初めての蜥蜴人 北東へ
昨日はぐっすりと眠れた為か、日も昇らぬ早朝に目覚めたにも関わらず、スッキリと心地よい目覚めとなった。
俺の隣では、大きな乾燥葉で作られた寝具に包まってドルゾィとルタラがまだスヤスヤと眠っている。
暫く家には帰れないかも知れないと、昨日の内に伝えてある。
そのため、2人には教えておいた魔法のトレーニングの瞑想を、毎日時間があるときに欠かさずに行うようにと伝えてあった。
訓練はシーも見てくれるそうだから、今の所何も心配せずに旅立てそうだ。
じゃ、行ってきますと心の中で告げ、起こさないように静かに準備に取り掛かった。
家の壁に固定していた捻れ角の短槍を手に取る。
あとは各所身体の急所を守る防具を取り付け、最後に毛皮の胴体鎧を身に付けた。
今日はボルデッカに魔法を見せる日だ。ボルデッカ邸に向かおう。
まだ辺りは薄暗い。早朝にも関わらず最長老邸の前には1人の若い蜥蜴人が門番をしていた。
簡単に挨拶を交わし、ボルデッカを呼び出して貰った。
暫し待つ事20分程。扉の奥から足音が聞こえ、ボルデッカが歩いてきた。
背には鋼鉄製のグレードソードを担がれており、腰には長剣が一振りあった。
いつもの見慣れた武器に加え、初めて防具を身に付けていた。
使い込まれた皮鎧は動き易さを優先して薄めの造りで、幾重にも皮が巻いてある珍しい製法で作られていた。
少し幅広の肩当て部分には金属が仕込まれているのが妙に迫力のあって、勇ましい出立だ。
「待たせたようじゃな、すまぬの」
そう言うなり、ドサッと小振りな背囊を手渡された。
中には薬草を煮込んだ手作りポーションと傷薬が各2セットずつ入っていった。
ちょっとそこの魔物で俺の魔法をお試しのはずが…背囊を担いで遠出する事になった内容について思い返していた。
実は昨日の夕食時に、俺たちの住まいである小屋までボルデッカが尋ねてきたのだ。その表情は真剣そのものだったので思わず姿勢を正した俺たちに対して、
「シディアンも付いて行ったとはいえ、沼蛙を倒した実力は見事。
ルタラとドルゾィを含め今日より白鱗の集落の戦士級見習いとする」
と、突然だったがそう宣言を受けた。
と言っても、戦士階級である蜥蜴人達のように戦闘をメインとした訓練など
は、幼体である俺たちはまだ身体が出来上がっていないのでまだ先の事になるとの事。
普段の日々の食糧集めと併用して集落の実力者が指導に付いてくれると、説明を受けていた。
ドルゾィは白鱗の集落にいないファイター系のため、予備に持っているボウガンの技術を高める為にボウガンを使うリザードマンの所で、空いている時間を見計らって技術を磨く事になった。
ルタラは典型的なパワーファイターである為に、斧を得意とするリザードマンと槍を得意とするリザードマンに技術の鍛錬を見てもらう。
帰ってきた時に模擬戦を行うそうなので、頑張り屋の2人がどれだけ成長しているのか楽しみだ。
俺はと言うと、魔法を扱えるリザードマンがいない為に、長年様々なタイプを指導してきた最長老であるボルデッカが特別に指導してくれる事になっていた。
当座の俺の目標としては、死ない為の実力を少しでも付けることや、蜥蜴人へとなる事で集落より外へ出る事も許されるのでそれが当座の目標だ。
召喚された勇者時代に出来なかった、行けなかった場所に冒険へと向かう事も楽しみである。出来ればドルゾィやルタラとも了解を得られればチームを組んで周るのも良いかも知れない。
その為にも、今は頑張るのみ…だ。
さてと、今回のお出掛けについては俺の魔法の試し撃ちから遠出への変更となった最大の理由はボルデッカにあった。
当事者である俺にだけ話してくれたのだが…試し撃ちという理由を表向きの口実にしたのには訳がある。
それは、ボルデッカが族長となる前…若き日に助けて貰った者との約束があるだそうだ。
もし魔力を持った存在が集落に産まれたら、連れきて欲しいと。
その為に、何十年と時間が経過したのだが約束を果たす為に是非行かなければならない場所があると言う。
まさかこんな年寄りになってから果たしにいくとは思わなんだわぃと、ニカッと笑いながら説明を受けていた。
なら、ちゃんと皆に説明すればと思うのだけど…それがモロに顔に出ていたのだろう。
ボルデッカは言い訳のようにじゃって絶対に反対されるに決まっておる!
