初めての蜥蜴人 ボルデッカの恩人探し
ボルデッカは轟音を鳴らしながら流れる渓流を遡り、背中にくくりつけた俺を物ともせず泳いでいく。
俺はskill《半水棲》のお陰なのな特に息苦しさは無かったが…方向感覚の無さと水圧による圧迫感が押し寄せてきて意識を保つことが精一杯だった。
川の水は淡い緑色を宿し、翡翠色のように美しかったが其れを干渉する余裕も持てず、時間がどれだけ立ったか解らない。
途中で泳ぎ方が速くなり、渓流の冷たい水質が身に染みる。
我慢しなから耐えていると突如、暗い場所に入ったと思ったら…気付けばざっぱーんと水面から上に出た。
「ふぅ…年寄りにはちと堪える道程じゃたわぃ」
そう言いながらも矍鑠としながら水面からはみ出す大岩へとよじ登った。水面より上は暗い。それに風音もしない。
しかし、不思議なことに密閉空間に特有のくぐもったような空気はなく寧ろ澄んでいる空気と水質に思えた。こんな事は言い表し難いのだが…何か清浄な雰囲気を感じるのだ。
「ここは…天然の洞窟?」
「詳しくはわからんが…この部分は自然で出来たものじゃと聞いておる。
それにしても上手くいったわい。ワシが若い頃に手傷を負って、流される水流に巻き込まれて偶然辿り着いた場所でな。一方通行で帰りは水流が入ってくるから行き専門の道じゃな。
もう少しじゃ。この水を泳ぎきった所にワシを助けてくれた御仁がおる」
ごつごつとした岩から覗く景色は何も見えないが、時々ピシャンた水滴が落ちる音が鳴るか、何かが水面から跳び跳ねた音がするくらいだ。
「さて、ここから先は自分で泳いでついてくるのじゃ。夜目がきかんと思うからはぐれずにの」
そう言ってボルデッカは俺を背中よりほどき、一休みの後にまた泳ぎ始めた。
俺は元々人間の時から泳げたから心配などしてないが、此の体で泳ぐのは初めてだ。
身動きして少し動作確認する。そんなに苦労なくスイスイと泳ぎ、ボルデッカの後を追う。この体は泳ぐ事に適しているのか、もしくはskillである《半水棲》が影響しているのか水に対して驚くほど影響が少ない。とは言え、skillにも限界はあるから油断し過ぎないようにしないとな。今は限界を見極めるのは後回しだ。
バシャバシャと水を掻き分けて2人の泳ぐ音が反響を奏でながら進んでいくと、細かった道幅がどんどんと開けてくる。
そして洞窟内なのに天上のごつごつとした岩肌から青白い灯りが見えてきた。
遠目に確認していると、天上よりか細い光が一条真下へと注がれている。その下からは反射がないことを確認出来た。
此処からでは確認できないが、水面よりも岩肌が盛り上がり、歩ける場所が存在しているようだ。
その周辺には不思議と小さな光の玉が点滅して漂っている。
暗いとより一層イルミネーションのような耀きを放つまさに幻想的な風景だった。
ボルデッカと俺は浅瀬から岩肌へと泳ぎきり、水面から地上へと上がる。
「うむ、さて後はワシの恩人を探すのみじゃな」
そう言って薄暗く奥へと続く穴を見定めていた。縦幅の高さは5mくらいで横幅は8m弱くらいか?硬質な岩肌に覆われている。
この先へと進む前にとりあえず、軽く腹ごしらえもしたい。
濡れた荷物の点検が終わり、装備を着なおす。
少しの休憩をはさみ、俺は背負い袋から折り畳み式の釣竿を取り出した。
さっきから水下に無数の魚影が確認していたり、ピチャンピチャンと水面から跳び跳ねる生物がいて、ずっと気になっていたのだ。
ボルデッカは興味津々に俺の行動を眺めている。釣り道具は俺が普及したモノだがボルデッカ自身は集落の事で忙しく、それ故に扱った事がなかったから尚更だ。
