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絵師の皿  作者: カリン
3/10

3話

 震えあがって我が身をいだき、あたふた辺りを見まわします。すみっこの、すみっこの、すみっこの方まで、目を皿のようにして、声のあるじを探しました。

 けれど、やっぱり、誰もいません。

 絵師は足をガクガクさせて、口をあわあわさせました。いったい、誰の声なのでしょう。びくびく森を見まわしますが、森はやはり変わることなく、おだやかに静まっているばかりです。

 ふと、絵師は「声」の言葉を思い出しました。

「……葉っぱは緑で、木の実は赤で、地べたは黒か」

 ぶつぶつとなえて、ふーむ、と白いひげをなでます。確かに、それは、そのとおり。

 古びたコートのポケットから、絵師は筆をとりだしました。ならば、ひとつ、ためしてやろうと思ったのです。

 おっかなびっくり近くの大木に近よって、そおっと葉っぱをなでてみます。

 すると、どうでしょう。

 そっとぬぐった絵筆の先が、木々の緑そっくりの、あざやかな緑色に染まったではありませんか。

「これはすごいぞ!」

 絵師はびっくりぎょうてんし、絵筆の色を、わなわな興奮して見つめました。

 すっかりうれしくなってしまい、色々な場所に歩いていっては、絵筆の先でなでてみます。すると、やっぱり、幹をなぞれば、木の幹そっくりの黒っぽい灰色に、しゃがんで足元の地面をなぞれば、ぬかるんだ赤茶色がすくいとれるではありませんか。

「すごい! すごいぞ!」

 けれど、はしゃいでいたのもつかの間で、絵師はのろのろ首をふり、またため息をつきました。

「じゃが、色はあっても、かんじんの紙がなくてはのう」

 それでは、絵は描けません。あるのは絵筆が一本と、アルミのカップに、パンの景品の丸皿が一枚、それきりです。

「せめて、紙があればのう」

 あきらめきれずに、絵師はふかぶかとうなだれます。

 森のこずえがさらさら鳴って、ざわり、と空気がうごめきました。

 

《 描くものなら、あるじゃないか 》

 

 さわり、と何かが絵師の手をなでました。

 見れば、まっすぐおいしげった草の葉でした。それが絵師の手をなでています。そう、偶然さわったというのではなく、何かをさすようにして、なでているのです。絵師は驚いてそちらを見ました。すると、パレット代わりの丸皿が、ズボンのおなかにはさまっています。

「もしや、これに描け、と言うのかの?」

 絵師はおなかから丸皿をとりだし、ためつすがめつ、ながめてみました。たしかに元は白かったので、描こうと思えば、描けないことはないかもしれません。けれど──

 絵師は顔をくもらせて、力なく首を振りました。

「絵の具がこびりついていて、これに描くなど、とうてい無理じゃ。こうなっては、ちょっとやそっとじゃ、とれやせん」

 この皿は、若い頃から使いつづけているのです。その長い年月で、絵の具は色とりどりに層をなし、ボコボコ岩のようにもりあがっています。

 

《 川で洗えば、いいじゃないか 》

 

 両手で皿をもったまま、絵師はきょとんとまたたきました。長年、使いつづけた皿なのです。絵の具はガチガチに固まって、今ではけずりとることさえ、ままならないのです。それが、ちょっと川で洗ったくらいで、とれるわけがありません。

 けれど、絵師は(まてよ?)と思い直しました。さっきも、ためしにさわってみたら、絵筆で色がすくいとれたではありませんか。あの「声」が言ったとおりに。

 絵師は川にとんでいき、皿を川の流れにひたしてみました。

 すると、どうでしょう。

 ぶ厚くこびりついた絵の具の山が、するりするりと、とけだしていくではありませんか。

「とれた! とれたぞ!」

 絵師は流れに手をつっこんで、お皿をぶんぶん振りました。

 じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ──!

 色とりどり絵の具の筋が、川を染めて流れていきます。

 やがて、固いかたまりが、ぽろりととれて、皿はまっ白くかがやきました。



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