第四十九話 世界の真実と、カーミラの正体
「カーミラさんが言ったみたいに、確かに私は昔は普通の人だったよ。……いやちょっと普通じゃないかな。偽緑人のレグンの人達と仲良かったし……」
「偽緑人?」
その単語には半分覚えがある。ゲドのような完全な不老不死の力を持つ、超人種の呼び名が緑人であった。だが“偽”緑人とは?
「その人達は異世界の人達で、人妖から逃げ回りながら、色んな世界を旅してたんだって。それで私達の世界に来て、こっそり世間から隠れ住んでたの。でも偶然街のスーパーで出くわしちゃったの。廃棄される食糧を盗んでたんだけど……」
「ああそう……」
何だか親近感のわく話しだ。自分たちも、廃棄食糧を盗んで、これまで発展していた側である。
「その人達と色々あって、友達になったんだ。新しい雑誌を買うお手伝いをしたりもしたし。それがこの人達……」
奈々心がその場で何か、魔法を使い始めた。一瞬攻撃かと身構えたが、それは只映像を映し出しただであった。
空中に映写された画像に、記念写真のような物が表示される。それは学校の集合写真のように、大勢の人が並んで写された映像だ。
多くの若者が、カメラ側に顔を向けて、様々な表情を向けて映っている。中には指でピースをしている者もおり、その中には学生服を着た奈々心もいた。
最もその写真で、一番に目についたのはそんなものではなく、この奈々心以外の者達の、身なりと身体的特徴である。
「何こいつら……?」
カーミラは唖然として、そのレグンと思われる者達を凝視する。
まず彼らは靴を履いていなかった。素足でアスファルトと思われる地面に立っている。そして彼らの足は、明らかに人の足ではなかった。
長くて大きな三本の指が、三叉槍のように生えている。鋭いかぎ爪が指先に生えており、足全体がブツブツした鱗らしきもので覆われている。それはどう見ても鳥の足であった。
カーミラにとって見慣れた、ホタイン族は牛の足を持っていたが、それを鳥に置き換えた感じである。
「レグン族は獣人族で、鶏の特徴を持ってるんだよ。見えないけど袖の中には羽があって、頭には……」
「んなことどうでもいいのよ。何でこいつら忍者のコスプレしてんのよ!?」
カーミラにとっては、そんな人外の特徴など、些細な事であった。彼女が驚いたのは、彼らの服装。
細い身なりの和服に、頭に頭巾と、完全に忍者の服装なのである。そうでなければ古典的な泥棒か?
しかし彼らの服は、それぞれ色が異なり、かなりカラフルな色である。これなら夜でも目立ってしまいそうだ。忍者と言うより、忍者戦隊と言った感じの、全く忍ばない忍者達であった。
「趣味みたいだよ。皆色んな世界を旅して回って、その中には日本がある世界もいっぱいあって、そこの忍者とか侍とかが好きになったみたい」
「……ていうかこいつら、世間から隠れ潜んでたのよね? こんな見た目で、ちゃんと隠れられたの?」
「大丈夫だったんじゃないかな? 皆凄い気功力と科学力があったから、こんな服装でも、きちんと人目につかずに来れたみたい」
「ホントかよ? まあそれはともかく……あんたはこいつらと何があったわけ?」
色々疑惑のある話しだが、それだと話しが進まないので、さっさと次に移る。すると奈々心は、今までになく重い表情を見せる。
「レグンの皆が逃げ回ってた、あの人妖が私達の世界にも、ついに来ちゃったんだ。それで世界中が何年もしないうちに滅んじゃったみたい……」
「人妖が和己の世界に?」
和己が生まれ育っていた世界が、人妖に襲われていたという衝撃の事実。最も奈々心が言うには、ここがその世界らしいが。
そもそも人妖は、もう何十年も前に絶滅したという話しだったが?
