第三十八話 対空射撃
広い荒野の上空を、無数のプロペラ音を鳴り響かせる、数十の影があった。それはいくつかの部隊に別れて編隊を組んでいる航空機であった。
単翼で全体が黒っぽい機体で、機首と両翼には機関銃が設置されている。これは元の世界の認識だと、第二次世界大戦レベルの戦闘機部隊であった。
そんな物々しい者達が、一直線に和己達がいる湖の街に突き進んでいる。
湖の街に向かっているのは、航空機部隊だけではない。荒野が唸るような、車輪の回転音を上げて突き進むのは、大量の武装した機械車両である。
二百近い戦車や装甲車。そしてそれらの後ろに、兵員を乗せた輸送トラックが、五百近くついてきている。一台に二十人いると仮定すると、一万を越える大軍だ。
以前の邪竜討伐を凌ぐ、帝国の陸上戦力が、一斉に航空機部隊より遅れる形で、湖の街に向かっているのだ。
「少将、楽しそうですね……そんなに戦が楽しみですか?」
車両部隊の中間辺りにいる、指揮官の乗る車両。その中で先程から、ワクワクしている様子の上官に、同乗していた部下が問う。
「当然だろう? あの蛮族共に、ついて正義の鉄槌を下す許可が下りたのだ。荒野に放りだして、散々生き地獄を味あわせた後、最後には虫けら同然に皆殺し。実に素晴らしい! 女帝陛下は、我々の望みを判ってらっしゃる! あんな虫けら共に僅かでも生きる時間を与えてくださったことと、奴らの存在の汚さに苦しんできた我らの想い……その双方を気遣った陛下の優しさに何としても報いなければな!」
「はっ、はぁ……」
狭い車両の中、上官の話を聞いていた部下と運転手は、あまり同意できない考えなのか、かなり苦々しい顔をしている。
「しかも奴らの陣地には、大量の水が保管されていると言うではないか! それを奪えば帝国の利益は計り知れん! 存在価値のないと思っていた蛮族共も、まさかこんな所で役に立ってくれるとはな! もしかしたら女帝陛下は、ここまで読んでいたいたのかもしれん! はははっ、こうなると我らも、蛮族共に多少は優しさをくれてやらねばな! 楽にあっさり殺すなどという、つまらない死に方はさせずに、我らの手でじっくり傷めつけて、可能な限り苦しめながら殺してやろう! 我ら偉大なる帝国軍人を、楽しませながら死ぬという、素晴らしい栄誉を蛮族に与えるとは……私も何と優しいのだろう!」
狂気的な台詞を長々と語る上官。それに同乗している者達は、心底かなり引いていた。
(狂ってやがる……昔はここまでじゃなかったのに……本当に悪魔に呪われてるのは、帝国軍の方じゃないのか?)
部下達は昔を思い出して、どうしてこうなったのか、未だに困惑しきっている。この上官は、昔から異種族を嫌っていたが、ここまで極端ではなかったのだ。
いつからであろう? 恐らく女帝陛下が、民に対して温和な政治を、放棄した辺りからだったかも知れない。
急に女帝賛美を過激に言うようになり、僅かでも疑念を口にするものには、家族ですら平気で暴力を振るうようになったのだ。そのあまりの変貌ぶりに、家族も彼の知人も、言いしれぬ恐怖を感じていた。
最も女帝が言った“土地が呪われているのは蛮族のせい”という達しを、一時的にでも信じてしまった、彼らもあまり真っ向から反論することは出来ないが……
「しかし解せないのはハリエットだ……あの出しゃばり娘が、今回に限って出陣を断るとは……どういう風の吹き回しだ?」
上官は、ハリエットという自分より階級が上の女性将官のことを思い出して、訝しむ。以前邪竜討伐の件で、大手柄を上げた彼女。今回の出兵にも、先んじて出てくると思われた。だが……
【これだけの人員を動かすとなると、帝国領の守りが手薄になる。もしやつらが先回りして、王宮を攻撃するようなことが起こったら、一大事よ! ここは私が王宮に残って、陛下の護衛をすることを志願したい!】
そう言って彼女は、王宮の近衛隊に加わり、今回の出陣に参加しなかったのである。彼女の性格を、昔から知っている彼からすれば、これはあまり不可解なことであった。
「はあ……まあ、誰だって心変わりすることはあるんじゃないんですか?」
上官の疑問に、興味なさげに適当に返す部下達。
彼らからすれば、ハリエット中将の行動よりも、目の前の上官の挙動の方が、よっぽど不可解で恐ろしいものであっただけに……
進軍する二つの部隊。当然空を飛ぶ、航空部隊の方が、早く湖の街に辿り着いた。
「あれは……? 何て大量の水なんだ?」
戦闘機のパイロット達は、数キロ先に見える、広大な湖を、フロントガラス越しに見て愕然としていた。生まれた頃から、管理された帝国領に暮らしてきた者達。
水辺と言ったら、農地のため息ぐらいしか知らない者達に、この湖は衝撃的だった。
『湖内部に大型の船がある。また近辺に、戦車らしき機械車両もある! 驚くのは判るが、今は敵に集中しろ!』
「はっ!」
無線での声に、そのパイロットは気を引き締める。湖の中には、大型の船が一隻あった。海を知らない彼らは、それが一瞬、湖の中の小島と勘違いしたほどだ。
そして陸上には、戦車と思われる機械車両が何台もあった。それらは下部の機体は戦車そのものだが、本来砲塔がある部分が大きく異なる。
金属の箱のようなボディの両側に、細長い棒のようなものが、直進して生えているのが見える。まるで人が両手を突き出しているような外観である。
(なんかやばそうな雰囲気だけど……本当に勝てるのか? 女帝の命令なんか聞いても、命を無駄にするだけに思えるし……それより、いっそこの場で降伏して、あっちに住まわせてもらった方が……)
どうにかして、向こうに取り入れないかと考えるパイロット。敵の射程に入る前に、エンジントラブルを装って、不時着しようかと考え始める。
だが残念ながら、その願いは叶わなかった。
敵との距離が四キロに入ったとき、設置されていた不思議な形状の戦車=自走対空砲が、取り付けられていた二本の機関砲を、空に向けて、一斉に火を噴いた。
ダダダダダンッ! ダダダダダンッ!