関節事に収納してあった釣竿を伸ばす。イメージ的には折り畳みストローと一緒だ。
釣糸を取り付けて、重りと専用の擬似餌針をつけて念入りに縛る。
今回の釣りには生き餌が現地調達しか出来ない。
その為、木材を小魚のように似せて彫りこんだルアーを作成し、同じ木材を小エビのように似せて作った手作りのルアーを持ってきた。
エビは特に触角に力を入れて作った力作である。
召喚される前は釣り好きな友人に誘われて、あちこち色々と連れ回されたもんだ。
餌を自分達で作ったり、生き餌を探したりとその経験がこんな場所で活きている。凝り性の釣り友人のおかげだ。
決して上手い方ではないがお陰様で釣りに関しては初心者さんよりは随分とマシ…なレベルだと自分では思ってる。
因みに最近はボンボンさんが釣りの楽しさに目覚めたのか釣り道具の作り方や手入れの方法を熱心に聞いてくる。
毎日最低一度は釣りに出掛けるそうなので、彼の上達ぶりには俺でも目を見張るものがあった。
最後に鳥羽を集めて作った羽浮きをつけて準備は完了した。
さて、釣ってみますかね!
静寂とした雰囲気の水面が微かに波立ち、プカプカと鳥ノ羽浮きが浮かぶ。
結果で言えば、正にここは入れ食い状態だった。まぁ、ここで釣りする奴なんていないわな。
最も食い付きが良かったのは、小エビのルアーだ。現在俺の側には灰色の5匹の体長20~30弱の型の魚がピチピチとしていた。
イキの良い新鮮な内に食べたいので生魚のまま、ボルデッカに食べてもらっている。
魚を旨そうに頬張る姿は見ていて気持ちが良い。また鳥ノ羽浮きが沈む度に魚が釣れるため楽しいらしく、ワシにも欲しいと頼まれた。
集落に戻ったらボンボンさんと協力してボルデッカ用の竿を作ることになりそうだ。
そんなこんなで順調に魚を釣り上げ、美味しく頂く。冷たい水質で身が引き締まったプリプリ感は堪らない美味しさだった。
お腹も膨れて人心地ついた頃、奥へと続く岩穴道から複数の足音が聞こえてきた。
足音は次第に大きくなり、確実に此方に向かってくる。
「フム…状況はわからぬが、足音は3つ。それもどうやら魔物に追いかけられているようじゃ」
しかし、ワシが怪我を負ってきた頃には魔物なんぞいなかったはずじゃッたがのぅ…?と訝しげにしていたのも束の間。
奥から子供のような甲高い声で悲鳴のような叫び声が聞こえてきたため、俺達は思考を戦闘体勢を整える。
「ワシが先頭を行く。何があるか分からぬゆえ、魔法は解禁じゃ…さて、追いかけられておる者には余裕がないよつじゃし、準備は良いな?行くぞ!」
俺の頷きを見てから、ボルデッカは宣言通り駆けていく。先行するボルデッカを追い掛けながら俺は《魔力活用》の術式を脳内に浮かべ、明確なイメージのもと併用する。
少しフワッとして身体に魔力が行き渡る感覚。
勇者時代に使い慣れた術式であるため、スムーズに起動し、魔力の無駄を省いた理想的なイメージで展開する。
これによって必要な魔力を最低限に抑え、エコ且つ実用性に富んでいる。身体強化以外にも魔法の消費MPを抑える効果も期待できる。
何事も極めれば武器となると信ずるが故。毎日の瞑想と共に勇者時代から鍛錬に明け暮れた技術の賜物だ。
しかし、身体に出来上がっていないリザードマンの幼体には過度な長期間の術式使用は負担になりすぎると思われるから、注意は必要だ。
俺達は程なく走り始めてから5分。
