜凪くん!?」
「……あー、いや…。後で、いいや」
「そ、そっか……うん。心の覚悟は…出来てます……。…ハイ」
さっきの勢いは何処へ行ったのやら、落ち込んだ姿がおかしくてつい笑えて来てしまう。
「ははっ。そりゃよかった、また刺されそうにならずに済みそうだな」
「…もう、笑わないでよぉっ」
「そりゃ無理な相談だ。なんにせよ後でだな。あんまり待たせるとそこの元凶が空腹で暴れ出す」
「む、それはワタシの事かいヨナ、それは心外だ。その程度の時間待つことなんて———」
その時、リアの腹から空腹を知らせる音が鳴った。小さく、細い音だったが間違いない。
「…違うぞ」
「何が」
「今の音」
「なんの」
「だから…」
「ふぅん」
「おいヨナ……」
「仕方ないね。シエ、先に飯にしよう。暴れ出す前に倒れそうだ」
「ふふ…っ、はいヨナギ様。準備いたします」
「アハハ、リアさんも十分可愛いと思いますよっ。あ、待ってシエ、ちゃんと私も手伝うよ。迷惑かけた分しっかりと!」
キッチンに向かう二人の後を追い、靴を脱ぐ。
腹に手を当てて固まったリアは放っておいても動きそうになかったから声はかけておいてやろう。
「…そっちはそっちで仲良くなったみたいだな。二人でいるとき以外に、お前の腹の音なんて聞いたの初めてかもだ」
「むう、まさかヨナにからかわれる材料を明け渡してしまうとは。これまでの苦労がパァじゃないか」
「確かにそうだな。…ただ、隙を見せてもいい相手くらい、居てもいいと思うけどな、…俺はさ」
「………」
「…なんだ、今の言葉は気にするな。お前には無理なことくらい分かってるさ」
「そっか、それならいい。———少なくとも、ヨナは分かってくれているからね…」
「ん? なんか言ったか?」
「…ふっ、いいや何でもないさ。さてようやくの食事だ。ヨナがあんまりにも遅いからお腹が空いてしまった。反省しろよ?」
「そりゃお前だろ。次やったら……、何て言ってもやるだろうからいいや…」
「ふっふっふ、良い心がけ。頭を撫でてあげよう」
「それお前がやりたいだけだろ。あと汗かいてるから止めとけ、手が汚れる」
「むぅ? まったく仕方ないなぁヨナは」
「言ってろ」
「ああ、お二人ともお座りになってください。トラブルの発生があったとはいえ、想定以上の煮込み時間を得ることが出来ました。予定していたいものよりも良いものが出来上がったかと」
思ってたよりも話してたのか、それとも二人の準備が早かったのか。リビングへのドアを開けると、テーブルの上にはもう料理が並べられていて、美味しそうな匂いを放っていた。
「ケガの功名、ってか? 俺的にはもうごめんだが」
「はい…それについては私が悪いです。反省しております…」
「シエの飯が美味くなったのに免じて許すけど、今回だけだからな。今度からはちゃんと話聞いて、それから行動を……いや、そもそも暴れないでくれ」
「ハイ……、肝に銘じます……」
「よし。じゃあ、…食ってもいいのか?」
「もちろんです。そのためにご用意致したのですから」
「そっか、そんじゃまあ……。いただきます」
ずっと一人だったから結構違和感が残っていたが、最近になって皆で食事をとるのも慣れてきた。
今日もいろいろあったけど、なんだかんだ丸く収まって良かった。
シエの言っていた通り、時間が掛かったせいか煮込んでいたであろう牛肉には味が染み込んでいて、大きな塊に見えてもかみ切ることができるほどに柔らかい。噛む度に染み出す肉汁は、美味しさの源があふれ出してくるかのよう。
だなんて、食事中に考えてしまう程度には余裕が出てきたらしい。自分の事ながら変な感じだ。
「しっかし、そもそもなんでこんなことになったんだっけか」
「夜凪くんが二人と一緒に寝てるだなんていうから」
