(3)TSUNAMI
(3)
まだ春には少し間がある3月初旬、日暮れ時の寒さに肩をすくめながら人混みを歩くオイラを、後ろから呼び止める声がした。
「あは、やっぱりそうだ!」
立ち止まって振り返ると、見覚えのない男が手を上げて足早に近寄ってくる。
誰だか判らずしげしげと見つめていると、男は上げている方の手で牌をツモる仕草をした。
「ラッキーボーイか?」
「もうボーイじゃないけどね」
身体の幅が以前の倍ほどにもなり、当時のあどけない面影は消えていたが、イタズラっぽい目つきだけは変わっていなかった。
「お前なんだか、オッサンになったなぁ」
「もう三十だもん。そっちが変わらなさ過ぎ。若いっすよね」
「何年振りだ?」
「初めて会ったのも3月だったでしょ。もう10年ですかね」
そうか…あの時コイツは二十歳だったっけ。
彼と打っていた店は数年前に閉店しており、近くにある系列店にオイラは根城を移していた。
「まだ横浜にいたのか?」
「いえ、平塚ですけど。今夜の夜行で仙台に行くんです」
「ニューヨーク行きの女はどうなった?」
「あれねぇ。俺もびっくりでしたよ。さすがに別れちゃいましたけど。今日待ち合わせてる彼女は別の子です」
「また女と旅行かよ? いい身分だな」
「田舎に帰るんです。親が小さな旅館やってて、継ぐことにしました。彼女も一緒に」
「そら何よりだ。親御さんも一安心だな」
「そうだ。あのお坊さん、まだ居ます? お金渡しといてもらえませんか?」
「いや。前の店閉店して、あの頃の常連は散り散りだよ。責任持てないから預かれないな。これから行く店には来てないみたいだし」
「やっぱり行ってんですね。俺も最後にやっていこうかな」
「おい、やめとけ。また10年前の二の舞で、共犯にされるのはご免だぞ」
「まだかなり時間あるし、前とは違いますよ。もう、横浜で打つのはこれが最後だし」
★ ★ ★
よほどウマの合う常連と客待ちで一緒になったとしても、わざわざ同卓希望をメンバーに告げることはオイラはしない。
ラッキーボーイに同卓を頼まれたメンバーが、オイラに「珍しいですね」と言った。
10年振りに見る奴の打ち筋は、可もなく不可もなく、一通りのセオリーを身に付けた〝大人〟の打ち回しだった。
若さと勢いに溢れる力ずくの麻雀は、調子付かせると手の着けられない加速ぶりを発揮するが、一旦崩れ出すとノーブレーキで落ちていくものだ。
振っても熱くならず、上がってもガードを下げることなく、しっかり打ち回すその麻雀に、聞かずとも彼の10年間が表れていた。
「ずっと打ってんのか?」
「いやぁ、もう何年もやってないすよ。スロットもさっぱり。俺ギャンブル向いてなかったみたい」
ある意味向いていた事が落とし穴だったのかも知れないが、奴は突っ込んだ片足を引き抜いたのだ。
最初の半チャンはオイラがトップ、奴が2位で終え、2ゲーム目もオイラがトップのままオーラスを迎えていた。
2着目の上家からリーチがかかり、通っている①②筒を落とすつもりで片チャンターツの②筒に手をかけたが、親のラッキーボーイがなんとなく気になった。
奴の河に1巡前に切られている⑤筒が妙に怪しく感じたので、②筒を避けて①筒を切った。
「ロン!」
ラッキーボーイが嬉しそうに手を開けた。
②③③③777999東東東
「東・三暗刻でぇ…9600…合ってます?」
「正解……つーか、それはあくまでスッタン(四暗刻単騎待ち)で上がるのがお前の麻雀じゃなかったのかよ」
「逆転出来れば十分でしょ。もう時間だから粘る気ないし」
上家のリーチ棒の分だけしっかり1000点捲られてゲームセット。ラッキーボーイは精算を終わらせると席を立った。
「送らねーぞ」
「はい。失礼します!お元気で」
「お前もな。彼女によろしく」
手を振って雀荘のドアを出て行くラッキーボーイに、オイラは万点棒を振って返してやった。
★ ★ ★
東北の地を大きな地震が襲ったのはその2~3日後のことだった。
奴の継ぐ旅館がどのあたりなのか、もちろん何も分からないし、奴もオイラもお互いの本名すら知らない。
でもきっと、旅館は大丈夫なのだと思う。
いや、たとえ旅館が被災していたとしても、奴ならきっとやり直せる。
なにしろ奴は、ラッキーボーイなのだから。
最後に千点棒一本でも捲ることが出来たら、それが勝利だ。
その終着点がどこなのかは、人によって皆違う。
オイラのオーラスはいつなのだろう?
もうとっくに南入はしちゃってるしなぁ…などと思いつつ、次にツモる牌に願いを込める自分がいる。
(完)




