(1)I Should Be So Lucky
(1)
「ツイてる奴にはかなわない」
負け越して卓を離れる者が残していく捨てゼリフとしては、最も多いフレーズのうちの一つである。
ツキや流れの正体なんて誰にも解らないものだし、デシタル派に言わせれば「そんなものは結果論に過ぎない」と断じられてしまうのだろうが、実際それがツキと言えるかどうかも、ずっと後になってみなければ分からない。
一時的なツキが後の不運を招く遠因になることもあるし、小さなつまづきが大きな幸運の種であったりもする。
勝負事においてはもちろん、人生そのものにおいてもまたしかりである。
半チャン1回数十分毎にリセットが出来る麻雀と違い、自分にとってのゲームセットがいつなのか?
神ならぬ身の知るところではない。
★ ★ ★
トップ目のオーラスで逃げ切りを図っていたら、1枚切れの北に「ロン」の声がかかった。
「これ、役満ですよね?」
555666④④⑧⑧⑧北北
「違うよ」
息を弾ませる対面に8000点を払って山を崩し、手早く精算を済ませて席を立った。
「やぁめた、飯食いに行こ!」
2位の上家に1万点差をつけて堅く打っていたつもりが、思わぬ伏兵からの直撃で捲られてしまった。
「ご新規さんです」とメンバーに紹介されて卓についた新顔の彼は、点数計算どころか役すらうろ覚えのビギナーだった。
まだあどけなさの残る顔立ちをしているが、青白く痩せていて、いかにも不健康そうな生活ぶりを連想させた。
「これ何点ですか?」を連発しながら、何だかんだで奴の独り勝ち。
このまま続けてもしばらく流れは変わりそうにないし、バカヅキ素人の麻雀教室に付き合わされるのも面白くない。
店を出てエレベーターを待っていると、奴が追い掛けるようにやってきた。
「なんだ? せっかく勝ってんのにやめたのか?」
「俺も腹減っちゃって」
オイオイ…「俺も」って、ついて来る気かコイツ…?
★ ★ ★
その頃はまだ、マクドナルドに喫煙席があった。
遅い昼食代わりのハンバーガーを腹に押し込み、一服しながら奴と話した。
高校を卒業してすぐ、故郷の仙台を家出同然に飛び出して2年足らずと言うから、まだ二十歳か。
普段はパチスロで生計を立てている…というのは事実かどうか分からないが、最近覚えた麻雀に興味を深め、出来ればこっちで稼ぎたいなどと子供じみた事を言う。
「漫画の読み過ぎだろ。麻雀で飯を食うなんて、手積み時代の夢物語だぞ。まだスロットの方が現実味がある」
「そうですかねぇ」
「スロットでいくら稼いでるんだ?」
「多い月は70万くらい」
「マジかよ(笑)? 麻雀でそんだけ稼ぐには、普通のレートじゃ無理だぜ。あんな店で打ってて吐くセリフじゃねーよ」
「まだ慣れてないから、安いレートで練習してるんです」
オイラは練習相手か(笑)?
「手積み時代のイカサマ麻雀と違って、今は自動卓でしょ? 今日みたいに座った場所さえ良ければ勝てると思うんです。俺、スロットも目押しが出来る程度で、特別なテクや裏ワザ持ってないけど、大体座った台が当たるんです。知り合いから聞いた高レートのマンション麻雀なら、一晩で20~30万は稼げそうな気がする」
自信家なのか、馬鹿なのか、それとも単なるホラ吹きか…いろんな意味ですげー奴だ(笑)。
「ところで、さっきの四暗刻は、なんで満貫にしかならなかったんですか?」
「あれは四暗刻じゃなくて、トイトイ・三暗刻だ。④筒と北のシャンポンだったろ? 暗刻ってのはツモってこなきゃ駄目だからな。出上がりじゃ、明刻になっちまう」
「じゃあ、面前でツモれば四暗刻だったんだ」
「そゆこと」
「これからまた行きましょうよ」
「俺は駄目だ。仕事に戻んなきゃ」
「仕事してるんですか?」
「当たり前だろ(笑)! フリーだけど、雑誌の仕事で、今日中に原稿入れなきゃなんない」
「じゃあ、また同卓出来るの楽しみにしてます」
「俺はやだね。お前の座る席が当たりじゃ、残りはハズレじゃねーか」
「えへへぇ」
「まぁ、あの店にはちょこちょこ居るよ。頑張んな、ラッキーボーイ」
★ ★ ★
奴とはその後、その店でよく顔を合わすようになった。
さすがに連戦連勝とはいかないようだったが、確かに天然のツキを持ち合わせた勝ち方をする。
配牌に恵まれ、ツモ牌に恵まれれば、誰だってあっさり上がれる訳だが、例えばこんなツキもある。
ラッキーボーイの上家のツモで、奴の目の前のツモ山から牌がこぼれた。裏返りはしなかったから見せ牌にはならなかったが、上山からズレて下に落ちた牌は、次に奴がツモるはずの牌だった。
何気なくヒョイとそれを直しながら、奴が上家の切った四萬に「あ、それチー」と声を出したのだが、上家が「ツモ牌に手をかけたら鳴いちゃ駄目だよ」と言い掛かりをつけた。
上家は自分が牌を落とした事に気付いてないらしかった。
奴の下家でそれを見ていたオイラが説明してやろうとする前に、ラッキーボーイは「あ、そうなんすか」と素直に触れた牌をツモり直してしまった。
ちょっと気の毒だな…と思う間もなく奴がリーチをかけ、一発でドラの八萬をツモ上がった。
33678⑥⑦⑧三四五六七
八←ツモ
メンタンピン・一発・ツモ・三色・ドラ1の倍満。
チーし損ねた間四萬が、スッポリと面前で入った訳だ。
チーが成立していれば、今引いた八萬は下家のオイラに流れていたし、仮に八萬で上がれても3900点、五萬なら1000点にしかならなかった。
また別の場面では、上家のオイラの切った北を物欲しそうに手を止めてから、ツモって北を手出し。
次巡のオイラの1索にまた手を止めて首を傾げておいて、結局さっきツモった1索を手出し。
直後に下家が切った西を見て、「駄目だ、我慢出来ない! 上がります」と言って牌を倒した。
222⑦⑦⑦⑨⑨⑨三三三西
「面前で上がらなければ四暗刻にならない…」という意味を勘違いしたまま、スッタン(四暗刻単騎待ち)をオイラから二度も見逃し、三度目の正直の西単騎を〝我慢出来ずに〟下家から上がったらしい。
下家のオヤジは真っ赤な顔をしてオイラとラッキーボーイを交互に睨んでいたが、連れだと思われても仕方あるまい(笑)。
とにかく奴の勝ち方は、多少腕に覚えのある打ち手ほど、そのモチベーションを根こそぎ奪われるような破壊力を持っていた。