(2)Rock'n'roll Good-bye
(2)
ラッキーボーイが店の常連となって半年ほどが過ぎた9月のある日、締め切り前の徹夜を覚悟していた仕事が珍しく早めに終わり、久し振りに朝まで打つつもりで終電を途中下車した。
店に着くと、先にラッキーボーイが打っていた。
平日の深夜ということもあり3卓しか稼働しておらず、奴の卓にメンバーが入っていたのでそっちに座らされた。
「珍しいっすね、こんな時間から」
「まぁな。なんだ、旅行帰りか?」
ラッキーボーイの脇に大きなキャリーケースが置いてあった。
「いや、明日の朝、成田なんすよ」
同棲中の風俗孃と一緒にニューヨークに遊びに行くのだと言う。
奴がパチスロでどれほどの実益を得ているのか定かではないが、実際はヒモ同然の暮らしをしていることは普段の会話から察しがついていた。
その卓にはもう一人顔馴染みの常連であるデブの坊主(住職の息子)と、年輩の紳士が同卓したが、この夜は坊主とオイラが交互に勝ち、紳士は2位と3位を繰り返した。
つまりラッキーボーイは独りでラス(4位)を喰い続け、全くいい所なしのままだった。
窓の外が白み始め、そろそろ始発が走り出す頃、ラッキーボーイが半チャン終わりの精算時に「1000円貸して下さい」と言い出した。
昔と違って今は雀荘が客にアウトを切る(負けてる客に金を貸す)ことはしなくなっているが、精算に足らない分を一時的に店が補填せざるを得ないケースはたまに見かける。
「これからアメリカ行くって奴が何やってんだ? アウト頼みなよ」
オイラが呆れると、坊主が万札を1枚差し出した。
「僕が貸しますよ。今卓割れするのも時間的に中途半端でしょ?」
それはつまり「貸してやる代わりにもう少し付き合え」という意味だ。
「こういう場での貸し借りは感心しないけどな」
というオイラを無視してラッキーボーイが喜んで応じたので、ゲーム続行となった。
坊さんとヒモの金銭感覚なんて、似たようなものなのだろう。
結局 坊主が自分で貸し付けた金の半分を自ら回収し、残りをオイラがかすめ取ってお開きとなったのは、すでに通勤ラッシュのピークを過ぎる頃だった。
★ ★ ★
キャリーケースを引き摺るラッキーボーイと一緒に駅まで歩いた。
「これから帰るんですか?」
「いや、出勤だ(笑)。それよりお前、成田は間に合うのか?」
「もう間に合わないから帰ります。切符も買えないし…」
再び呆れて奴の顔を睨んだが、何も言葉が出てこなかった。
言いたい事はいろいろあるが、偉そうに説教出来る立場でもない。成田で待ちぼうけを喰った風俗嬢は、オイラや坊主を呪うだろう。
ラッキーボーイは昨日の日中、持ち金の殆どをパチスロでスッてしまい、朝までに少しでも回収するつもりで雀荘に行ったらしかった。
「いいのかよ、それで」
「大丈夫です…」
何がどう大丈夫なのか知らないが、奴はそのまま下りホームへ消えていき、オイラは少し空き始めた上り列車に乗り込んだ。
★ ★ ★
仕事場に着くと、編集部の社員らがテレビを囲んでざわついていた。
「おはよ。なんかあったの?」
「知らないの? ニューヨークで凄い飛行機事故があったのよ!」
中年の女性副編集長が、火事場の野次馬のような目を輝かせた。
「長嶋くんが今朝からアメリカ取材なんだけど、成田で足止め喰ってるの。携帯は通じないし、公衆電話は長蛇の列らしくて、朝一回電話が入ったっきり連絡が取れないのよぉ」
「やっぱりテロらしいっすね。成田はいつ再開するか分かんないし、ましてアメリカ行きは飛ばないでしょ。おーい、誰か長嶋呼び戻せ!」
「連絡入れてるけど繋がりませーん!」
社員らが散った後、オイラともう一人の女性ライターだけが、しばらくテレビに見入っていた。
二機の飛行機が突っ込んだ高層ビルが垂直に崩れる様は、まるで映画でも観ているようで、どうしても現実のものとは思えなかった。
ふと、隣でポカンと口を開けている女性ライターに場違いな質問をした。
「こういう場合って、航空券の料金は払い戻しされるのかな?」
「え? まぁ…多分そうでしょうね」
何言ってんだこのヒト? という彼女の視線をよそに、オイラは成田に閉じ込められている風俗孃への罪悪感を、ほんの少しだけ軽くしていた。
ラッキーボーイはその後、全く姿を見せなくなり、坊主はあの夜の1万円を返してもらえないままだった。