と、言われては俺にはもう何も言えなかった。
さて、そんなこんなで気持ちを切り替えてこの背囊に食料等の必要物品を更に入れる。
今日俺は何処まで行かされるんだろうか?
少しの不安を感じながら乾燥肉と干し魚、ついでに試作品の折りたたみ用の簡易釣竿を入れ込む。
最後に腰には水袋を下げて出発準備を完了した。
見送りには報せを受けたバリフェル達も来てくれていた。
無事を祈ってルミナス教の加護があらんことを…と祈祷してくれた。
バリフェル達も暫くはこの集落で匿ってもらい、時が経って落ち着けば、情報収集も兼ねて1度ルミナス教国か他に支部がある教会がある町へと戻るつもりだという。
何故オルグフェン王国がバリフェル達をねらうのか…回復の担い手を敵に回してまで何がしたいのか狙いが全くの謎だった。それが逆に不透明ゆえの不気味さを際立てされていた。
先の戦闘でリザードマンに襲われ、逃げ帰った兵は沢山いる。
あのままバリフェル達がリザードマン達と戦闘になり、襲われて死んでしまったと思ってくれれば幸いなんだけど…そう物事は簡単にはいかない。
白の氏族から斥候に長けたリザードマンのみで3人組を組み、暫くの間集落の近辺を偵察していく事になっていた。
集落から手を振られて見送られながら、歩いてまずは北東に向かう事を伝えられた。
木々を抜け、聳え立つ谷を越えた所に目指す場所があると言う。
「此れより先は鍛錬も兼ねる故、余程でない限り魔法を使わずに地力を上げる訓練を鍛錬を行うつもりじゃ」
「…わかりました。宜しくお願いします」
「カッカッカ、固くせずとも良いわ。儂も久方ぶりの遠出じゃし…目的地は谷を越えた先にある」
北東付近の大森林は峡谷と呼べる程の地形と自然が豊かな場所なのだと伝えられていた。
谷があるって事は渓流も然り…一応釣り道具は持ってきたので、暇があれば挑戦して見たいもんだ。
うーん、2人で並ぶと180㎝もある巨漢のボルデッカをかなり見上げる格好となる。やっぱりリザードマンとしてはかなり大きな方だろう。
俺は歩きながら、この広大な大森林について記述したある書物を、ふと思い出していた。
その書物を参考に考えると、ここ一帯は恐らく南寄りの大森林の筈である。
現在も人類は殆どこの地を攻略出来ていないため確かな情報はない。
だが、それでも好奇心に溢れ、また野心を胸に探索してきたある冒険者ロドンコの話を纏めた一冊の【ロドンコの大森林冒険録】がある。
どんな魔物がいるのか、どんな場所なのかを大雑把にだが記されていた。
俺自身まさかこんな事になるとは思わなかったので冒険録を一読だけしかしておらず内容はうろ覚えだが、覚えている範囲ではこの南部に位置する大森林では沼や小川などが比較的多くある場所だ。
前回戦った森林狼などは、北部大森林に生息数が多く見られていた。
平原部と樹々が生い茂る密林地帯が多く存在し、北部の平原を主に縄張りとする魔物だった。
しかし、北部の危険モンスターとして記されている種類の魔物にコングベアーとあった。
この魔物は熊の外見なのだが、両腕が異常発達しており、超重量級のこたいで有りながら地上と樹々を行き来する密林地帯を縄張りとする魔物だった。
あまり群れず、絶対数が少ない個体のようで、偶にビーストエイプと呼ばれる猿型の魔物を引き連れている事もあると言う。
冒険者ロドンコのチームが探索中に一頭のコングベアーに遭遇。
戦闘に突入して最終的には15人いた調査チームが半壊して生き残れた者が少ない事態に陥ったと記されていた為、戦闘能力はかなり高いと思われる。
そんなこんなで彼の書いた【ロドンコ冒険録】は、大森林の中でも比較的人間の住む領域に近い南部と、調査した北部で終わっている。
