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万能召喚士と恵みの女帝  作者: 竜鬚虎
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第五十六話 婚約

「くそう、何だよこれ!? 身体が石みたいに冷たいぞ!」

「息がない……息を止めても、何で苦しくならないんだ!?」

「嘘だ! 俺が死体の化け物なんて! 夢なら覚めてくれ!」

「立った! 立てたぞ! 今まで死にたいぐらい苦しかった病気が、嘘のようでおじゃる!」


 和己が王宮へと向かう道中。彼らは毒ガスで死んだ人達が、次々と蘇っていくのを目撃した。そして彼らの姿に、聞いていた話との違いに困惑していた。


「なあおい……グールってのは、ゾンビ映画みたいに人に襲いかかるんじゃなかったのか?」


 その違いとは当然それ。彼らはまだ、ゲドからの説明を聞いていない。

 彼らはグールとなっても、生前の自我を失っていない。肉体の変容に絶望する者もいれば、生前の怪我や病気が治って、喜んでいる者もいる、何とも不思議な光景である。


「あいつら本当に死んでんのか? 生きてる人間と、あんま違いないぞ?」

「でも匂いが変わってる……まるで石ころみたいに、生きてる匂いがしないわ……。ちょっとハリエット、これってどういうこと?」

「そんなこと私が知るか! あれは只アンデットを生むとしか聞いてない!」


 セイラが拘束して引き摺っているハリエットに聞くが、彼女にもこの状態が判らないようだ。


『どうやらあちらさんに、予想外の事があったみたいだな。これも和己の力じゃないのか?』

「まあ、それもいいか。これで奈々心国が、ゾンビ共に襲われることもないし……」


 彼らはこの異常事態に大騒ぎで、和己達不審者など目もくれない。彼らは一旦戸惑って足を止めていたが、すぐに気を取り直して、王宮へと走って行った。






 思ったより遅れて、王宮に辿り着いた和己達一行。カーミラが破壊し尽くした庭園に上がり込む。そこで彼らは、またまた予想外の光景を目にすることになった。

 その庭園には、何百人もの人々がいた。服装からして、恐らく王宮で働いていたのだろう、親衛隊や使用人達だ。

 そんな彼らが、何故か全員王宮の外に出ていて、学校の全校集会のように、この庭園に立ち並んでいるのだ。


「はぁあああああっ!」


 その中に、作業服を着た一人の少女が、何やら掛け声を上げている。これを全校集会に例えるなら、彼女は校長が立っていそうな位置にいる。

 彼女はただ声を上げているのではない。その直後に、彼女の掌から、オーロラのような、神秘的な白い光が、眩く放たれる。そしてその光が、彼女の近くにいる、数十人の人々を覆い尽くした。


「おおおおっ、戻ったぞ!」

「脈だ! 脈がある! 息もしてるぞ!」

「ありがとうございます陛下!」


 すると何故か突然喜び出す人々。彼らはその少女に、歓喜を上げながら礼を言っている。そしてその場から少し離れた、庭園の位置へと移動していった。

 そこには彼らと同じく、用を済ましたらしい別グループの者達が、数十人ほど待機していた。だが和己達一行が驚いているのは、そういうことではなかった。


「今、陛下って言った? ……じゃあ、あの人が女帝陛下なの?」

「顔とか案外普通だな。絵にあるほど美人じゃないしよ。それに何だあの汚い服……うごっ!?」


 その光景を、少しは慣れたところで目撃した一行。人々は、まだ和己達に気づいていない。セイラは生まれて初めて見る、女帝の姿を見て、大層驚いたようで、呆然としていた。

 メガの方は結構冷静だった。彼が率直な感想を口にした途端、我に返ったセイラの薙刀の柄が、彼の脇腹を強めに小突く。どうやら今の発言に怒ったらしい。


「メガ! 陛下に何失礼な事言ってるの!」

「失礼って……ああ、判ったよ! しかしあいつは……いや! 陛下は何をしておられるのかな!?」


 セイラの冷たい視線を受けて、慌てて言い直すメガ。彼の言っている疑問は尤もだが、当にその行動の意味を理解したらしいジャックが解説した。


「あれは回復魔法だな。しかも最上級の死者蘇生だ。さすがは女帝、大したもんだ。どうやらそいつで、グールになった奴らを、元に戻してるようだな」

「戻す? マジで?」

『ああ、マジだ。体温も脈拍も、あの光を浴びた後で、一瞬で標準に戻ってる。さすがは100年以上も、一国を支えていただけのことあるな。……それであいつをどうする和己? …………和己?』