前方30mほどの距離感で目視で確認できるくらいに小さく走る姿が見えてきた。身体の大きさと声の高さから子どもさんなんだと思う。
必死に小さな足を動かして懸命な様子がわかるが、よくもまぁあんな走りで転ばないものだと感心してしまう。
その後ろを追い掛けてくるのは、5m感覚で2匹の魔物が追い掛けている。
それは見たこともない変わった魔物で、背中に甲羅を担いで4足歩行で駆けてくる口から巨大な牙を覗かせる豬だった。
地響きのように重量があるために、幸いそんなに速度は速くない。体格は1m強ほどで背中の甲羅が重すぎるのか鈍重そうな足取りだった。
それでも付かず離れず子供さんを追いかけている。
「そこな童、助けて欲しくば死ぬ気でワシらへ合流せぃ」
そこへボルデッカが裂帛した声で渇を放つと、突然の声にビクッと俯いていた顔を上げて此方を確認していた。
今まで保っていた均衡がぐらつき尽きかけていた気持ち、体力と気力が僅かに戻ったような気がする。しかし、その列帛の声がけの効果も一時的だ。
俺達も駆けるが…まだ距離が遠すぎる。ん、走る子供さんの上体がブレ始めたぞ。ヤバイかも!
と、思ってる側から足を縺れさせて転び、前のめりに倒れた。気が抜けるほど必死で限界だったんだろう。
しかし、どれだけ速くとも俺達が追い付く前に魔物の方が子供に追い付くのが一瞬早いだろう。
珍しく舌打ちするボルデッカはその事に気付いているからだろう。
あの子供さんを見捨てる…………なんて、そんな選択肢は俺にはない。
別に偽善って訳じゃない。だけど…助けられるかもしれないのに、嫌じゃないか。
こうなりゃ全力で《魔力活用》を使うしかないか。
手の内がバレてしまうが遅かれ早かれ、ボルデッカには見せることになっただろうし。
俺は術式を最大限まで展開させるイメージを描く。体内から水が溢れるように爆発的なチカラの奔流が噴き出してくる。
激流のような魔力を何とか制御しながら、爆発的な身体強化で走り始めるが…やはり勇者の時のようには上手くいかない。
《魔力活用》による身体強化部分を2割程だった出力を4割強まで上げる身体にイメージ。
ミシミシと身体中が悲鳴を上げる身体に鞭を打ちつつ、長時間の運用は無理だと悟るが…構うもんか。
しかし、それでもまだ間に合わない。
今は子供が俯せに倒れている状態だ。…間に合わせるには、アレをやるしかない。迷ってる時間もない。
俺は手に持つ短槍を片手に振りかぶり、バネのように腰を肩を大腿筋を背筋を…身体に集めた筋肉群を槍へと込めて投げつけた。
ギュインと風を切り裂きながら飛んでいった短槍は、先頭を走る豬亀の強固な甲羅に命中する。
槍は盛大な音を立てて甲羅にぶち当たる。
突き破れずに弾かれてしまったが、盛大な音を上げたように衝撃までは逃がせない。
ぐらついた衝撃で豬亀の巨体は横へと傾き、その勢いでひっくり返す事に成功した。威力としては甲羅自体には大きな青い馬凹みがついた。
ただし、俺の短槍はその激突に耐えられるほどの耐久度はなかったらしい。甲羅との衝撃に負けて破損して使い物にならなくなった。
しかし、そのお陰ですぐ後ろを走っていた2匹目の豬亀は先頭に巻き込まれる形で直撃して思わぬ足留め効果もあった。
投擲しか無かったとは言え、子供さんに万が一にも当たったらごめんね…と、半端祈る気持ちだったのだけれども、上手くいって良かった。ガッツポーズを取りつつ、胸を撫で下ろす。さて、出来た貴重な時間を無駄に出来ない。
俺の行動を一瞬唖然とした表情を浮かべたボルデッカを横目に、稼いだ時間を有効に使うべく走り出した。
