血なまぐさい接近
魔物使いは角を生やす馬の首を撫でた。
「僕は見てるから、そっちは楽しんでていいよ。何かあったら、ダガーの方に知らせないといけないからね」
ダガーのほうに?
嫌な予感がしたが首を突っ込んでからでは遅すぎた。
「何かあったら? 万が一どころか億が一にもありえねぇな」
トウドウは鼻で笑い剣を構える。
「へっ。無法者のくせに村を助けるなんてバカだろ。笑えんぜ」
「どうでもいいじゃない。それに人助けする気はないよ、俺の感覚で気に入らない相手がいたから殺したくなった。それだけ」
「おまえ変を通り越して狂ってんじゃねえのか」
「よく言われるよ」
一本道。それを囲う木造の建築物に見守られる。西部劇さながらの情景に、タツミは「俺は西部市の早撃ちだぜ」と言いたくなるが、空気の読めない真似は避けておいた。
魚でも捌いたような悪臭がするのは三十人ものバラバラ死体が地面に転がっているからだ。
「ソラァ!!」
いきなり、大上段から剣を振り下ろされるが遠い。
刃が届くはずがないのであるが、あの剣は特別製だった。
タツミは横に飛び剣から放出された光線を回避した。
先ほどまでいた場所を通り抜ける光線は剣から飛び出した魔力。
念じながら振るだけで魔力を消費せず光の魔法【ライトアロー】を放出できる刃。
「やっぱり聖剣クラウディアなんだ」
接近戦も遠距離戦もこなせる便利なアイテムで、あらゆる魔法攻撃を無効化も出来る。欠点があるとすれば【ライトアロー】は戦いのなかで牽制にしかならない、程度だろうか。言ってしまえば『ぶっ壊れ』系の希少アイテム。実物を見るのは初めてだが、幸いなのはタツミは魔法を使わずとも攻撃できる。
魔法系の職業を育てなくて良かった、そう噛み締めていた。
「躱すんじゃねえって」
悪党に似つかわしくない光属性の聖剣が、淡く輝き出す。
「知ってるかぁ? この世界ではゲームの設定を使えるのに肝心のステータスは見当たらないしHPを表示ゲージらしいものだって存在しない。命こそがHPだ、わかってんのか? 負ければゲームオーバーじゃねえ、地獄行きだ」
「いつまで話してんの。聞きたくないよ」
「ぬかすじゃねえか」
「ずっとぬかしてたのはそっちじゃないか。ペラペラ喋ってた」
「おまえ。死ねよ」
チンピラのような物言いをされるもタツミは肩を竦めた。無表情で。
「嫌だよ。代わりに死んで」
不意にドン! と空気が破裂したような音。
トウドウが地面を踏みつけ、一息に距離を狭めてきた。
瞬速の移動方法は剣士のアビリティ、駿足と呼ばれるもの。
「言っただろ! 死ねよ!」
刃が急速に近づき、寸前で回避するも風圧でマントがなびくほど。まともに喰らえばタダでは済まないだろうが、突きならば今みたいに衝撃は発生しないかもしれない。
「ほらほらぁ!!」
駄々っ子さながらに腕を振り、嵐のような連続攻撃。後退しながら回避に専念する。隙を探し攻撃を狙うも難しい。
「デカイのは口だけか!? 逃げてんじゃねえよ!」
目で追うのがやっとであるが攻撃に規則性があり右から左へ。左から右へと振り、思い出したように縦に剣を振っていた。不意に横腹を蹴り飛ばされる、剣にばかり注意を向けていたのは間違いだった。体術のアビリティも結構なレベルなのだろう、内臓が弾み体内が揺れていた。
「痛いな」
蹴りはタツミの横腹をまともに捉え吹き飛ばす。
見知らぬ建物の壁にぶつかり、木造の壁に亀裂が走った。
間髪入れず聖剣から【ライトアロー】が放たれる。
避けたいが不可能だった。ゆえに右手を前に出した。
黒いグローブに光線が接触し、ちいさな爆発!
