第三十七話 殲滅命令
「それって本当なの!?」
帝国王宮の、女帝が寝食を行う私室。この国のトップが住まうには、かなり質素で飾り気のない部屋の中、女帝は部屋の椅子に腰掛けながら、たった今寄せられた報告に驚愕の声を上げていた。
「間違いありません。奴が拠点にしている地区にて、大勢のホタイン族が発見されました。彼らは皆、カズミと名乗る魔道士に拘束され、強制労働させられているようです。具体的に何をされているかは、まだ判りませんが、その謎の湖に、謎の巨大軍艦があり、我が帝国に攻め入るための武器を製造している可能性が高いです」
「何てこと、ホタイン達が……でもまだ生きているなら、助けられるよね! すぐに救出隊を送って! ……でも何でそんなところに湖が?」
衝撃的だったが、消息不明だったホタイン達に、生存者がいることで、少し安堵し、すぐに救出の命をガイデルに指示する。だが直後に、今一番の謎の事実に、疑問符を浮かべた。
「あのカズミとカーミラという魔道士が、何かしたのだと思います……。実に広大な湖で、しかもそこには生物がいました。奴がしていることは許さざる事ですが、この湖は早急に奪取する必要があるかと」
「そんな湖を作れるぐらい、凄い魔法使いが、何でホタイン族達を? まあいいや、逮捕してから私が話しを聞くよ! 捕まえたらすぐに、王宮に連れてきて!」
カズミと直に会話したいという女帝の言葉。それにガイデルは、大慌てで制止する。
「この王宮にですって!? なりません! あのような得体の知れない者を、陛下に会わせるなど!」
「いやっ! 今度という今度は、私が自分で話しをする! 私もずっとこの王宮に篭もりっぱなしで、大事な仕事は全部、軍の皆に押しつけて……もう全然皆の役に立ててないじゃん! こういうときぐらい、私にも正面から向き合わなきゃ!」
「しかし、奴はこの帝国の民を、虐殺したかも知れない男なのですぞ!」
「……えっ?」
ガイデルの言葉に、女帝は愕然として固まった。“虐殺”という、彼女が今までしてきた政治活動では、全く聞くことがなかった言葉を、今ここで聞いてしまったのだ。
そんな様子の女帝に、ガイデルは苦々しく説明を始めた。
「実は先日、郊外の農業地区が、何者かの襲撃を受けて壊滅しました。突如放たれた魔法攻撃で、その区画は、人はおろか建物一つ原型を留めぬまでに消滅したようです……」
「嘘っ!? そんな話し……」
「陛下にあまり負担をかけさせないようにと、今まで報告を遅らせていました。申し訳ありません……」
その話しに、女帝は初めて、目の前の男に憤慨する。
「負担をって、そんな大事な話、黙ってていいわけないでしょ! もういいや……それは本当に、そのカズミとカーミラって人がやったの? 生存者は一人もいないの?」
「残念ながら、生存者が一人もおりませぬ。カズミとカーミラとの関与は不明ですが、実はそれ以前に、二人の男女の魔道士が、滞在していた警官を襲撃したという情報もあります。その後しばらくして、区画が消滅したので、詳細はまだ判りませんが。だがこの男女の魔道士が、そのカズミとカーミラだと仮定すると、やはり犯人は奴らと考えるしか……」
「そんな……」
女帝はあまりと言えばあまりの内容に、声も上げられない。帝国が建国されて以降、これほどの害意を、一方的に向けられたことは、今までになかったのだ。
何しろこの世界には、帝国以外の国家がなく、敵対勢力というものも、今まではいなかったために。
「陛下……あなたの優しさは、国を統べる上ではとても大事なものだと判っています。ですが時には、心を鬼にして当たらなければ行けないこともあるのですよ。今回現れた敵は、その残虐性から、とても交渉など出来る相手ではありません」
「じゃあどうしようっていうの? 軍を出動させて、問答無用で殺そうって言うの?」
「そうです! 下手にこちらから譲歩をしたら、どんな不意打ちを受けるか判りませんよ!」
ガイデルが強く攻撃命令を進めるが、女帝は未だに迷っていた。無言で悩み混む彼女を、ガイデルは黙って、決断を待ち続けた。そして女帝は意を決して、命令を下した。
「判った……軍の出動と、攻撃を許可します……。でもちゃんと降伏勧告はして! 戦闘になっても可能な限りで、生け捕るようにして。それと……どんな状況でも、人命救助を最優先するのは忘れないでよ! ホタイン達を、全員助け出して!」
「はっ! ただちに部隊を編成し、討伐と救出指令を発動させます!」
命令を実行するために、足早に部屋を出て行くガイデル。彼を見送った女帝は、罪悪感で苦しげな顔をしている。そしてあること思い出して、慌てて呼び止めた。
「待ってガイデル!」
「はっ!? 何でしょうか?」
「まさかとは思うけど……グール爆弾を使おうと思ってないよね?」
女帝が心配しているのは、十日ほど前に、帝国領周辺を巡回していた部隊が発見していた、ある爆弾であった。
人妖に滅ぼされる前の、旧時代の異物かと思われるが、それが何なのか、軍も掴めなかった。だが報告を受けて、その写真を見た女帝には、一発でその正体に気づいたのだ。
それはかつて女帝の恩人達が作ったものであった故に。
それは国一つを丸ごと死滅させるほどの猛毒を撒き散らす毒ガス弾である。しかもただ殺すだけでなく、死んだ者達をアンデットして蘇らせて、暴走させるおぞましい平気だ。
元の世界であるならば、確実に国際的に禁じられていただろう代物である。
「何を仰いますか陛下! 私があのようなものに手を出すほど、落ちぶれているとお思いですか!? あれならもう、誰も手に届かない遥か荒野の彼方に、危険表示をつけて放棄済みですぞ!」
「そっ、そうだよね……ごめんなさい! ちょっとでも疑ったりして……」
「いえ、頭を下げることはありません。私がせずとも、軍内部の不届き者が、それを使おうと目論む可能性は、充分ありますから。ですがこの私が、そのような愚行をさせないと、我が忠義の元に誓います!」
その日、“女王陛下直々の命令”として、カズミとカーミラ、そして彼と共にいるホタイン・帝国を離れた難民達の、徹底殲滅命令が発動され、軍は大規模な部隊を編成し始めた。