 ジャックは、目の前で救命活動をしている女帝を、自分たちがどうすべきか問う。だがそこで和己の様子がおかしいことに、皆が気づいた。

 女帝の顔を見た途端、まるで石のように固まり、セイラ達以上に唖然とした顔を見せていた。しかも気を取り直すのが、大分遅く、未だに衝撃から立ち直っていないようだ。


「和己さん? いったいどうなさって……」

「雨宮さん……何でここにいんの?」


 和己が唖然とした表情のまま、ポツリと小声ではなった言葉は、一行を更に新たな驚きを与えることになった。


『雨宮? もしかしてお前の想い人ってのは……』

「いやいや、そんな筈ねえ。悪いな、少し戸惑った。とりあえず、今は治療中みたいだし、しばらく様子を……」


「奈々心、あんた大丈夫なわけ?」


 こんな所に雨宮 奈々心がいる筈がない。彼に我に返って、しばらく静観しようと言いだしたとき、丁度上手いタイミングに、彼女の名を呼ぶ者が現れた。

 それは王宮の入り口の方から顔を出してきた、カーミラであった。先程殺しかけたような剣呑な雰囲気もなく、あっさりとした感じで声をかけている。どうやら今までは王宮の内部から、外の様子を見ていたため、和己には見られなかったようだ。


「いえ、まだ大丈夫です」

「あの鉄を作るのに、結構な力を使ってたでしょ? まあ、お前がいいなら……あっ!」


 カーミラが少し離れた所にいた和己に気づき、思わず声を上げる。奈々心も、奈々心の方ばかり見ていた人々も、その顔を見て一斉に和己に気づく。


「奈々心……」


 和己は先程聞いた、女帝の本名に大分困惑している様子。そっちから彼女らに話しかけようとする様子はない。


「もしかして、あの人が和己さんですか?」

「ええ、そうよ。それであんたの婚約者……」

「はっ?」


 奈々心の質問に、一言追加した内容で答えるカーミラ。この話になると、未だにカーミラは、苦々しい顔を見せている。

 一方の奈々心の方は、あの時と同じように、またもや呆然とした顔をしてみせる。これには奈々心だけでなく、横で話しを聞いていた人々も驚いている様子。


「陛下、いつのまにか婚約を?」

「いや、知らないし! さっきゲドさんも言ってたけど、それって何の話し!?」

「詳しいことから本人から聞きなさいよ! 丁度こっちに来てるし……」


 見ると和己が、メガとセイラに引っ張られながら、奈々心のいる王宮前まで前進していた。そんな彼の道行く先で、人々は即座に彼に道を空ける。

 そして今、和己と奈々心が、この世界で……いや、この時代にて、初めてお互い顔を合わせたのだ。


「ええと、本当に雨宮 奈々心さん?」

「うん、そうだけど……あなたは?」


 お互い当惑しながら、王宮前で顔を見合わせる二人。何が何やら、互いに話しが判っていないようである。


『なあ、こいつはどういうことなんだ? カーミラは知ってるのか?』

「ここは私と和己にとって、異世界じゃなかったんだ。ずっと未来の世界だった。どうやら奈々心は、異界の魔道士から不老の力をもらって、今まで生き延びていたみたい」


 話しが進まない二人の横で、ジャックとカーミラが、あっけなく事の核心を突いた話しをしている。その言葉に奈々心は、先程のゲドの話しを思い出して、即座に納得した。


「それって……和己さんは過去から来たの? この世界が滅ぶ前の?」

「ええ、そうみたいです」

「そうなの……ごめんなさい。私、和己さんのこと思い出せない……。婚約者なんて、全然記憶にないし……」


 今の会話を聞いて、徐々に冷静に事を理解し始めて、会話を始めた二人。ちなみにメガとセイラは、大分前から女帝=奈々心というのを予想していたのか、割と平静に黙って話しを聞き入っていた。


「そりゃあ、判りませんよ。俺と雨宮さんは、クラスメイトだったけど、まともに会話した事なんてないし」

「えっ? じゃあ何で?」


 まだ判明していない話しに、再度困惑する奈々心。それに完全に事実を把握し、冷静になった和己が、大きく力を込めた発言をした。


「雨宮 奈々心さん! 俺は前に、あなたが迷子を助ける場面を目撃してから、俺はあなたにすっかり心を奪われてました! いきなりこんな話しをするのもおかしいですけど、思い切って言います! 俺と結婚してください!」


 まだクラスメイトだったときは、普通に会話を切り出すことすら戸惑っていた和己。だが今ここで彼は、何の迷いもなく、正直に自分のはっきりと伝えたのであった。

 彼の突然の告白に、その場にいる全員がどよめき、そして何かを期待するような眼差しで、一斉に奈々心を凝視する。その状況に対し奈々心は……


「……………ええと……お友達から始めませんか?」


 しばらくの困惑と沈黙の後、そう恥ずかしげに答えるのであった。


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