「ハッハッハッ! いてぇだろ!!」
「本当に痛い」
「へえ? 生きてたか」
勝手に殺さないで欲しかった。
壁にめり込んだ状態から地面に降り、右手を振るった。黒いグローブの内側に金属を埋め込んでいるため魔法の威力をちょっとだけ緩和できたのだ。もっとも右手は指先から手首までが血だらけで、皮膚からはめくれて火傷している。挙句に煙がもうもうとあがっているのだから、見ているだけでも痛々しい。
「おまえ痛みを感じないのか?」
「いや、だから痛いんだってば」
トウドウは胡散臭そうだった。それから左手の指を鳴らし、ニタリと笑う。
「そうか。道具を生産する能力なら痛み止めくらい作れるよな。ハッタリだな」
「ひどい話だよ。本当に痛いって言ってるのに、信じてもらえないんだから」
表情がないのだから仕方ない、そう割り切っていても信じてもらえないのは心も痛む。
「痛みがないなら怖がりながら切り刻まれな!」
「お断りだ」
タツミは怪我した手で口を抑えもう片方の手をあげ、思い切り地面に下げる。手には煙玉が握られていて地面に勢い良くたたきつけられたそれが、黒い煙を吐き出し視界を奪った。次にトウドウの背後へ回り込み攻撃の準備をする。
「煙幕!? この程度でどうにかなると思ってんのか!」
今日は風がなく煙は時間が経過しなければ消えないだろう。
しかしトウドウは剣を振り続け、風圧により煙を掻き消す。
目的は視界を奪うことではないため気づかぬのなら好都合だ。
「これでいいかな」
血だらけの右手を動かし、背中に回す。金属の集合体が右腕に絡みあい武器が装着される。それに気づかないトウドウは、背後のタツミを睨みつける。苛立ち、殺気のこもる瞳は充血までしていた。そして目にも留まらぬ突きを放った。
「腹を貫いてやる!!」
タツミは攻撃を横に回避するも、トウドウは腕を横に振り腕を狙った。攻撃の傾向を読んでいたタツミは金属を装着した右手によってそれを受け止める。ガキン、と金属が噛み合う異音。
「いちいち声が大きいよ」
「なんだそりゃ? 鉤爪?」
「そうだよ。篭手の指先が鎌状の刃になってるでしょう」
言葉の通り、右腕に装着された黒い篭手は小指から親指までが鉤爪で形成されていた。相手と握手しようものなら手をズタズタに切り裂いてしまう。そんな武装だった。
「…………おまえ」
トウドウは剣を握られた状態で、ギリギリと柄を押しつけ鍔迫り合いのような格好になる。
「鋼糸に煙幕。鉤爪ついた篭手? もっとまともな武器はねえのか?」
「好きな武器を使って何が悪いのか、俺にはわからないよ」
「男なら俺みたいに堂々とした得物をつかってみやがれよ!」
鉤爪から剣が開放される。タツミは後方に跳んで、剣の一撃を回避するが――――首をかする。皮膚がパックリ斬られ裂け目から血が溢れる。やはり正攻法で勝てる相手ではなかった、反撃をするヒマがさっぱりない。
「戦闘用でもない職業じゃあ、俺みたいな一流の剣士に勝てやしねぇんだよ」
ここまで来て力を出し惜しみしているわけでもないだろう。
胡散臭いと思っていたが、本当に剣士の能力ばかりを極めていたらしい。疑い損であった。
反撃に出るタツミは接近し鉤爪を突き出す。その動きをじっと見ているトウドウは驚きもなく平然と刃で受け止め弾き返す。
「甘いんだよ」
切り上げられた刃の動きでタツミの右腕が天に突き上げられていた。
弾かれたことによりバランスを崩し一歩、二歩と後退する。
「あ」
タツミが見たのは剣を振り下ろすトウドウの姿だった。
刃の動きに合わせて【ライトアロー】が放出される。
至近距離からの攻撃魔法で視界が白く染められた。
タツミは表情を変えず熱波を浴び皮膚を焼かれていき――――
――――白い爆発が一本道を輝かせる!
