表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵師の皿  作者: カリン
5/10

5話

 数日がたち、龍の皿は、いよいよ完成に近づきました。

 ぎょろりと丸い二つの目、ゆったりなびく長いひげ、(くう)をつかむ鋭い爪、そして、ゆらゆらかがやく緑の胴体。

 それは、ほれぼれするような出来でした。

 なんといっても、この龍は、皿にいながら動くのです。うねうね動いて、しゃべるのです。みごと完成したあかつきには、きゅうくつな皿から抜けだして、自由にとびまわることでしょう。

 後はいよいよ、仕上げがのこっているばかり。瞳を入れれば完成です。

《 ねえ、早くやっておくれよ! 》

 龍がじれったそうに言いました。外に出たくて仕方がないのです。

 暴れはじめた龍をなだめて、絵師は筆をとりあげます。ゆっくり目をとじ、ひとつ深く呼吸しました。

 心をしずめ、絵筆を空にかかげます。

 ひゅるるん、ひゅるるん! と音がしました。

 ありとあらゆるこの世の色が、絵筆の先に飛びこんできます。赤、青、黄色、黒に純白──それはぐりぐりまじり合い、しゅっ、と一点に凝縮しました。

「……おお! なんと不思議な色合いじゃ」

 絵師は筆を慎重におろして、ほう、とため息をつきました。虹色をひめてかがやく漆黒、とでもいうのでしょうか。見たこともない色でした。絵筆の先が深い黒にかがやいて、ぬらぬらあやしくうごめいています。

 絵師は筆を皿に近づけ、龍の右目を入れました。まん丸く、黒々と、ていねいに目をぬりつぶします。

 右の瞳を描きおえると、絵師は、へたり、と座りこんでしまいました。首をうなだれ、はあ……と大きく息をつきます。

 目を入れただけのことで、すっかり疲れてしまったのでした。龍の瞳を入れるのは、どの部分を描くよりも神経をつかうものでした。

《 あのぅ、大丈夫? 》

 心配そうな龍の声がしました。絵師は息をはずませて、よわよわしく笑います。

「……ああ、大丈夫、大丈夫。今、出してやるからの」

 つぎのあたったズボンのひざに、しわくちゃになった手をおいて、絵師はよろよろ立ちあがりました。両目がきちんと入ったら、龍は皿から出られるでしょう。

 ぬらぬら漆黒にうごめく絵筆を、龍の皿に近づけて、最後の左の目玉を入れます。

 ふーふー息をつきながら、絵師はぐりぐりぬりました。全ての力をそそぎこみ、それでも優しく、ていねいに。

「……さあ、できたぞ。完成じゃ」

 二つの目玉を入れおわり、絵師が顔をほころばせた、その時でした。

 ぐらり、と絵師の体がかたむきました。ズボンのひざをガクリとついて、へなへな地面にくずおれます。

 ガチャン──と皿が落ちました。

 絵師はうつ伏せに倒れたままで、それきり、ピクリとも動きません。

 びゅん! と突風が吹きました。風は絵師をごろごろころがし、坂の下へとはこんでいきます。そうして、ぼちゃん、と、川に落としてしまいました。

《 おじいさん! おじいさん! おじいさん! 》

 まん丸の涙をぽろぽろこぼして、龍は声をかぎりに叫びました。

 けれど、絵師は満足そうに笑ったままで、川のゆるやかな流れにのって、どんどん下流に流れていきます。遠い空のむこうへと、ついに旅だってしまったのです。

《 待って! 待って! 待ってくれよう! 》

 体を皿から引きはがそうと、龍はじたばた、あばれました。絵師と毎日話すうち、龍はいつしか絵師のことが大好きになっていたのです。

 前足の爪でふんばって、ぐぐぐぅ──と歯を食いしばり、いかつい顔をまっ赤にし、長い首をぶんぶん振ります。頭も、前足も動きます。両目もきちんと入っています。もう、皿から出られるはずなのです。けれど、どんなに力を振りしぼっても、皿がカタカタ鳴るばかりで、龍は皿から出られません。

 皿が地面にぶつかったひょうしに、割れてしまっていたのでした。皿の縁に描かれた龍も、長い胴のまん中で、ちょん切れてしまっていたのです。

 皿はまっ二つに割れていて、半月の形になってしまいました。それで、体の半分がなくなって、皿に閉じ込められてしまったのです。

 龍はまっ黒な瞳をうるませて、うぉんうぉん、うぉんうぉん泣きました。その叫ぶような吠え声は、深い森中にひびきわたりました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