第五十七話 女帝崩御
『青春しているところ悪いが、緊急事態だ』
「「!?」」
和己と奈々心が語り合ったところ、頃合を測って声をかける者が現れた。それは空中を魚のように自在に移動する、空飛ぶ目玉。さっきガイデルを監視しにいった目目連達である。
「目玉が浮いてる? 何と面妖な……」
「もしかしてこれが、帝国を監視していた使い魔かしら?」
王宮の人々が、その奇異な存在に注目しているのを無視して、目目連達と和己達が向き合って話す。
「どうしたんだ? ガイデルがまた何かしでかしたのか?」
『ガイデルはもう、帝国の民に殺されている。それとは別の件だ』
「ガイデルさんが……」
長年自分に付き添ってきた男の死。大罪を犯した自業自得の男であるが、奈々心はやや複雑そうな面持ちである。
だがその次に語られた事実は、それをすぐに吹き飛ばす内容であった。
『貧民街を中心に、帝国の民達が徒党を組んで、この王宮に攻め入ろうとしている。女帝討伐を掲げた、武器を持った民衆が、少なくとも3万人はいる。あと一時間も経たずに、こちらにつくだろうな。近場の上流街の者達も、ガイデルを探し回っているが、直にそっちに合流するかもしれん』
「えっ!?」
『意外に行動が早いな。もっと混乱が続くと思ったが……』
そう疑問を口にするジャック。自身に起きたことを理解し、帝国政府に怒りの矛先を向ける時は、やがては来るだろう。
だがその前に、もう少し混乱して立ち往生が続きそうなものであるが。
『我らが原因かもしれん。我らが各地の民に、帝国の撃った毒ガス弾が、帝国中を死滅させたと、そしてそれを撃ったガイデルが逃げ回っていると、触れ回ったからな』
「何でそんなことしたんだよ?」
『我らがいつまでもあの男を追い続けるよりも、いっそ民にあの男を始末させた方が、仕事が楽だと思った』
「意外と行動派だなお前ら……」
すると目目連の一体が、目から謎の光を照射した。これも召喚によって進化した力なのか、その光は空中に映像を映し出す、映写能力であった。
自宅にいたメガとセイラは、これで帝国にいる和己達の様子を見ていたのだ。空中に浮かび上がった、長方形のディスプレイに、貧民街のとある風景が映し出される。
『女帝を殺せ! 長年の我らの怒りを思い知らせてやれ!』
『奴はとうとういかれて、私達を皆殺しにしたわ! 私達の仇を、今ここで撃つべきよ!』
『軍も警官も、もう誰も邪魔しない! 恐れるな! 俺たちは不死身のグールだ!』
そこにあるのは万単位はいるだろう、農業区の貧民街の人々の姿。まるで過激なデモ集会のよう。ただしデモと違って、こちらは言論どころか、明確な殺意と暴力を口にしている。しかもその中には、軍人や警官も、ちらほら混じっていた。
『この決起の後、暴徒達はどんどん人を増やしながら、帝国中心に向かっている。さっきは3万と言ったが……今後もどんどん増えていくだろう』
「何てこった、これは……」
自分たちを殺した怒りで、暴徒達は本気で女帝=奈々心を殺す気である。
実を言うと、グールになった彼らを、元の人間に戻す手段はある。彼らが復讐しようとしている、この奈々心こそが、彼らを救う希望の存在である。
「……私が行くよ。私が今までのこと、皆に全部話して謝らなきゃ。それで皆を蘇生魔法で元に戻して……」
「やめておけ! この平和主義馬鹿が!」
自ら民の前に出ようと言い出す奈々心に、制止の言葉をかけたのはカーミラであった。
「さっきの映像を見ただろ! あいつらの憎しみは尋常じゃない。話しなんて、まともに聞いてもらえるものか。私みたいに、一発殴られて、熱が冷めるようなレベルじゃないしな。女帝と名乗った瞬間に、問答無用で襲いかかってくるぞ!」
「それは……でも……」
「“私みたいに”? カーミラ、お前何かしたのか?」
和己の放った疑問の言葉。それにカーミラは、ハッとして言葉を詰める。先程彼女は、ゲドにも指摘されたとおりに、勝手な妬みで奈々心を攻撃しようとしたのである。
「それは……」
「さっき、私がカーミラさんに助けられたんです。私が鉄鋼の錬成を無理矢理させられてるのを、カーミラさんが怒って、兵士の方々をやっつけてくれたんです。そのことで……」
「はっ!?」
カーミラが事実を言おうか悩んでいた側から、いきなり話しに入り込んで、嘘八百を言い放ったのは、何と被害者であった奈々心であった。
「それで殴られたのか?」
「はい。えっと……私が……」
「そうか……カーミラ、ありがとうな」
「……ええ」
呆然としているカーミラに、礼を言う和己。どうやらカーミラの、奈々心への殺人未遂の件は、本人承諾で揉み消されたようである。
「それで結局どうするんだ? ガイデルならまだしも、一般人とやりあうのは嫌だぜ?」
「私も賛成です。ここから逃げるしかないかと……」
『まあ空からなら、カーミラとブラックで、数人分は運べるな。問題なのは、王宮で働いていた奴らが、あいつらの標的にならないかだが……』
「「!!!!」」
次々と提案する仲間の中で、ジャックの言葉が、その場で一番の衝撃をもたらしていた。あの暴徒達なら、王宮の者達も、女帝の共犯と見られかねない。
「ちょっと……冗談じゃないわ! こんなことで殺されるなんて!」
「いや、こちらも陛下に脅されていたと言えば……」
「そんな話し、聞いてくれるようには見えないけれど?」
「陛下! どうか我らにお救いを!」
「和己様! あんたの力でどうにか何ないわけ!?」
騒ぎ出し、最後には奈々心と和己に救いを求め始める、王宮の人々。和己がどうしようかと考え始めたときに、奈々心の方が即答した。
「大丈夫。皆を逃がす方法はあります。水原さん! 水原さんの国の、位置とか正確な距離は判ります?」
「えっ? いや正確には……」
『ああ、大丈夫だ。俺が把握している』
帝国に渡るときには、大まかな方向を直進していただけなので、和己には正確な測量位置など判るはずもない。
だがジャックはちゃんと知っているようである。ジャックから、難しい単語で、奈々心国の座標を聞き出した奈々心。
「ありがとうございます! 皆さん! これから空間転移で、奈々心国へ避難しましょう!」
そして奈々心は、そこで何かの魔法を唱え始めた。十秒ほどの精神集中と魔力の練りを続けて、庭園の中のある一カ所に、魔法によるある現象を起こす。
(これは……ゲドの空間転移?)