こうして彼の冒険は失敗した…訳ではなくコングベアーに遭遇する前に未発見遺跡を見つけており、人数を分けてその財宝を少なからず持ち帰っていた。また希少な薬草、スターフルーツなどの大森林しか存在しない食材を持ち帰っていた。
人数を分けた為にコングベアーとの遭遇戦で全滅しかかったのは皮肉としか言いようがなかったが。
生き残った人数で山分けし、一財産築いたと最後に締めとして書かれていた。
【ロドンコ冒険録】発行の際は大森林の情報よりは、一介の冒険者の人生の成功譚としての人気を博しており冒険者ロマンである一攫千金を夢見る若き冒険者に多く愛読された経歴を持っている。
今回は北東方面に向かうとの事で、どんな魔物が待ち受けているのかどんな場所なのだろうか。不安もあるけど…非常に興味が尽きずワクワクもしていた。
歩き始めて3時間、途中で襲ってくる魔物を撃退したりもした。
始めて見る魔物もいたが、ボルデッカの指導を受けながら倒す事が出来た。
何方かといえば、襲われるのが稀で襲う方なんだけど。
突然不意に立ち止まり、魔物の気配を感じ取ったボルデッカが「臭うのぅ」と呟き、草の伸びた茂みを指差して何かいると教えてくれた。
少し離れ、茂みを注意深く観察していると兎型の魔物が飛び出していた。
角の生えた兎…名称をツノウサギとしよう。
1匹目はそのまま不意をついて背中からグサリと短槍で仕留める事が出来たが、その直後にもう1匹跳び出してきたのだ。
その突進力が半端なく、自慢の角で俺を突き刺さんと駆ける。
横っ飛びで何とか躱す事が出来た。
その後の観察で突進さえ躱せば大丈夫だと分かったのでそれ程苦労はしなかった。
何故魔物の位置がいるのかわかるの?と、尋ねてみたら戦闘に長く身を置くことで自然と鍛えられると教えられた。
まあ、勘みたいなものじゃし…と言う。
その感覚がありながら、俺達に対して稀に魔物が襲ってくるのは、襲われる前に気付けるように感覚を養う事と緊張感を持続させる事なんだって。
指導者としてのボルデッカも改めて優秀な存在…最長老として皆から敬られる存在なのだと思った。
この察知する技能は、前世で培ったゲームでも良く見かけた気配察知…とでも言うskillなんだろうか?羨ましすぎる。
この感覚があるだけでこの先大分違うだろう。第六感のようなものなのかな?
気配がわかるだなんてロマンがある。この世界にはskillが存在している。
こうやって実際見せつけられれば、是非学び取り、覚えたい技能の1つだった。
さて、ツノウサギの毛皮を剥いで頭部の角を折る。
2人で生のままムシャムシャと齧る。
兎肉は始めて食べたけど、思ったより柔らかく、旨味がある。
脚部の部分は程よく鍛えられているのか筋繊維が硬く歯応えが良かった。
オヤツ感覚で小腹を満たした所でまた移動を開始する。
「ところで武器はその短槍で良かったかの?未熟ではあるがまるで何年も扱ってきたような雰囲気がある」
俺が勇者だったことも知らないボルデッカは、鋭い観察眼を発揮していた。
驚きを内心で隠しながら答える。
「出来れば槍よりも、杖が欲しいとこ何ですけど…無いので、取り回しも似ているから槍を使ってます」
前よりも手に馴染んできた槍裁きだったが、今後どうするかはまだ決めていない。
「ふぅむ…確かに集落には今まで魔法を使える者すらおらなんだからな。
魔法を使う者用の武器などない…大集落に行けばあるかも知れんが」
この世界に召喚された時、魔法使い職に適正があったので、密かに憧れていた剣などの近接武器を諦めたのだが…生まれ変わったこのリザードマン種は戦闘に秀でた種族だ。
前に諦めていた剣と魔法の両方を目指してみるのもアリかも知れない。
