第三十四話 種族問題とその解決法
これまでにない大集団が訪れた湖の町は、意外なことにそれほど混乱がなかった。目目連の記憶映像での報告で、メガとセイラ達が事前に説明して回っていた故に。
農地の付近の大地に、大量の機械車両が停止する。そして次々と人々が降りてきて、この広大な湖を間近に見て、大自然の絶景に感動していた。中には湖に飛び込んで騒ぎ出したり、湖の中の鰐を見て、慌てて岸辺に戻ったりする人々もいた。
ルシアを初めとした、何人かの村人達が、以前自分たちもした反応をする人々を見て、これからの面倒な仕事に頭を悩ませている。
「やれやれ……一気に街の人口が倍になってしまったよ。これだけの人を、寝泊まりさせる場所なんて、ないというのに……」
「ていうか本当にこいつら受け入れる気か? 何年か前まで、女帝と一緒に、俺らを蛮族だとか言ってた奴らだぜ?」
「和己がゲドから依頼されたらしいからな……どうしようもないだろ?」
「それじゃあさ……いっそ奴隷として扱き使ってやってもいいんじゃないの?」
村の代表達が、そんな風に話し合っている中……そこに町の者の一人が大慌てで駆け込んできた。
「大変だ! 町の若者達が、こいつらを追い返せって、騒ぎを起こし始めてるぞ!」
「「!!??」」
メガ達の説明で大混乱は防げた者の、それよりやっかいな、団結した暴動は起き始めていたようだった。
和己達は、彼らをここに到着させた後、一足先に自宅へと戻っていった。カーミラが和己を横抱きにして連れていき、自宅の彼のベッドに休ませる。
そして数時間ほどして……
「うう~~ん。うおっ?」
「おはよう和己」
ベッドの中で数時間ほどして目を覚ました和己。まだ疲れは完全にとれきっていないが、ある程度は回復した様子である。
『おう、目が覚めたか』
「ああ、おはよう。俺はどのぐらい寝てた?」
上半身を起こして、部屋にいるカーミラとジャックに、眠気がまだ残っている顔で問いかける。
「八時間だ。あれしきのことで、随分と長い休息だったな。この軟弱者めが……」
『いやいや……あれだけ力を使って、たったこんだけ復活するなんて奇跡だぜ。こいつはこんな事言ってるがよ……お前がこのまま死んじまうんじゃないかと、可愛いぐらいにすげえ心配してたぜ』
「おい……」
カーミラが非難めいた声を上げるが、ジャックは特に動じずに、笑って受け流す。その原休めに寒色をとり、和己達は難民と町の方の様子を見に、外に出て行く。
すると外では……思った以上に大きな騒ぎが起きていたようだった。
「出て行け! このくそ純人共!」
「ここは私達の土地よ! あんたらは偉大な女帝陛下の土地にでも、帰ったらどう!」
「今まで女帝と一緒に、俺たちを貶してたくせに、今更何のようだ!」
若者達を中心として、何千もの大勢のホタイン達が、町に入ろうとする市民達に、罵声を浴びせている。食品のトレイや、空のペットボトルを投げつけて、今にも難民達に襲いかかりそうである。
難民達は、この様子に恐れながらも、全く退こうとはしない。帰っても、そこにあるのは地獄であるのだ。
「違う! 俺たちは女帝に騙されていたんだ!」
「俺は言ってないぞ。ホタインの悪口なんて……。こいつはホタインは汚くて、追放して良かったとか言ってたけど……」
「てめえ卑怯だぞ! てめえだって、笑って賛成してただろうが!」
「和己さん達は、ここに住んで良いって言ったわよ! ここの長はあの人でしょ!?」
難民達も弁明の声を上げるが、当然そんなもので、町民達の怒りが収まる様子はなかった。
そんな光景を、精霊の木オークが植えられている、高台の方から眺めている和己達。以前より更に巨大なった木の根元で、思った程酷い状況に困惑している。
「うわぁ……思った程深刻だな……。ていうかあいつらあんな事言ってるけど、実際に女帝以外の奴らも、お前らを差別してたのか?」
「まあな……あの頃は、まだ女帝の事を信じている奴らも結構いたみたいだし」
メガはやや楽しそうな笑みを浮かべて、その光景を見ながら、和己の問いに答える。
「あの頃はって……女帝の反感は、結構最近なのか?」
「えっ? まあ、そうだな……。親父から聞いた話しだと、ずっと昔から農地が枯れて、何度も土を掘り返してることに、女帝に不満を漏らす奴がいたけど……今みたいに文句言う奴は、すぐに逮捕、なんてことはなかったらしいぞ」
『そんなことよりよ……これどうすんだよ? お前が連れてきた奴が、ここでやられたら、そこはお前の“責任”になるぜ』
責任という言葉を、かなり強調して言うオークに、和己も顔を引き攣らせる。さすがにこういう真っ当な怨恨を、どう防げばいいのか判らないのだ。
「ここはホタインの土地だ! 純人が汚すんじゃねえ!」
「純人こそが蛮族だ! 蛮族は消えろ!」