小規模の、一メートル四方が吹き飛ぶ程度の威力であったが人体には多大な影響をおよぼす。下手をすれば即死しかねない爆発だった。
熱気と衝撃によるものであるため、普通の爆発とは性質が異なる。
鼓膜が破れそうな衝撃波をまともに受け体中がジンジンとした。
道で仰向けになっていたタツミであるが「よいしょ」、起き上がる。顔から流れでた血を左手で拭っていた。
トウドウは気持ち悪そうにしている。
「少しは痛がれ。少しは叫べ。攻撃しても、つまらねえんだよ」
「だから痛いんだってば。叫んでどうなるの? 痛みが和らいだりするのかな」
「減らず口ばっかり叩きやがって!」
トウドウの振った剣の軌道は人を斬る動きではない。
空間に文字や魔法陣を刻んでいるようだった。
「こいつでバラバラになれ!!!!」
トウドウの正面。その空間に浮かんだのは五芒星。
白い光を放ったそれの中央から光が漏れだすと、【ライトアロー】より少し小さめの光線が発射される。【ライト・ガンズ】と呼称される光魔法で、マシンガンを掃射するが如く貫通属性のある光線を飛ばす攻撃魔法。
「嘘つき。魔法も使えるじゃないか」
まともに喰らえば人間などものの数秒で挽肉にされる。
小型の流星が接近するような風景を目にしながら左腕をあげた。
左の手首から肘のあたりにかけて長方形の装甲が展開される。
防御のため仕込んでいた小型のタワーシールドは流星のほとんどを防いでくれた。
しかし面積は全身をカバーしているわけではない。腹に数発の弾痕がつき赤く染まる。
タツミの腹と背中は流れた血で暖かくなる。腹から背中を貫通していた。
「まだ生きてんのか? おまえ俺より弱いのにしぶといやつだな」
うんざりしたような口調だった。
言われてみれば、格上の相手に真っ向勝負で食い下がっているのだから、自分も捨てたものではないなとタツミは考えだした。細工をしながら戦うべきだったのだろうが、そんな余裕は少しもなかった。
右目を四度。閉じたり開いたりする。ついで呟く。
「マルチクロー、熱波破壊装置」
そして右手の鉤爪が赤熱化する。
あたりに陽炎ができ空気がゆがむ熱量。
鉤爪状の指をひらき、手のひらをトウドウへ向ける。
手のひらから凝縮された炎の塊が放出された。
しかし聖剣クラウディアは魔法攻撃を無効化する。
刃を軽く振るわれるだけで無効化されてしまった。
「ちいせえタワーシールド…………わけわかんねぇ武器…………おまえ、噂の真紅の臥竜か?」
「なにそれ?」
タツミは赤熱の鉤爪を開き、トウドウに飛びかかった。
赤々と燃える熱気にトウドウは呻くもクラウディアにより灼熱の爪を防いだ。
それを握りしめ熱破壊を目論んだが、聖剣は色すら変化しなかった。
刃を爪で握りしめ、その状態で睨み合う。
「わけわかんねぇ武器を使って真紅に燃える右手を持つ。そんな噂の異界の旅人がいるって聞いていたが…………こんな変人だとは思わなかったぜ」
「それ俺じゃないと思うよ。人違いだ」
トウドウの蹴りを盾で防ぎ、剣を手放し後退する。
また【ライトアロー】による攻撃をされるが、左腕の盾で弾き飛ばす。
「やっぱり実力差がある相手とは正攻法じゃ無理だね。でも良かったよ、魔物使いがいるとこの作戦は上手くいかないんだ。けど、確実に勝てる」
「作戦…………確実に勝てる?」
「そうそう。お近づきになるのは嫌だけど、それしかないんだ」
「意味分かんねえハッタリなんざ聞きたくもない!」
タツミは右目を閉じ、左目を閉じた。
そして同時に開きトウドウを見据える。
また、接近戦を挑むつもりだ。
腹と背から血をダラダラこぼしているせいで、すこしだるい。スープを食べていて良かった。タンパク質を補給しているから、ちょっとは体が持つだろう。
「来なよ。ハッタリかどうか試してみない?」
焼けた鉤爪で手招き。
有利なはずのトウドウは精神的に負けている。
陳腐な挑発に引っかかるほど暑くなっていた。
「ぶっ殺す!!」
剣を振られる。上から下へ。コレは駄目だ。
右から左へ――――今のはフェイントだった。
剣は軌道を急激に変更し後退する。
肘を限界まで引き突きを狙っていた。
「ちょろちょろ躱すんじゃねえ!!!」
突き出された刃を目に入れながら。
タツミは身を差し出した、刃が腹に突き立てられ内臓の一部を貫き背中から飛び出す。
あり得ない行動にトウドウは驚き目を点にしていたが、それどころではなくなった。
赤熱化した鉤爪が聖剣を持つ腕をガッチリと握りしめていたからだ。しかしランクの高い装備なのだろう熱気にも耐えていた。やはり装甲を一気に貫くには、威力が足りていなかった。
「てめ、離しやがれ!」
「今だ!」
初めてタツミが大声をあげる。
口から血をこぼし、さらに言った。
「頼んだよアカネ!」
相棒の名を呼び、その相棒はトウドウの背後に浮いていた。
「ドリャアアア!!」
プチドラゴンは息を吸い、思い切り火炎を吐き出す!