十台の自走砲の、二十問の機関砲が、一斉に空に向かって、逆向きの金属雨を放つ。ただ適当に撃っているのではなく、かなり正確な射撃を行っており、凄まじい命中精度で、戦闘機に次々と銃弾が当たっていった。
機械兵器同士での実戦経験がなく、しかもホタイン皆殺しに酔いしれて、作戦も何もない命令を下す上官を持った、不幸な戦闘機のパイロット達。
馬鹿正直に対空兵器に向かって飛び込んだ航空機部隊は、それらの攻撃に蝿のように簡単に撃ち落とされ、空中でバラバラに分解されていった。
後続にいた戦闘機が、自走砲に向かって機関砲を発射するが、それらは一発も当たることなく、彼らはあっけなく全滅してしまった。
「やったよ~~空の蝿たちを全部やっつけたわ! 和己さん褒めて褒めて!」
帝国との戦争が始まったその頃、和己達は自宅の居間にいた。他の仲間達も一緒に、居間にある大型のケーブルテレビを見ている。
とは言っても、別に家庭の団欒で、和やかに番組を見ているわけではない。そのテレビ画面には、何とあの戦闘の映像が流れていた。
自走砲に設置されていたらしいカメラから、こちらに送られてきた、敵戦闘機を殲滅する映像が、このテレビに映し出されているのだ。
「ああ、よくやった。偉いぞライム」
「えへへへっ」
ちなみにテレビから聞こえてくる女性の声は、ライムの声である。あれらの自走砲を操縦している乗員の、半数は帝国から寝返り、ジャックから指導を受けた軍人・警官達。
そしてもう半分は、何と無数に分裂した、ライムであった。ライム達は、予想以上に覚えが早く、しかも手先も器用だった。
護衛艦や自走砲の操縦法も、実に手早く覚えてくれる。しかも本人の意思で、人員を自由に増やしたり減らしたり出来る。そんな実に便利な労働力を、和己達は有意義に利用していた。
「和己様。今目目連達からの報告が来ました。先程の航空戦力とは別の、戦車を先頭にした陸上部隊が来ているようです。いかがしましょうか?」
報告をしてきたのは、ライムとは違う人間の乗員。和己はすぐに命令を下す。
「お前らは一旦下がれ。そいつらは護衛艦の奴らに任せる」
「判りました!」
指示通り、全ての戦闘機をスクラップにした自走砲部隊は、すぐにその場を離れ、湖の岸辺を迂回して町の方へと戻っていく。
なおこの戦闘風景は、街中に設置された街頭テレビで、多くの町人達に見せられている。
やがて時間が経ち、報告があった陸上部隊がこちらに接近してきた。テレビの映像と通信機器を通じて、和己が護衛艦の乗員らに指示を出す。
「まずミサイルを何発かぶち込んで、敵の戦車を潰してくれ。何発撃っても、逃げないようだったら、艦砲をぶっ放してやっつけろ! 逃げるか降伏するなら、そのまま受け入れてやってくれ。なるべく死人は出さないように……」
「判ったわ! でも多分いっぱい死んじゃうと思うけど、まあなるべくやってみるわ!」
敵の砲弾よりも、護衛艦の艦砲の方が、遥かに射程が長い。しかも敵の戦車は、和己の世界で見れば、かなり旧型の機体である。艦砲の威力があれば、一発撃っただけで、簡単に木っ端微塵に出来るだろう。
ライムの返答の後、間もなくして、監視用の目目連が送ってきた映像に、その陸上戦力が映し出された。
「距離は約16㎞。手始めに四発ぶっ放しましょう! ようし……発射!」
護衛艦おおゆきの、ミサイル垂直発射システムより、四つのミサイルが打ち上げられた。