「言ってない、それはシエが一緒に寝たい、みたいなことを言ったからだろ。それに、それ自体昔の話だ」
「初めにその話をしたのは私です。ヨナギ様を困らせるつもりは無かったのですが……」
「そうそう、シエもワタシも一緒に寝ていたことは事実だけどね。そこでちゃんと訂正をいれることのできないヨナにも問題はある」
「第一、煽ったのはお前だろうが」
「んー? そうだったかなぁ。覚えていないなぁ?」
「コイツ……ッ」
「まぁまぁ…、夜凪くんも落ち着いて…、ね?」
「…ったく、本気で一回殴った方が良いんじゃないかと思う時がある」
「そんなことをされたら死んでしまうよ。ヨナときたら暴力的だなぁ、いや、情熱的というべきかな?」
「アホなこと言ってんじゃ……。いつもの事か」
「物事の初め、という点で言えばヨナギ様が調理中にキッチンに駆け込んできた時からになります」
「ああそうだった。なんだったかな、皆方に何か言って———」
「「「あ」」」
なんでみんな揃って忘れてたんだ。…リアは絶対憶えてたな。
一番の問題。少なくとも、それは俺だけにとってかもしれないけど大事なことで。ひとまず今日中に解決すべきことだった。
今度は誰かが暴走することも無く、食事も問題なく終わると片付けもほどほどにそのまま会議へと移行する運びとなった。
議題は考えるまでも無く、当然———。
「え、泊まんの? マジで?」
「えーっと、泊まろう、かな? …マジで」
今日から、皆方が俺の家で寝泊まり、実質同棲状態となることを是とするかどうかだった。
「リア様の指示ですでに寝床の準備は整っております」
「どうしたヨナ、別にベッドを持ってきたわけじゃないんだ。一緒の部屋…、いや一緒の布団で寝たいのなら最初からそう言えば———」
「そこじゃねえ」
「そこじゃ、ないですっ」
さっきのこともあって常識と冷静さを会得するに至った皆方、これでようやく話がまともに進みそうだ。
もう片方はというと———
「私は空いた場所で構いません。問題はお布団を敷く場所になりますね」
「合ってるのか間違ってるのか…」
「間違っては、無いんじゃないかな…? で、でもシエはもう賛成みたいなものだし、リアさんもオッケーって言ってるから賛成多数だよ!?」
「俺にとってはそれが一番の問題だよ…」
リアは言い出しっぺだから当然賛成。皆方は考えるまでも無し。
唯一の頼みの綱、シエときたら今回はあっちについている。さも当然の流れって顔をしてるからほぼほぼ無意識に近い。
「でもなぁ、何かある度に今日みたいに襲い掛かられても敵わんぞ」
「あ、あーいうのはもうしません、しませんのでどうか何卒お許しを…」
「それに———」
もう一つの理由を口に出すわけにはいかない。
リアも当然そのことは分かっている。なのに同居なんてことを推し進めているのはどういった了見なのか。
だからリアへとアイコンタクトを送ってみるが、当然アイツはニヤニヤするばかり。これはもう……、無理だな。
「……ルールを、決めよう」
「え? ルール?」
「実質、ウチに住むってことなら、ルールを決めないと厄介だ。……男は俺一人だぞ? 面倒ごとが起こるに決まってる」
「え、それじゃ!」
「待て、だからマテ、ルールだ。規則を決めないとダメだ、許可しない。こればっかりは妥協できん」
そう、もはや災厄が避けられないなら起きた後のことを考えて行動するしかない。
「おおヨナ、ようやく折れたか? それじゃあまずはだれがどの部屋で寝るか———」
「それはもう俺が一人で寝られれば何でもいいよ。そのために二つも布団レンタルしてきたんだろうが」
「一つにしておくべきだった」
「アホウ」
「それではヨナギ様は今までと変わらず、ベッドで寝られればよろしいですね。ただ、私が使わせていただいているベッドですが、アヤネとリア様のどちらがお使いに……」