無防備な後頭部に炎をともされたトウドウは目を白黒させながら絶叫する。
「ぎゃああああ!!? な、なんて真似しやがんだてめえええええ!!!」
気を逸らされたトウドウは無防備そのもので、格好の的になった。
後退しようにも手は握られ大事な聖剣はタツミの腹の中にある。
傷口をえぐられながらもタツミは本命の左手を鎧の胸部に当てた。
――――ガチャン
盾の内側に仕掛けられた機構が作動する。
撃鉄を落としたような音、それを合図に爆音が鳴り響いた。
遅れて長方形の盾。その後方から爆煙が噴き出している。
トウドウが血を吐き出して、自分の胸に目を落とす。
「な…………なぁ………………?」
杭が胸を穿っていた。
信じられない。血が溢れ、全身が寒くなる。喉が熱いのは更なる血液が喉に貯めこまれているからだった。
「パイル……バン、カー?」
盾の内側に仕込まれた杭打ち機械。
杭の根本に装填された炸薬によって爆発的な勢いで放出し対象を攻撃する、実用性とは言いがたい武器だった。しかしタツミは職業の関係上で腕力が足りず、決定打に欠けるため好んでいた。そして何より格好いい。
「血は意外と生臭いよね。近づくと、もっと生臭くなる」
「…………んな……」
トウドウは白目を向き、両手をだらしなく垂らす。
死んだのを確認したタツミは鉤爪を離し杭を盾の内側に収納する。
それから死人の持っている武器を剥がし、我がものとしていた。
「やったね。儲けちゃったよ」
タツミは躊躇せず亡骸から装備を剥ぎ取るのだった。
血を浴びた状態で死体を物色する姿は追い剥ぎそのものだった。
「聖剣クラウディア……分解して材料にしよう」
血を流しながら、タツミは怪我をそっちのけにしていた。
「バカ野郎! あたいを呼ぶのが遅い! それに声をあげるんだったら最初からアイコンタクトする必要なかっただろバカ!」
「気を逸らすためだったんだよ。効果あったでしょ」
タツミの足元には胸を貫かれ死んだトウドウがいる。いまはパンツと靴下の格好になるまで装備を奪われており、哀れだった。常人の感覚では死んだ相手の道具をここまで剥ぐなど、到底できまい。
「てか、怪我だらけじゃん! なんで治療しての一言も無いんだよ!? アホ! バカ! バカバカ!!」
「大声出さないでよ、怪我に響くから。でも、せっかくだからお願いしようかな」
「【トリート】じゃ無理だな……【ハイヒール】」
肉体を再生する上位魔法だ。属性は風にあたるためか、タツミは緑の風に包まれ怪我が癒えていく。温かい風に吹かれるのは快適であるが、血のぬめりや乾いた感じは不愉快だった。
「ありがとう」
「はあ…………こんな作戦は二度としないって約束しろ。あたいはヒヤヒヤで見ちゃいられないよ」
「善処する」
「約束しろって言ったんだよ!!」