そこに現れたのは、ゲドが使っていたのと全く同じ、空間を突き抜ける転移の門であった。どうやらあれは、ゲドだけの能力ではないようだ。
「この門の向こうは、水原さんの国です! 皆急いで渡って!」
奈々心がそう声を放った瞬間に、王宮の人々が、我先にとその転移の門に突進していった。
どこでもドアのように空中にたたずむ、直径三メートル以上の、半円形の光の門に、人々がどんどん吸い寄せられていった。
『これで一件落着か? だが女帝を取り逃がした暴徒達が、俺たちの国に何かしでかさないか不安だが……』
「それなんだが……色々確かめたいことがあるんだよな……」
人々が転移の門の向こうへ消えていく中、ジャックが放った唯一残った不安要素。だがそれに、和己が何か考えがあるかのように口ずさむ。
そして未だにセイラに拘束されている、ハリエットに目を向けた。
「確か女帝の顔って、この国の誰も知らないんだよな?」
「えっ? ええ……私だって、今日初めて女帝の顔を見たし。多分ここにいた奴らぐらいしか知らないんじゃないの?」
突然話しを振られ、困惑しながら答えられたハリエットの回答。それに和己は、再び考え込んだ。
『和己。お前何を企んでいる?』
「いやさ……前にカーミラが召喚されたときに、自分が若返ってることに驚いてただろ?」
「ええ、そうね。ゲドの話しだと、私も不老らしいけど……」
「あれって、他に余計な力とやらずに、ただ若返りだけさせることって、できるかな~~ってな」
そう言って和己は、再びハリエットの方を見る。ガスマスクを外されたハリエットは、三十歳前後の妙齢の顔が露わになっていた。
「えっ……何……」
ハリエットが嫌な予感を感じた瞬間に、突如身体に痺れるような痛みが走り、彼女はそこで意識を失った。
……それからしばらく時間が経ち。奈々心の転移が完了して、一時静かになった王宮にて。
この時、外から騒がしいお客が、団体で訪れてきた。そんな時の、かつての女帝の私室にて。
「ううん……あれ?」
その部屋でしばらく眠っていて、今目を覚ましたのは、奈々心ではなくハリエットであった。何故か彼女は、奈々心のベッドに横たわっていた。
「……何だってのよ? ここは?」
意識がはっきりしてきたが、状況が判らずに、当惑している。彼女はそこでベッドから降りたが、そこである違和感に気づいた。
(ちょっと……何よこの服!?)
彼女が驚いたのは、今の自分の服装。それは先程まで着ていた防毒スーツでもなければ、いつもの帝国の軍服でもない。何やら高級そうな生地で作られた、紫色の法衣である。
それは普段奈々心が来ていた、帝国女帝の正装である。
(何よこの服? あいつらこんなことして、どういうつもり?)
また当人は気づいていないが、実はハリエットの容貌はかなり変化していた。
さっきまでは三十前後だった容貌が、今は年齢が半分になったぐらいに若返っている。例えそこに、ハリエットの知り合いがいたとしても、すぐにその少女がハリエットだと気づくのは不可能である。
「女帝はどこだ!? 逃げやがったか!?」
「とにかく探せ! 疑わしい奴は皆殺しにしろ!」
すると部屋の外から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。騒がしいだけでなく、言葉の内容も物騒である。
(……え? ちょっと待って、これって……)
ここがどこなのかも判っていなかったハリエットだが、ここに来て少しずつ状況を理解し始める。するとこの部屋のドアが、外から強引に開け放たれた。
「女帝がいたぞ!」
現れたのは、スコップや鎌を待った、農夫と思われる数人の人々。部屋にいたハリエットの姿を見て、明らかな敵意と殺意の目を向ける。
そして皆一斉に、ハリエットに突撃してきた。
「待って、ちが……」
ハリエットが何か言おうとしたが、その前に彼女の顔に、スコップの金具が振り下ろされた。
この日、レイン帝国女帝は、王宮の私室に閉じこもっていたところを、反旗を翻した市民達の手によって討ち取られ、死亡した。
これにより百数十年にわたって、この世界に君臨していたレイン帝国は、完全に滅亡することとなった。