その迷う表情にボルデッカからは、「まぁ、エモノに悩んでおるならしっかり悩め。剣で良かったから指導するからの」と笑いながら言ってくれた。
そんな会話をしながら、白鱗の氏族より独立したリザードマン達が作った大小の集落があるという事と、その中でも1番大集落の話を聞いた。
大集落の人口は200人を超えるようで、南部でもその人数を養えるほどの豊かな食糧状況と自然を誇る沼地を縄張りとしているそうだ。
白鱗の氏族と違い、殆どは下位蜥蜴人で構成されてより、蜥蜴人はほんの一握りで上位蜥蜴人はその集落を纏める1人だけだという。
多分、オーグル沼地のようにレベリング出来る場所がないものと思われる。 あの無限とも思われる繁殖力の高い沼蛙はある一定度のレベルまで存在値と技能を上げる事が可能だ。
そこで戦闘の才能のあるなしや、ボルデッカを中心とした指導組が武器の扱う技術も訓練させられる為、例え同じ階級の蜥蜴人でも地力の違いは顕著に現れる。
その証拠に現在族長のシュシュバルガは若き日の蜥蜴人となった時、北部へと旅立ちコングベアーを討ち取っている。シュシュバルガの骸斧はそのコングベアーを材料に造られたチカラの象徴で蜥蜴人達の憧れの的だ。
何度も言うが先に述べた冒険録のロドンゴ達でさえ、半壊し全滅しかかったと言われているコングベアーを…である。
本当にこの白鱗の氏族のリザードマン達は数が劣っていても、質の高さは近隣に誇れる実力集団なのであった。
俺はそんな先達に率いてもらい、この先に出会った魔物をボルデッカ指導の元で短槍のみと体術で倒していく。
槍術の基本がなってないから突く動作を徹底的に、またそれを活かすための体術が甘いとアドバイスを受けた。
現在、適切な間合いの取り方とボルデッカなりの歩法の習熟に必死になっております。
教えを請うたのは自分。生き残る確率を増やす為にも歯を食いしばらねば。
(まだ幼体なのに頑張るのぅ。
そうそうに根を上げると思うておったが…それに、実戦で訓練したかのような歩法をしておる…実に面白い。
いや、魔法も使えるだけでも驚くのに実に面白いの白ボウズは…まるで初代様のようじゃ…)
心の中でボルデッカがそう感心する程、年齢にそぐわない潜在能力を垣間見せている先の楽しみなリザードマンの1人となってた。
自らの戦闘経験を用いて編み出した歩法を照らし合わせ、勇者時代に見よう見まねで培った歩法を矯正、または融合させながら導いてくれる。
俺に対してギリギリのとこまで見極めて、修練の為の魔物や体術と槍術を実践で仕込んでくれていた。
その為俺にとっての格上の魔物はやり過ごし、適切な魔物を見繕う。
槍、体術、尻尾の使い方にまでおよびそんな事をひたすら繰り返す。必死過ぎて俺は気づかなかったが、その賜物である絶妙なレベルのラインで闘う事で学ぶ経験値は知らずに身体に蓄積されていく事になった。
気付けばいつの間にか昼までには大きく聳え立つ雄大な谷まで着くことが出来た。
深い木々の香りが清涼を含んで疲れた気持ちを優しく癒してくれる。
ようやく休憩が入り、真横に倒れ込んだ。
そんな状態で息も絶え絶えだった俺だったが、息を整わせて周りを眺めれば、その景観に思わず見惚れていた。
前世でも生前でも、こんな見事な絶景を誇る美しい景色は見たことは無い。
丘には緑と木々が生い茂り、渓流は赤や黄色の魚が泳いでいるのが見える。
腹がぐぅーーーと大きく鳴り響いた。
横になったまま、ふと崖部分を見ると遠くに何頭かの動物が見えた。
シルエットからして鹿なのかな?と思っていると、そこに襲いかかる影が1つ。
ボルデッカだった。襲われた一頭は接近されるまでが遅く、気付けば逃げる暇もなく狩られていた。