「最初に人妖が出たときに、レグンの人達が大急ぎで、次の世界に渡る準備を始めたの。その時に私を連れ出して、私は一緒に異世界に逃げたの。父さんも母さんも、皆置いていって……」
「その時、怪物騒ぎがあって、学校を早退して家に戻ったのか?」
「うん、そう……その途中で……。えっ? 何で知ってるの?」
「いいから話しを続けなさい!」
「えっ? うん……。それで異世界に渡って、私は難を逃れたの。私は戻ろうとしたけど、皆から止められて……。それでどうしても戻りたいんだったら、人妖に勝てるぐらい強くなれって言われたの」
確かに世界を滅ぼす怪物が、大量にひしめき合う世界では、彼女一人戻っても無駄死にだろう。しかし人妖に勝てるほどの強さとは……
「それで緑光石を体内に埋め込んだのか?」
「緑光石を知ってるの? ううん、違う。レグンさん達は、完全な緑光石は作れなかったの。不老だけど不死身じゃない、不完全な緑人になって異世界を旅してたんだ。それでその力を、皆は私にくれたの。私には素質があったみたいで、どんどん強くなって、あっという間に皆の誰よりも力が身についたんだ。それで元の世界に戻ったんだけど……」
暗い表情だった顔がますます暗くなり、奈々心は言葉を口にするのにも躊躇っている様子であった。
「やはり家族は手遅れだったのか?」
「そうかもしれない……家族だけでなく、日本が丸ごと消えてたから……」
「はっ?」
予想通りの答え……と思っていたら、それは予想を遙かに上回る内容であった。
「消える? 滅んでたって意味じゃないの?」
「ううん……喩えじゃなくて、本当に消えてたの。前は日本があった海が、帰ってきたときには、何もなくて……。その時に、別の国が衛生で撮った写真があるんだけど、地球上から日本列島が、影も形もなく無くなってたの……」
「何よそれ? 人妖が丸ごと島を消し飛ばしたって事?」
「それも判らないけど、違うと思うの。だって当時の新聞が残ってたんだけど、未確認生物が出現し出した直後に、日本が突然消えたって、その時は世界中大騒ぎだったみたい……。それと日本みたく消えた国は、他になかったみたいだけど……正直私もさっぱり判らないよ」
「確かにそうね……私もさっぱりだわ……」
あまりに謎な過去の事件に絶句するカーミラ。当時一体何が起こったのか、今この状況では何一つ判らない。
だが現状の結果として、人妖襲撃でその後世界が滅んでしまったのだから、結局何も変わらないだろう。
「私はその後、どうしたらいいのか判らなかった……。人妖達も、その後寿命で勝手にどんどん死んでいったし……。その後私は、色んな世界で、人妖に滅ぼされそうになってた人達を集めて、ここに人を住める国を作ったの。帰る家は無いけど、それでも私の力で、出来るだけ沢山の人を救いたかったから……」
「それがこのレイン帝国なわけ? じゃあ、この国の奴らが、皆日本語で喋ってるのは?」
「私がそうするようにしたの。色んな世界の人達が、ごっちゃになって暮らしてたから、どうしても共通語が必要で。一応魔法を使えば、自然に頭の中に言葉の意味が分かるように出来たから、結構簡単に日本語は広がったよ。……これが私が話せる、この世界の全てだけど……」
話すべき事は全て話した奈々心。彼女はまだ、何故カーミラが自分の名前に驚いたのか判らない。奈々心からすれば、彼らの国に、自分の名前をつけたことの方が、難解な話しである。
「成る程……大体話の流れが判った……。私も和己も、異世界トリップじゃなくて、タイムスリップだったのね……」
「タイムスリップ? どういうことなの?」
全てを察したらしいカーミラに、問いかける奈々心。カーミラは、乾いた笑みを浮かべながら、それを話し出した。
「今まで私は……異界から来たって名乗りを上げてたけど……それは全部撤回するわ。私達は異世界から来たんじゃない。あんたがまだ人間だった頃、つまり世界に人妖が滅ぼされる前の時代から、時間を飛び越えてきたみたいね。まあ私の場合は、和己が今の時代に来るより、三年ぐらい前の時間出身みたいだけど……」
この言葉に目を丸くする奈々心。異界の魔女と思っていた相手は、実はもう二度と会えないと思っていた、この世界の同胞だったのである。
「そうね……この際、全部話しちゃおうかしら? 私が、今まで名乗っていた“大魔女”てのも、全部嘘よ。和己は最初信じてたみたいだけど……。本当は私は魔女でも何でもない。それどころか魔法自体全く使えない、日本の一般人よ! 名前だってカーミラなんて格好つけた名前じゃないし。本当は東海林 圭子だし……」
今明かされるカーミラの正体! 何を今更って感じではあるが……
「ええっ!? でもカーミラさん、さっき魔法を使って……? ていうか何で嘘なんかついたんですか!?」
「ただの格好つけよ! この服だって自作で適当に作っただけ。本当の私は、高貴なる大魔女なんて設定とは、ほど遠いわ。小さい頃は音楽家志望で色々頑張ってたけど、二次元に走って、それを全部捨てちゃったし……。同胞だと思ってた奴らは、全員腐女子ていう相容れない人種で、孤立無援になるし……。親の勧めで無理矢理結婚させられたら、私が家事できないことと、趣味が知れたら、あっというまに離婚だし……。ああ、思いついたら、すげえ腹立ってきたぁ!」
奈々心は何もしてないのに、勝手に怒りを溜めて叫ぶカーミラ。広間の中で、大きな声で色々吐き出した後で、一気に静かになって奈々心に向き直る。
「でもそれで全て終わったわ! 和己が私を召喚してくれたわ! そして和己が、私が欲しがっていた力を全部くれたわ! 大魔女なんて設定も、もう嘘でもないし、本当に色んな奴らが、私の名を恐れてる! もう最高だわ! ここであんたが消えれば、私がもっと欲しい物が手に入る! あははははははははっ!」
「……えっ?」
時空転移というすぐに信じられない話しを聞いて、まだ戸惑っていた奈々心は、唐突なカーミラの殺意の言葉に、ますます動揺した。
カーミラの方は、やたらと興奮していて、狂ったような笑い声を上げ続けている。そしてまるで本当の魔女のように、邪悪な顔を奈々心に向けていた。突然いったいどうしてしまったのかと、それはとても正気には見えないものであった。
今回語られた忍者レグン達は前作「麒麟と鶏忍者と特撮怪獣」に登場した者達とは、別グループです。
彼らはその後どうなったかというと、これも前作の「現実をゲーム設定にしてみたら」の世界にて、安住の地に移り住んで、不老の力を解いて天寿を全うしました。




