第三十五話 街の召喚
「何か凄いことしてわね……種族を変えるとか、そんなゲームみたいなこと、簡単にできるわけ?」
「カーミラの世界には、そういった魔法はなかったのか?」
「えっ? ああ、そうだ! これは私にとっても未知の魔法だな!」
高台の方から、一連の出来事を見学していた和己達。最初は唖然として静かだった、難民・町民達も、しばし時間が経ってから、騒ぎ始めている。
その内容を彼らの超聴覚で聞いてみると、どうやら難民側が攻勢に入っているようだった。ホタインになったんだから、受け入れても良いだろうと。彼らにとっては、もはや安住の地が手に入るならば、純人でなくなっても良いようだ。
彼らの問いに、町民達もあまり強く反論ができずにいた。
「この様子だと、あいつら全部に町に入れることになりなんだが……どうすんだ? あいつらを住まわせる家は無いぞ?」
「なければまた喚べば良いさ。俺たちの家を喚んだみたいにな。とりあえず今は……栄養補給と休息だな」
メガの問いに答える和己は、たった今喚んだ焼き鳥をモリモリ食べている。これが栄養補給というやつらしい。
「ちょっと和己! あんたさっき、あんなに力を使って倒れたばかりじゃないの! それなのに……」
「別に今からやるとは言ってねえよ。さっきも言ったが、しばらく休憩してからだ。流石に今は……疲れて歩くのもけっこうつらいし……。それまでの間は、あいつらにはトラックの上で我慢して貰うか……」
翌朝のこと。場所は変わって、帝国領のある市街区画。そこは昨日和己達が訪れた場所である。食糧配給停止が命じられたことで、人々は完全に女帝に見切りを付けて、町民の殆どが、遥か南部の町へと移住してしまった町である。
元々活気のない町だったが、人が完全にいなくなったことで、活気どころか人気の欠片もない。そんな完全に死んだ街にて。
あれだけ盛大な引っ越しをした街にも、まだその中を歩いている者がいた。帝国警官達である。あの騒ぎの後、とりあえず現場検証と言うことで、他の区画からも警官が派遣されている。
元々この区画にいた警官には、あの日和己達に、車の運転で攫われた者達も大勢いる。彼らの安否も、今はまだ不明のままだ。
「本当に誰もいなくなっちまったな……あいつら大丈夫かな?」
「どうだろうな? その魔道士達って、案外女帝陛下より頼りになるかも……」
「バカッ!」
一人の警官が、危うく女帝の悪口を言いそうになった同僚の口を、必死で塞ぐ。そして無言で、何も見つかるはずもない街中を歩き始める。
突然現れた異邦人に、警官隊が追い返された上に、住民達を全員連れて行かれる。警官隊からすれば、とんだ大失態である。
だが彼らには、それに関して、悔しいとかそういった感情はなかった。むしろ、あの貴族出の、傲慢な上司が一人殺されたことで、むしろ清々しい限りだった。
(いっそ、署長も殺してくれれば良かったけどな……。ああ、いっそ俺も誘拐されたかった……母ちゃん達大丈夫かな?)