「それならそのままシエが使うのじゃダメなの?」
「お客様でもあるアヤネと、主であるリア様を、布団があるとはいえ床で眠らせ、あまつさえ私などがベッドを使わせていただくなど恐れ多く……」
相も変わらず自分より他人な模範的従者である。
「じゃあシエがソファで寝て、俺とシエのベッドを二人で使えばいい。それならシエも気にならないだろ」
「ダメです! それではヨナギ様が床で眠ることになりますっ!」
「別に、それくらいいだろうに。そこまで気にするようなことでも———」
「ヨナギ様でもこれは譲れません———」
「本当にシエって夜凪くんたちのこと大切なんだねぇ」
「うんうん、いい子に育ってくれて本当に嬉しいよシエ。身の回りのことも何でもしてくれるし」
「料理も上手ですもんねぇ。隣で見ててもホレボレしちゃいますもん」
「料理か、最初に作ったのはいつだったかな…? お茶を淹れてくれてたけど、料理も同じくらいの時からだったかな?」
「おいそこの暇人と当事者、言い出したのはお前らなんだからちゃんと聞けって」
「そもそも何が問題なの。シエの言い分だとシエ以外がベッドに寝られればいいだけじゃない」
「そのベッドが二つしかないから問題なんだろ。新しいのが来るまで話し合うつもりもないぞ」
「だから新しいのが来るまで一つのベッドで一緒に寝ればいい」
「それはダメだっていうのは最初に言った」
「んー? おやおやぁ?」
「な、なんだよ……」
訳は分からんがリアが嫌らしい笑みを浮かべている。また変なことでも思いついたか?
「ふっ、まあ変にもったいぶる必要もないか。シエが布団、彩音とワタシが一緒のベッドで寝れば解決でしょ? 二つレンタルしたのは無駄になるけど」
「……まぁ、間違ってはない、のか?」
確かに、頑なに俺たちをベッドで寝かせたがるシエが布団で寝るのは確定。そうなると皆方をどうするかだったが
「ハイっ、それでしたら私も問題ないかと」
「よし、これで決まりだな」
さて、一際面倒なことはとりあえず決まった。注文したのが来るまでだがそれでも決め事は大事だからな。うんうん。
「ちょ、ちょっとみんな?! 私の意見は!?」
「あん?」
「はい?」
「おや?」
そこで机に手を叩きつけるは皆方。
なんだ、話を聞かない連中の中でようやく話がまとまりそうだってのに。
「いや、別に女同士だしいいだろ。」
「よ、よくないよっ! あ、ええっと今のはリアさんがイヤとかじゃなくって……。そ、そう、やっぱり一人用のベッドを二人で使うのは迷惑かけちゃうかもしれないですし———」
「ワタシは別に構わないけどね。むしろ歓迎。可愛い彩音を抱きながら寝られるんだ。ふっ…これではヨナが嫉妬してしまうな」
「また始まった……」
「む、反応が薄いぞ。もっと構ってくれてもいいんじゃないのー」
「シエー、お茶お代わりー」
「ハイただいま。お二人の分もご用意しますね」
「むぅ…ヨナが冷たい」
「あー…はは、うん、いただきます」
もう一々相手するのも疲れた。早く決めごとだけ処理して寝ちまいたい。
「でだ、それじゃあ皆方はどうしたいんだよ」
「だから普通に布団でいいってば、夏休み中泊まり続けるわけでもないし、ベッド使わせてもらうだなんて悪いよ」
「…ですが、それではアヤネにご満足いただけるかどうか……」
「もうっ、シエったら考えすぎだよ。私はホテルのサービス受けに来たんじゃなくて、シエっていうお友達のお家に泊りに来てるの。だから普通にしてくれていいのに」
「そこは諦めろ、それがシエの普通だ」
「う、ううっ、しかしアヤネ。その…私のようなものを友達と呼んでいただけるのは大変、非常に、これ以上なく喜ばしいのですが…その……」
シエは嬉しさを隠し切れずにそわそわと身を震わせ、周囲へと視線をさ迷わせている。その上で何かを言えずにいるらしい。