「ほっ、まさかこんな隠し玉を持っていたとはのぅ…判断力もまずまずじゃ。あの白坊主には驚かせられるばかりじゃわい」
苦笑いをしたのも一瞬。気合いを入れ直したボルデッカは直ぐに後を追い掛けるべく駆け出していった。
その結果、豬亀2匹は仲良く解体中である。
俺は肉と甲羅を解体ナイフで何とか切り裂く。豬亀の固すぎる筋肉に辟易しながら行っていく。
今のところ《魔力活用》による安全制御をした筋断裂などはなくホッとしていた。
ボルデッカからまだ隠し事があるんじゃろ?と問いただされ、適当に誤魔化しながら、魔力で身体強化が使える事と、ついでに《時空間収納扉》の一部を明かすことにした。
その方が後々も便利だし倒したこの魔物素材も勿体ないからだ。
呆れられながも隠し事に対してのおとがめは無かったが、俺に対する扱いが厳しくなるであろうことはヒシヒシと感じていた。
ボルデッカの中では今まで遠慮していたトレーニングを此なら思った以上に無理出来そうじゃと喜んで話したからだ。
まぁ、強く鍛えて貰える以上文句など出ません。それは生き残る確率をグンと上げる事に繋がるからな。
で、豬亀を討伐したのは勿論格好よく駆けていった俺…ではなく、お察しの通りボルデッカだ。
ボルデッカが風のごとく俺を追い抜き、残った豬亀と戦闘に入った。
まぁ幼体とは言え、強化している俺を追い抜くなんてなんて脚力だよ。
まだ横転してもがいている豬亀の側により、ぶっとく突き出た首を野菜を切るかのようにシュンと切り落とし、怒ったもう一匹が向かってきた豬亀の首をも腰だめに構えた長剣で危なげなく切り裂いた。
簡単なようだが豬亀は筋肉質で、更にその筋肉が凝縮して人間の胴体ほどもあった太さの首を難なく切り落として見せたのは、流石達人級の腕前を誇るボルデッカだった。俺にはまだ筋力が足りなくて不可能だ。
技量とそれを可能とする筋肉、理想的なイメージが組み合わさった芸術的な切り落としは俺のイメージトレーニングにも使わせて頂こう。
俺が解体を行っている最中、周囲を警戒しているボルデッカは、
「このような面妖な魔物は始めてみたわぃ」
と、一言述べた。
無事解体を終えた俺は助けた子供さんに解らないように甲羅を背負い袋に入れる振りをしてこっそり《時空間収納扉》へとしまった。
そして豬亀肉のみを持ってきた背負い袋へと納めた。
ボルデッカが、大丈夫かの?と、鼻血を垂らして助けた子供に視線を移して怪我の具合を聞いた。
「白の…リザードマン?」
鼻血の止血をしようとすると、その呟きが聞こえた。小さすぎる声て俺にしか聞かれる事は無かった。
暫くの間ぼ~と俺を眺めていたのだが、逆に覗き返したら慌て始め、ようやく自分が血が出ていることに気がついたようだ。
気が動転して忘れていた痛みを思い出しのか、顔をしかめて涙目になっていた。
「いちちち…ん、痛い。現実かぁ。信じられない…まさかあんな大きな魔物をあっさり倒すなんて…」
そう言いながら、すぐに自分がお礼を言ってないことに気付いたようで、止血が済んだ後慌てて立ち上がって頭を下げてきた。
「そこのちっちゃなあんちゃん、凄い力のじいちゃん。
魔物から助けてくれてありがとう。魔力も切れて危なかったんだ。ボクの名前はアイシャ。アイシャって言うんだ」
長い時間走ってきたのかボサボサになった長い髪は漆黒。
顔は汚れているけど良く見れば美少女?美少年?と形容して可笑しくない顔立ちの整った子供さんがいた。歳は10才前後くらいに見える。
耳はピンと空に向かって長く、眼は瞳孔が淡い青色で肌は岩肌と同じグレー色だ。