ある警官は、そんな風に昨日町から出て行った家族を想っていたときだった。誰も気づかないうちに、この街に大きな変化が起きていた。
そしてしばらく見てみると、古ぼけたり壊れていたりした家が、新品同然の状態になっていたことに気づき始める。
……この日、帝国領の一つの街が、領内から丸ごと消滅する大事件が起きた。
「おいおい嘘だろ……?」
「本当に街ごと喚んじゃった……」
「これって本当に私達の街? 何か……綺麗になってるんだけど?」
湖の岸辺にある先住者達の町から、少し離れた区画にある荒野にて。難民・先住民が混ざり合った、大勢の人々が、昨日の種族転移に続いて、またもや信じられない光景を見て唖然としている。
そこで和己が、またもや今までにない、大規模召喚の新記録を達成したからだ。さっきまでは何もなかった、平らな荒野の中に、突如街が出現したのである。
コンクリート造りの単純な建築物が建ち並ぶ、質素な街。それは昨日、和己が訪れた、あの帝国領の一区画の市街地であった。
和己がその大型召喚を見事成功させて、少々疲れながらも意気揚々と、見学していた人々に声を上げた。
「どうだ見たか、俺の力を! これでお前らも、住むところにも困らないだろ!? ただ喚んだだけでなく、召喚の際に、汚れたり壊れたりした家も、全部綺麗になってるはずだ! さあ、喜んで入れ!」
「ええ、あんたら和己に感謝しなさい! お前らのような裏切り者の愚民共に、ここまでしてくれる神のごとき優しい者など、そうそういるものではないのだからな!」
和己とカーミラの言葉に、落ち着いてきた人々は、次々と歓喜の声を上げ始めた。そして次々と、町の中に流れ込んでいく。
「うん?」
「あら?」
その時に、超人的な感覚能力を持った和己の耳に、街の中からある声が聞こえてきた。
「おいっ! どうなってんだ!? ホタイン達が何でここに!?」
「お前らこそなんだ!? ここは俺たちの街だ!」
「何言ってんのよ! ここは帝国領よ!」
「ここは俺たちの国の土地だ! もう帝国の中になんかねえよ!」
街の中で、住人達と騒ぎ立てているのは、この街ごと召喚に巻き込まれた、警官達であった。
内部を観察しに来た目目連達が、その謎の声の正体について報告してきた。
『武装した警官達が、百人ほど、この都市内にいる。どうやらこの召喚に巻き込まれたらしいな』
「ああ、そうか……人間は除くって、指定しなかったからな……。しかし武装してるとは厄介だ」
「確かにこれでは、街の者達も、安心して移れないな。この私が、少々黙らせてこようか?」
「ああ、頼む。でもあまり人殺しはしないでくれよ」
和己に頼まれて、街の中に入っていくカーミラ。住人達も不安げに、彼女を見送っていく。
その後、幾つもの銃声と、何発かの爆音が聞こえた後、警官達の騒ぎ声が聞こえていた街は、あっというまに静かになった。
「すごい、この家こんなにボロボロだったのに……」
「故郷を捨てたつもりだったのに、まさかこんな風に帰れるなんて……」
「すげえぜ、あの魔道士達! 女帝なんかとは大違いだ!」
帰れるとは思っていなかった、おのれの故郷への帰還に、大勢の難民達が喜びの騒ぎを起こしている。早速持ってきた荷物を、自分の家に戻すために、あちこち動き回っていた。
「皆喜んでるわね……何だったら、先に住んで者達の、住まいもくれてあげたら?」
「それもいいかもな。今なら廃都市一つ、丸ごと召喚できそうだし……それはともかく、まずはこっちだな」
街の外から、この様子を見ていた和己達。とりあえず話題の方を、今自分たちの近くにいる者達に向けた。
それはロープで身体を縛られた、百人近い帝国の警官達である。その者達は、ある者は怯えて和己達を見ているが、何故か希望を寄せた表情をしているものもいる。
「まさか一緒に召喚されるとは、災難だったな。……それでお前らをどうしてくれるか?」
「いっそのこと、身ぐるみ引っ剥がして、荒野に放りだし……」
「頼む! 俺たちもここに住まわせてくれ! ホタインにでも何でもなるから!」
「「!?」」
捕まっている者達からの、意外な懇願に、和己とカーミラはやや困惑した。
「帝国はもう駄目なんだ……。もう俺たち警官や軍人ですら、満足な配給がされてない。このままだと、間違いなくあの国は飢餓で滅ぶ。もうまともに住めそうな土地は、ここしかないんだよ」
「おっ、俺も俺も! 悪い事なんて何もしないからよ!」
「ここに私の娘達もいる筈なんです! 住めなくても、どうか子供達に会わせて下さい!」
一人が懇願すると、他の警官達も次々と、それに続いて、移住の許可を求めてきた。それにカーミラが、不愉快そうに声を上げる。
「ふざけた奴らね……自分達が被害者のつもりか? 前に罪なき市民に、引き金を引いた外道の分際で……」
「あれは署長の命令だったんだ! やかましい奴らは、皆殺させば良いって、酷いことを……。でも命令に従わなきゃ、俺が反逆者にされて殺される! 俺の家族だって、どんな目に遭うか……」
「そんな言い訳が通用するとでも……うん? 署長?」
今にも魔法で焼き殺さんばかりに、怒気を含めた声を上げていたカーミラ。だが途中で、気になる発言が聞こえて、不思議そうに眉を潜めた。