他の鹿達は逃げ出したがそれを追わず、ボルデッカが大きな野生の鹿を一頭担いできていた。
首を一太刀で切り落としている。その切り口は滑らかにて見事な切り口だ。
筋肉の抵抗などなく、最低限の力のみで斬ったのだと…素人目でも判る。
谷を苦もなく駆け上る強靭な足腰、足場が悪くとも十分に大剣へとチカラの乗った一撃を放てるその技量の高さががトンデモナイなぁ。
驚いている俺を尻目にボルデッカが鹿の皮を剥ぐ。綺麗な解体の仕方も勉強になるな。
俺が手伝おうと起き上がった所でほいっと切り取った肉を投げてくれた。
旨いとこじゃと言われた肉片は確かに色も美しい。思わずゴクッと喉がなり、空腹も手伝って齧りついていた。
溢れる野生の荒々しさがブレンドした鹿肉は、ボルデッカがオススメするのも頷けるくらい美味い肉だったと言っておく。
今更だけど、生肉を食べてもお腹を壊さないし、感染症なども発病してない。
人間の時とはまるで違う体質になったんだなと改めて実感する思いだ。
そんなまったりとした時間が流れる中、ボルデッカは突然顔を上げ、峡谷の奥を睨んだ。
俺にここで待つようにと厳命して、本人は更に峡谷へと踏み込んで行った。
ただならない様子にドキドキしながら言いつけられたように待つ…なんて出来るか!
俺にも何が何だか分からないけど、ここで放っては置けない。
全力で走るも駆け出すボルデッカには追いつけない。
緊張していた為かどんな小さな音でも聞き逃さなさいように必死に探っていくと、遠くからから戦闘音が聞こえてくた。
そこにはボルデッカと同じくらいに大きな蜘蛛魔物と戦っていた。
緑の体色にカサカサと動く脚関節はみているだけで気持ち悪い。
怒られるかも…と思ったが俺を一瞥したのみ。
「小奴らの牙には毒を持っておる。幼体には劇毒じゃ、それに粘つく糸にも気をつけ」
なるほど、毒持ちか。だからボルデッカは万が一を考えて1人で向かったんだな。
俺は頷くと頭上から見下ろされるくらい身長差のある蜘蛛との戦いに集中した。
戦闘が終わった。俺の眼下には倒れ伏した2匹の大蜘蛛がいる。
途中から仲間を呼んだのかワサワサともう1匹出てきたのには驚いたが、回避に専念してボルデッカが来るまで持ち堪えた。
いや、攻撃はしてみたんだけど沼蛙の時のように明確なダメージが入らず擦り傷程度だった。
この巨大蜘蛛はリザードマンですら捕食対象にしており、ボルデッカや俺を格下だと思っていたようだ。
実際に下位蜥蜴人程度では傷すら負わずに食われるのみである。
特に巨大蜘蛛は毒を使い魔物の幼体を好んで捕食するため、危険なのだと後でボルデッカから教えて貰った。
あ〜なるほど、道理でしつこく狙われた訳だ。
長年捕食する立場で慢心しきってきた蜘蛛たちは、手を出してはいけない相手だと思わず逆に餌が近づいてきたとしか思い違いした事が敗因であり、直接の死につながった。
殆どボルデッカが無数の脚を切り倒し、俺は合間を縫って槍でチクチクと攻撃しただけだ。
専ら回避に専念していた為に傷は負っていない。
俺がこの年齢でこれだけ実戦で立ち回れた事は凄い事なのだと、ボルデッカが関心していたとはつゆ知らず…活躍は余り出来なかったと自己分析していた。
そして知らない内にボルデッカの中で、俺にもうちょっと無理させても大丈夫じゃろうと脳内補正が働いていた。
さて、巨大蜘蛛を討伐したボルデッカの全身は蜘蛛の体液だらけだった。
渓流まで移動して全身に付着している血を洗う。この体液には少量の毒も混ざっているようで洗いながさねばならないのだ。
装備を外して佇む姿は彫像のように逞しくまた、見事に鍛え上げられた身体には大小様々な古傷があり、真新しい傷も少しあった。