「わたしなど———」
「よし、話は決まったみたいだね。ワタシとヨナが今まで通りベッド、シエと彩音が並んで布団だ。うんうん、綺麗に収まったねぇ」
「はぁ……、初めから分かり切ってた配置になるまで時間かかりすぎだろ。えーっと、後決めとくのは———」
時計を見ると10時を超えている。もう夜も遅くなってきた以上、こんなことで時間を掛けたくないんだよ。
そう思って、次に振った話題が悪かった。
「私は最後で構いません、掃除もありますし」
「つまり、ワタシ達がヨナの入った湯舟に浸かるか、ヨナが私たちの入った湯舟に浸かるか、だ」
「…女の敵?」
「もういいだろそれ」
どの順番で風呂に入るか、まさかこれだけのことでさらに倍の時間が掛かるだなんて思うかよ。クソ、帰ってきてすぐに入っておくべきだった。
そう思ったのももはや手遅れ。結局俺が風呂に入ったのは0時近くになってからだった。
…初めからシャワーで済ませれば終わる話だったなこれ。
今日はなんというか、色々、そう色々あったけどようやく落ち着いた。今はリビングにシエと私のお布団を並べて敷いて、明日の洗濯とか朝ごはんの準備をしてるシエを待ってるところ。
先に眠ってくれて構わないと、シエが気を使ってくれて照明は薄暗い。
「無理を言ったの私だけど……通るなんて…」
自分でいうのもなんだけど、結構勇気を出したものだと思う。まさか夜凪くんの家で寝泊まりすることになるだなんて思わなかった。
(…なんだか緊張する)
当然、彼は自分の部屋で寝ているけれど、10メートルも無い距離に彼が眠っていると思うとなんだか意識しちゃう。
(電話で言われた時はびっくりしたなぁ)
言い出したのはリアさん、なんでそんなことをしたのか聞いたら「面白そうだから」だなんて返事が返ってきた。その後の様子を見てると本当にそう思ってるみたい。
だけど…、本当にそれだけなのかな?
「んーーっ、……っふぅ…」
布団の中で伸びをして、今度は逆に丸まってみる。
身体的には疲れてるしお布団に沈み込んでいく感じはあるんだけど、なんだか目が冴えちゃっててうまく眠れない。
「んー……」
「アヤネ? どうしました?」
布団の上でゴロゴロしていると、背後から声。振り返ると、シエが用事を終わらせて自分用の布団に身を滑り込ませるところだった。
寝返りを打つとシエと鏡合わせ、二人で寝ころびながら見つめ合う。なんだかここにきてようやくお泊り会って感じがしてきた。
うんうん、やっぱりこうじゃなくっちゃ。
「あぁシエ、ううん、なんだか眠れなくって。シエの方は明日の準備終わったの?」
「はい、準備といっても洗濯機と炊飯器の予約をしただけですが」
「そっかぁ、出来る女は違うなぁ」
「それほどの事では……っ」
うす暗い中でも分かるくらいに顔が赤くなった。普通なら誇ってもいいのに、ここまでアタフタしっぱなしなシエはなんだかとてもカワイイのです。
「ふふっ、そんなに謙遜しなくていいのに、心からそう思ってるよ? 私ももっと前から練習しておけば良かったかなぁ、なぁんて思っちゃう」
「あの程度であればアヤネもすぐにこなせるようになりますよ。むしろ以前からしていて尚、私はあの程度なのです…。ヨナギ様にもご迷惑ばかりかけてしまっていて……」
「あー、れは……いいんじゃ、ないかな? ……別に」
シエは何というか、失言を失言と思わず口にしちゃう時があるから夜凪くんとしては困る時が結構ありそう。というか、そのおかげで私が変に暴走しちゃうときあるし…、反省します。
でも、嘘がつけない所は良いところもあると思う。やっぱり信頼できる相手だっていうのは良く分かるし、友達として信じられるのは嬉しくなっちゃう。
(シエに聞けば……、私の知りたいこと…、答えてくれるかな…?)