「ここに住みたきゃ、純人やめてから来い!」
見ると彼らの罵声の内容が、段々と強固な種族主張に変わっている。種族差別への怨恨が、段々とエスカレートしているようである。
「純人が蛮族って……俺とカーミラも純人なんだが? これ俺が割って入って大丈夫なのか?」
『そこまで考えてなんかいないだろ。あんな頭に血が上った奴ら。むしろお前が割って入って、受け入れなかったら、これ以上何もやらんと脅したらどうだ?』
「いや……それだと、俺がホタインの敵になるんだが……そもそもそれじゃ、俺のゲドからの依頼を果たせねえし」
『なら、私にいい考えがあるわよ』
「「!!??」」
途中で割り込んできた、若い女性の声。頭に響いてきた、特殊な声に、その場にいる全員が、震え上がった。
その直後に、この町に、ズンズンと、大きな轟音が連続して鳴り響いた。
「おい! タンタンメンさんだぞ!」
「あれがタンタンメン!? なんてでかいんだ!」
「何だ!? 俺たちあの人を怒らせるようなことしたか!?」
「何かやばそうな雰囲気だけど……逃げた方が良くねえか?」
その巨大な身体を動かし、町に接近するタンタンメン。農地を踏まないように、一旦湖に入ってから迂回し、岸辺の方から町に接近してくる。
薄暗い夜の空間で、その巨大な姿が月星の光に照らされている姿は、ある意味昼間より迫力がある。
予めタンタンメンのことを聞いていた難民達も、見たこともない巨大生物に驚愕している。すでにその場から逃げ出している者もいた。
岸辺から二百メートル以上離れた湖面で止まるタンタンメン。町から結構距離を取っているが、それでもその巨大の威圧感は半端ない。そしてタンタンメンが皆に言い放った。
『はいはい、皆~~~こんなところで喧嘩しない。土地ならいっぱいあるんだから、皆仲良く分け合いましょうね~~。和己達もかなり頑張ってるんだから、皆も我が儘言わないこと!』
発せられたのは、そんな幼稚園の先生のような、脱力するような台詞だった。ホタイン達は反論しようにも、この威圧感に気圧されて、誰も反論せず、皆黙り込んでしまっている。
『確か、ここに純人は駄目とか言ってたっけ? でも和己もカーミラも、純人だよね? そいうこと言っちゃ駄目じゃないの?』
「あっ、ああ……あの人はいいんだ。恩人だし……」
一人の勇気ある若者が、震えながらも彼女の問い、そう答える。それにタンタンメンは、一息嘆息する。
『ふう~~ん。つまりホタインなら住んでもいいんだよね? それじゃあ、私が皆ホタインに変えてあげる』
「「!!??」」
意図が判らない発言に、難民・ホタイン達が、全員困惑する。するとタンタンメンの両から、太陽のような眩しいが光が放たれた。
「なっ、何だ?」
一瞬攻撃されたかと、逃げ腰になった人々。だがその眩い光は一瞬で消え、彼ら誰も、痛みや熱さなど感じていない。
人々にも倒れたり、傷ついたりした者はおらず、どこかが破壊された様子もなかった。
「タンタンメンさん、今のは?」
「いったい何をしたって言うんだよ? 皆をホタインにとか……」
町民達は、今のタンタンメンの奇行に、困惑の声を上げ始める。だがすぐに、そこで起きた変化に、皆が気がついた。
「「うわぁあああああああっ!」」
「俺のズボンが……何だよこれ!?」
「おい、お前……何だよその角みたいなの?」
「つけてるのはお前の方だろ……うわっ!? 本当に何か生えてる!?」
「何よこの足!? 獣臭いんだけど!?」
「何じゃ!? 急に身体に力が湧いてきおったぞ!?」
困惑の声を上げた町民達とは違い、難民側が発したのは、驚愕による悲鳴と混乱のどよめきであった。今の光の直後に、難民達全員に、身体的な変化が起きていたのだ。
頭の両側に牛のような角が、二本生えていた。尻部から、牛のような尻尾が、ズボンの皮を引き裂き穴を開けて生えてきていた。
彼らの両脚が、急に紺色の毛が無数に生えて、完全な獣の足となる。両足の指が全て消えて、そこが固い蹄へと変化していた。
これらは老若男女、赤ん坊に至るまで、難民達全員に起きていた。また体力も変化が起き、今まで老いや病気で弱っていた者達も、身体にムキムキと筋肉が張り、元気に立ち上がり始める。
変異した彼らの姿は、どう見たって純人ではない。彼らは今まで自分たちが言い争っていた、ホタイン族と全く同じ姿になっていたのだ。
『これ種族転移っていう魔法で、人でも獣でも、何でも種族を変えられる魔法よ。どう? 皆ホタインになったから、ここに住んだって良いわよね? 純人はお断りでも、ホタインなら良いって、あなたたち言ってたし♫』
あまりに突然の事態に混乱する双方の人々に、タンタンメンがそんなぶっ飛んだことを、気軽に言ってくれる。
あまりと言えばあまりの理屈と行動に、町民達も唖然として、皆しばらく声を上げられなかった。