耳が長く美形って事は見たことは無いけど、噂に聞くエルフか何か何だろうか?それに止血しようと思っていた鼻血もいつの間にか止まっていた。
それに、異種族である俺たちに流暢なリザードマン言語を放つ子供さんは何物なんだろうかと興味が沸く。腕には5色の宝石が光る腕輪がついていた。
俺が腕輪を興味深そうに凝視していることに気付いたのか、この腕輪について説明をしてくれた。
予想通り、翻訳機能を搭載したマジックアイテムで腕輪にはリザードマン言語の他にこの大森林の亜人の言語が修められているとのこと。
5つに光る宝石は魔石と呼ばれるマジックアイテムに多く使われている魔力触媒である。その一つ一つに異種族における言語が入っており、翻訳を可能としているらしい。
アイシャにも原理は良く分かっていないそうだ。
そうこう話している内にボルデッカがここに居てはまた魔物が来る可能性があるから場所を移すぞ!と注意を飛ばす。
それもそうなので、アイシャに案内させながら移動する。どうやらこの岩穴道は途中で分岐点があるらしく、左に進んでいくと明らかに人工物と思わしき場所へと風景が変わってきた。
ワシが前に来たときは、あの岩場で恩人と出会い、その場で治療を受けた。充分に休んだあと案内されて外へと出たときはこのような立派な通路は無かったのぅと、不思議そうに眺めていた。
それもそのはず、ある区画からがらりと変貌したからだ。
天上からの青白く淡い光から一転、白く照らす魔力灯へと姿を変えた。
岩肌の見える岩穴が白く塗りつぶした殺風景な白い通路へと変わってきた。そう、例えるなら窓のない病院の通路を思い出す感じだ。
俺は召喚前にこんな光景を見ているので慣れたものなんだが、始めて目た者ならば驚いて当然である。
てか、明らかに先史文明である超遺物時代を彷彿とさせる造りだ。と、なればここは何か意味を帯びた建物の筈なんだけど…ここにいる人物は本当に何者なんだろう?
ボルデッカを助けてくれた事といい、悪い人物じゃなさそうだけど。
道中は魔物に出会うこともなかったので少しホッとした。アイシャにとっても魔物自体始めて遭遇したらしく、此処でこんな事は始めて…だと驚いていた。
30分ほど歩くなか、アイシャは白塗りの壁で立ち止まり、服のポケットから薄く手のひらサイズのカードを取り出した。
何をするのか黙って見てると、カードを白塗りの壁に押し付けた。すると一瞬で黄緑色に発光した光が長方形を描き、壁に扉が出現した。
おいおい、これは流石に予想外だ。始めてみる光景に俺もボルデッカもただ呆然と見つめるだけ。
アイシャに一緒に入ってと促されるまま、部屋前へと辿り着く。
自動扉がプシューと開いて更に立ち止まりそうになっていたので、アイシャに背中を押されながら部屋へと入った。
この中は部屋になっているようで窓のない4角形の部屋があった。全員が入り終えると自然に扉が消えてしまう。
部屋の中には簡単な机と椅子、仕切りに隠れているベッドがある簡素な部屋だった。たぶん見えないけど、この分ならトイレもついてるんだろうな。
「ようやく帰ってこれたわ…ここなら安全なはずよ」
そう言ってアイシャは嬉しそうに仕切りのある場所へと向かった。
立っているのもあれなので、地べたへと腰を下ろして座る。床は冷たいかなと思ったが不思議と温かい。
そう思ったのも俺だけではないようで、同時に視線があったボルデッカと顔を見合せてしまう。ふぅーむ、床暖房でもあるのかね?冷たくないのは有難いので良いけどね!