ふと、頭の中に言葉がよぎった。
夜凪くんのことやシエ、リアさんの事。みんなは私に、何か隠しているような気がしてしまう。どうしてそう思うのかはよく分からないし、そう思うような事があったわけじゃないけど、どうしてか頭に浮かんでしまった。
「あの———」
「それに私は……、アヤネの方が凄いと思っています」
「え…?」
口を開いた瞬間、思いがけない言葉が耳に届いた。
シエより、私の方がすごい?
「どうして? それを言ったらシエの方が何でも出来るのに。ま、まあ考え方によってはシエの知らないことも知ってるだろうけど、技術? みたいなものだったらシエの方が断然上だよ」
「いえ…そのようなことではないのです。アヤネは、私には絶対に出来なかったことをしてくれたのです。ただそれだけで、私はアヤネに頭が上がりません。……一生を掛けて感謝してもし足りないほどに」
「そ、それは大げさすぎるよ……」
いつも大げさな物言いをするシエだけど、今の言葉にはシエ自身のナニカが詰まっているように思えた。
「大げさなどではありません。アヤネ、ありがとう。アナタのおかげです」
「えへへ……、私のおかげって言われても困っちゃうなぁ。いつの間にか凄いことを成し遂げちゃってたかぁ」
「ハイ、ですのでアヤネは私などよりもずっとすごいのです。少なくとも私は、心の底からそう思っています」
「そっか…、シエが言うなら本当にそう思ってるんだね。心当たりは…あんまりないけど、そういう事にしておこっか。あ、でも私なんかって言い方はダメだよ。シエが凄いのは本当の事なんだからっ」
「そ、そうなのでしょうか? 私自身、毎日が反省ばかりの非才の身なので、そういったことを考えたことは無く———」
「ううん、凄いの。私が言うから間違いなしっ。ふふっ、それでいいの」
「は、はあ…」
キョトンとしながらも納得してくれはしたみたい。いつかシエが自分の凄さに気づく日が来るのかはちょっと怪しいけど、それはそれで素敵なことじゃないかって思う。
だって、ずっと努力を本気でし続けられるってことは、何にも代えられない才能だって思うから。
「ん…、くわぁ……」
「アヤネ、眠たいのでしたらこのままお眠りください。大丈夫、何が起きても傍を離れませんから」
「ふふぅ…、大げさだねぇ。シエは……ふぁあ…。んー、カワイイ……」
「ふゃ、み、耳はくすぐったく……っ、くふふ…」
シエと話してるうちに体が暖まってきたみたいで、急に眠気が襲ってきた。でもなんだかこのまま寝ちゃうのはもったいない気がしたから、手を伸ばしてシエの顔を撫でてみる。
柔らかくてすべすべとした手触りが心地いい。くすぐったがっているシエの表情が瞼の裏に隠れていく中、伸ばした手が暖かなものに包まれる感覚。
きっとそれはシエの手で、全身余さず温もりに包まれた身体では睡魔が勢力を伸ばしていくのが感じ取れる。
「ん……、おやす…み。シエ……」
「はい、よくお休みになってくださいアヤネ」
「あり、がと……ね…。ぅん……、ん、ん———」
その後のことは覚えてない、つまり寝ちゃった。
でも最後に覚えてるのはシエの優しい笑顔で、こんなにも良い子が夜凪くんを慕ってると思うと、女ながらに妬けちゃいそう。
うん? もしかしてこれ、そんなこと言ってる場合じゃないのでは?
なにはともあれ、男一人、女三人という、彼にとって多数決が意味を失ったこの家で新たな生活が幕を開けた。
しかし、これから起こる出来事を完全に知る者は誰一人としていなかった。
だからこそ、結末は誰もが望むものではないこともまた、知る由もないのだ。
当初、ハーレム主人公でも書いてみようかと思って書き始めた本作ですが、このあたりでようやくそれらしくなってきたように思います。
美男美女、異性同性はあれど同じ屋根の下で生活。というのは男女ともに憧れるシチュエーションかと勝手に思っているのですが、彼女らとの生活は慌ただしくなりそうです。
ラブコメばかり書いていて本筋が全く進んでいませんが、バトルはあと少し先になります。もう少々お待ちいただければと思います。