川から上がると一息ついて、ボルデッカが辺りを見渡し、「この峡谷は何も変わっとらんのぅ」と呟く。
装備を身につけながら語りだす。
「ワシはな集落でも…最年少で蜥蜴人へと種族進化を果たし、剣の腕も立ち、体格も良い。自慢じゃないが女にもモテモテじゃったぞ」
当時は自信に満ち溢れていた。どんな魔物が来ても勝てる気しかしなかった。
先代族長から許しを得て、その自信のまま集落を飛び出した。
出会う魔物を斬って捨て斬って捨てと…そしてこの峡谷へと入り、意気揚々としていた時にそれは起こった。
崖かはらそこに流れる広大な渓流を突っ切るために泳いで渡れそうだと判断した時に背中にビリっと嫌な感覚が走ったのだと言う。経験上それは非常に危険なものなのだと瞬時に判断したボルデッカはその感覚に身を任せた。
直感が振り向くなと警告を発し、背後よりの襲撃者を勘を頼りに腰の長剣を真後ろへと振り回す。
そんな体勢では大した力も乗れず、固い筋肉を傷付けることもできずに弾かれた。
此方の体勢を崩された隙に襲撃者は接近した距離を保ったまま攻撃をしかけ、2本の鋭角がワシの脇腹を貫いて崖から下へと放って落とされたのだ。
ワシは激痛に顰めながらも落下していく中、襲撃してきた魔物が既に後ろ姿を向いていたことを知った。舐められたという憤怒がワシをより一層生への渇望へと導いた。
その牛の後ろ姿のようなシルエットが一瞬だけ覗き、水面に叩きつけられて渓流に流された。
傷のせいで上手く力も入らずそのままでは血も足りず、間違いなく死んでいただろう。
生きながらえられたのは、今から会いに行く相手に助けられた。
この恩は決して忘れてはならぬものだ。
色々とあり、何とかして集落へと帰ったワシは前以上に鍛錬に励むと共に、その因縁の魔物として調べ上げた。
集めた情報から遭遇数が少ないが、それは東にのみ住まう邪眼の魔牛の一種ではないかと推測された。
集落の当時の長老から1つ眼を見れば必ず死ぬと言われている事も知った。
これでは勝てないと諦める事は出来なかった。それは己のプライドも許さない。
今までと違う戦う手段が必要だった。
結果、眼だけに頼らぬ戦い方を模索し、全身を使い感覚を研ぎ澄ませ空間把握を可能とした。
その敗北がボルデッカをさらなる成長た領域へと到達させ、最強戦士へと至る糧となった事は間違いない。
なるほど…情報からは2本の角と大きな巨軀を誇る牛種の魔物。
それに思い当たるのは、1つ目の一眼牛カトプレパス。
一説には神より授かりし1つ目には見た者を殺す魔眼が封じ込められているそうで、戦い方としては魔眼を潰すか、遠距離からの攻撃が有効とされていた。
しかし、その強力な魔眼は強力な魔導素材として用いられ、余り出回らない事もあって人間にとってはかなり高額で取引される箇所を持つ魔物である。
水源のある洞窟に秘そむ魔物で生息数は少ないはず…俺も王立図書館の図鑑でした見た事はないけど、かなりレアな魔物である事は確かだし、そんな強力な魔物も住んでるんかい。
侮れないな…大森林。
「まぁワシにもその後色々とあって其奴とは再戦は出来とらんが…常に強くありたいと願うのは男の本能じゃて」
いつかヤツを倒す。
その為にも強力な魔物と戦い、その剣の一振りが更に昨日よりも速く振れるか…それがワシの人生じゃと快活に笑いながらボルデッカは、大剣を背囊から出した紐で身体に括りつけていた。ボルデッカの分の背囊は俺に括り付けられた。
俺はこの話の流れからまさかの嫌な予感が拭えない。
じっと渓流を眺める。
谷間から流れる結構な広さのある渓流は、底が見えないほど深そうだ。
「ほれ、いくぞ」
その掛け声で首根っこを掴まれた。
エッッ!と思った時にはボルデッカは俺ごと一緒に渓流にダイヴしていった。




