異界の旅人
タツミは耳慣れぬ言葉に疑問符を浮かべる。
「異界の旅人って?」
「はあ?」
しかめ面をされるも、知らないものは知らない。
「俺と何か関係あったの、それ」
「マジに知らねぇのか!? バッカじゃねえの!!?」
トウドウは大袈裟に口を開けた。今まで無言を通していた魔物使いも呆れた目になる。それほど間抜けな質問だった。
「僕らみたいな」
魔物使いが声をあげる。先程からしゃがみ黒い犬を撫で続けていた。後ろにいる馬にネジ状の角を生やした魔物はずいぶん懐いているようで、鼻先を曲がった背に押しつけ戯れている。
犬は三匹で仰向けにて腹を撫でられ尻尾は動きっぱなし。
「ゲームをしていたはずが、気がつけば《ドミリア・オンライン》そっくりの世界に転移していた人のことを、異界の旅人って呼ぶ」
トウドウと違って嫌な感じはしないものの、草原に魔物を放ったのであれば、やっぱり気に入らない。手加減はしないべきだ。
「そんな呼ばれ方してるのかぁ」
転移した者に呼び方があったらしい。思い返せば旅のなかで情報収集はしておらず、プチドラゴンと自由気まま、勝手気ままに我を通し暮らしていた。村人や街人と世間話することもなかった。
知ろうとしたのは地域の危険性や美味しい食べ物。そんな自分が行動するに辺り得をする情報しか得ずいた。ゲーム内とそっくりな世界だから基礎知識はある。それにアカネからアドバイスを貰えるから不便はない。
「俺たちみたいなプレイヤーはこの世界ではゲーム中の職業や技術、ステータス画面は表示されやしないが超人的な身体能力で戦えんだ。便利この上ない。ちなみに俺の職業は見ての通り、剣士だ」
なんか嘘くさい。剣士以外の職業を組み合わせている気がしてならなかった。深読みをし過ぎているかも知れないが。
「俺たちは同類ってことだ。」
自分を指差しトウドウは口を釣り上げる。
その意見には同意できた。実に正しい。
「平気で人殺しする部分も同類みたいだ。お互い血なまぐさい」
皮肉を言えばトウドウは気分を害するどころか気をよくしていた。
「全くその通りだ。ここじゃあ弱いやつを殺したって、力を持ってれば裁かれないからな。俺もおまえも評判は無法者だな」
ドミリア・オンラインは善行を繰り返すか、悪行を繰り返すかでプレイヤーの評判が決まる。
善行の最高ランクは勇者と賛美されるものの、悪行の最低ランクは無法者と蔑まされる仕様だ。
「おまえの職業はなんだ?」
「道具職人」
「へえ……戦闘系のヤツだと思ってたのに、生産系かよ」
「サブキャラを育成するのに、良い武器が無いと困るから育ててたんだ。気がつけば、それが一番に強くなっちゃったんだけどね」
ステータスのボーナスポイントの振り方や習得した職業などを試したものだ。しかしサブキャラはレベルが低くて弱い。それをカバーする目的として、アイテムによる底上げを考えた。
「なあ、おまえ俺の仲間になるつもりはないか?」
「目的は?」
マントの内側で手を動かし、体に身につけた武器のどれを使おうか悩む。鋼糸は見抜かれた、どれを使おうか? 剣士――なのか不明だが――の間合いに入るのは不用意であるし、まだ『お近づき』になるのは早い。見たところ装着している鎧も結構な防御力がありそうだ。関節部や鎧から露出した皮膚、首から上を狙わねば鋼糸では倒し辛そうだ。装甲ごと肉体を貫ければ話は早いが……強力な武器ほどアクションが大きくなる。
「仲間になれば教えてやる。【ソード&ダガー】のエムブレムを装着しろ」
「そんな不格好なマークつけたくない。だから仲間にはならない」
「マークじゃねえ。エムブレムだ」
癇に障ったらしい。
トウドウは顔を微かに歪めた。
「このカッコいいエムブレムが欲しくないなら、お望み通り殺してやる」
どの武器を使おうか悩むが装甲を一発で貫く自信がない。
「最初からそのつもりのくせに、もったいつけないでほしいものだよ」
一方アカネは。
「……逃げろよバカ」
屋根上で様子を見守るばかりだった。
今すぐにでも加勢してやりたいが焼け石に水だろうか。
「まだそのときじゃないから、ここにいるけどさ」
二人いる敵は、トウドウと名乗る角刈りにしか動きがない。
もう片方は自分の魔物とじゃれあうばかりで動こうとしなかった。
「……もしかして」
戦闘向けの職業じゃない? だとすれば、敵は一人も同然だった。敵は格上であるが、少し勝率が上がる。
「あああ! 緊張で尻尾の付け根が疼く!」
吠えたいのを堪え、大声風の囁きを手の内に吐き出した。