座り心地を楽しんでいると、何処から取り出したのかアイシャが飲み物を持ってきてくれた。折角なので有り難く頂こう。
ストローを使わなくても俺達が飲みやすいように大きめの器に入れて持ってきてくれたようだ。透明の液体が並々と入っており、その気遣いに感謝しながらコップにそっと口を付ける。
…………………美味い。
アイシャ曰く、仕切りの部屋の奥に小さな窪みがあって、そこに専用のコップを近付けると水が自動的に出てくるとのこと。
どうなっているのか知らないけど、便利なんだと教えてくれた。しかも水以外にも食料品の備蓄もこの部屋に集めてあるそうだ。奥に火の使える魔道具を開発して設置してあるとのこと。
しかし、水1つにしても透明度の高い水がいつでも新鮮に飲める。召喚前にいた世界ならば当たり前だった事がここでは難しい。
使いたければ水瓶に水を溜めておくか、川の水や井戸の水を汲み上げて使うしかない。
そんなちょっとした事に感動していると、ボルデッカが話を切り出した。
「アイシャよ、1つ聞くが高名な森の賢者、ラムセイダ殿はここにおられるかの?ワシは昔、かの御方と此処で出会い、約束して参ったのだが」
ほうほう、ラムセイダ?しかも賢者ですと!!
新たに解る真実に頭の中に整理しながら続きを待った。
約束の内容として、魔力を持つ者が産まれたら連れてきて欲しいと頼まれていたことを明かした。
その言葉を聞いたアイシャは、何故か寂しそうな表情を浮かべた。
「…そっか、こんな所まで来るなんて、やっぱり師匠に用があったんだね」
「あの水場から来たお客様なんて、貴方達が初めてよ」
と軽口を交えながらも、彼女は意を決したように口を開いた。
「あのね…師匠は研究のためにこの建物の奥に向かったまま帰ってこないの。今はここにいないわ」
「帰ってこぬとな?」
「ええ…奥の間に向かったまま帰ってこないの。研究にのめり込むことがあっても必ず3日に一度は最低でも帰って来たのだけれど…もう1週間は経つわ。
師匠がいないときは決してここから出ないように言い含められてたけど、こんなことは初めてよ。師匠のことなら大丈夫だと思うけど私も流石に心配になって…」
口数が多いのは焦っているからもあるのだろう。
遂に研究所の部屋まで探しに向かった際中で奥から物音が聞こえてきた。不思議に感じながらも先を先を急いでいると何故か魔物に出会ってしまったのだ。
アイシャも魔法で戦ってその場にいた何体かの魔物は全滅させた。しかしその時点で魔力が切れ、運の悪いところであの豬亀の魔物が奥から現れ、そのまま追いかけられて逃げてきたのだと言う。
「ここは師匠が見付けた未発見の古代遺跡なのよ。ここを調べて行く内に何かの研究を始めたみたいだけど詳しい事は解らないの」
先程のカードをかざすだけで扉が現れたモノも、特定の場所で特定のカードを使わないと扉が現れずに開かない。つまり、カードがない限りこの中は外から開かれずに安全ってことだ。
但し例外もある。その1つが師匠がマスターキーと呼ばれる全てのセキリュティを解除出来るカードも存在する。
ここは居住区画と記されている場所でアイシャの持つカードは一般カードと呼ばれるモノらしい。この部屋に関してはこのカードで開くことが出来るが他の部屋には反応しない。開きたい場合はそれぞれにあったカードが必要になる。
居住区画を抜けると、資料室と研究室と呼ばれる部屋が複数並び最奥にラムセイダがいると思われる隔世理論・魔導実験場と呼ばれる巨大な場所があるがアイシャはこの居住区画以外には立ち入った事がないと申し訳なさそうに教えてくれる。
完全にこの遺跡のみで暮らしていて外にも出たことがないと言っていたので、いつか外に出るのが楽しみなんだって。
集落の話や魔物の話なんかでも喜んで聞いてくれる。
因みに俺の年齢が産まれてから一歳と半年近くだと伝えると、かなり驚かれた。リザードマンって成長が早い種族なのね…と凄く感心されたが俺やドルゾィ、ルタラ何かは間違いなく例外だろう。
ボルデッカが苦笑しながら、いやコヤツは例外じゃと一言述べていた。
えっ、私よりも身長大きいじゃない…とポカンとした表情のアイシャも可愛い。勘違いを正した所でアイシャのことも聞いてみた。
アイシャは記憶も定かではない幼い頃に大森林で泣いていたそうだ。そこでラムセイダに拾われて、この施設のような古代遺跡に連れられて来たそうだ。この事実を10才の誕生日を迎えた時に教えてくれたのだという。
「正直、私もそうじゃないかと思ってたわ。だって師匠とは肌の色も髪の色も全然違ったもの。一緒だったのは耳が尖ってることくらいかな」
連れてこられてある程度身体も大きくなった頃に、炊事洗濯と生活の基礎を始めとした勉強を含む教育の過程で、魔法も使えるようになったアイシャは自然とラムセイダの事を感謝を込めてその頃から師匠として呼ぶようになった。
また毎日暮らしていく内に弟子と師匠だけの間柄ではなく、信頼関係も増して父と娘のような関係にも繋がっていったそうだ。
「そう言えば、アイシャって種族って何なの?耳も長いし美人だからエルフ?なのかな」
その問いかけに少し暗い表情を見せる。
マズイこと聞いたかな~と思って上目遣いに見ていたら、困ったような笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、隠してる訳じゃないけど私はエルフじゃないのよ。………ダムピールって言って吸血鬼と人の混血らしいわ」
成る程、尖った耳に灰色の肌、それに青い瞳孔はエルフにはいない。エルフは俺も会ったことはないけど、美しい金髪に翡翠色の瞳で例がいなく男女とも美形だと言われている。
アイシャはそのエルフと遜色ないくらい美しい女性だと思うけど、何をそんなに暗い表情をしたのだろうか?
闇の1種族とされるヴァンパイア。基本的に全て美形だと言われている。
闇の魔法に適正があり、身体能力も高い。本来ならばこの大陸には殆どいない種族だ。
彼女は物心付く前に師匠に森で拾われて育てられたので他種族にもあったことがなく、会ったことがあるのは師匠と魔物くらいしかないのだと言う。
ヴァンパイアは遥か過去にこの大陸で戦闘種族として猛威を振るい、種族特性として血を求める傾向から多いの種族…特に強くもない人族が犠牲となった。
この事からこの大陸では忌み嫌われて、迫害や殺戮の対象として討伐された過去を持つ。
そのため他の大陸へと移り住んだ過去を持っていた。大昔の話なので今では文献にしかその記述を僅かに残すのみで、人類などの短命種族に至っては実際のヴァンパイアを見たことすらないだろう。
そんな人類との間に生まれたのがアイシャだった。
どんな経緯で森にいたのかはわからない。
しかし、アイシャは両親から捨てられたの?とずっと心に棘となって抜けないままでいたのだ。
生まれてから優しくされた記憶なんて師匠以外にはない。
ヴァンパイアとのハーフと言うだけで見知らぬ人たちから冷たくされる可能性がある。 ソレを思うだけで悲しくて堪らないと教えてくれた。
因みにアイシャは今のところ血を吸いたい衝動はないとのこと。ハーフだからなんだろうか?
「助けて貰ったのに、こんな身勝手な事をお願いしてるのはわかってる。でもこんな機会を逃がしたくないの。
危険に巻き込むなんて、わかってるけどお願いします。私と一緒に師匠を探しを手伝って下さい」
俺とボルデッカは一生懸命なアイシャに優しく微笑み、断る理由がないことを確認しあう。
「儂にとってラムセイダ殿は恩人じゃ。是非もないぞ」
「と、師匠もそう言ってるし、宜しくな」
こんなあっさりと了承してもらえるとは思わなかったアイシャは、二人の暖かい言葉に自然と涙が流れた。
「有り難う。お礼を言ってばかりだねボク」
はにかみながら心から笑ったのだ。